第20話 凜々花とボス
「うわぁ。凄い爆音。耳が潰れそう」
店内に入った凜々花は手で耳を抑えている。相変わらずBar 歌舞伎町の店内は
「ボスがいるとしたら奥の方だと思うんだけど、ちょっと我慢してくれる?」
僕と凜々花の入店に気付いた店長は、「いらっしゃい」と一言言うとクイッと顎で奥を差した。良かった。ボスはここにいるみたいだ。
「ひゅー! 幼女連れで飲み屋に来るとは兄ちゃんやるねぇ!」
「その年の子に手を出したら一発で逮捕案件だぞ~?」
店内にいたごろつき共が僕らを揶揄って来る。
でも僕はそれを全部スルーして奥を目指す。
──いた。ボスだ。
「……ボス……。迎えに来ました」
「……あぁん? ピュアか。良く一人でここまで来れたな。ってか、そのガキ誰だよ」
ボスは大分酔いが回っているみたいで呂律が危うい。
「わたしは凜々花。ピュアに命を助けてもらったの」
「ふーん。命を、ねぇ。そんなひょろひょろのガキ拾ってきてどうするつもりだよ」
ボスはなおも酒を煽る。
「ボス……お酒はもうやめて下さい、ガールさんも心配しています」
僕はそっとボスの手からグラスを取る。
「うるせぇ! 今日は飲みたい気分なんだ! 寄越せ!」
ボスは僕の手から乱暴にグラスを奪い返す。その姿はとても見苦しくて、レジスタンスを率いる首長の姿として惨めなものだと思った。
「やめて下さいボス! そんなボス、僕は見たくない!」
つい、声を荒げた。大声を出した事を後悔する。でも、僕はボスのこんなみっともない姿を見たくないんだ。
「お前はよ……ガールがスパイだと思うか?」
ドキリとした。僕がスパイじゃないとしたら、残るはガールしかいない。でも、ガールがボスを愛しているのは紛れもない事実のように見える。
「……分かりません。でも、ガールさんのボスへの想いは本物だと思っています。じゃなきゃ、あんなに真剣にボスの心配を出来ませんよ……」
ボスは真っ直ぐに僕を見た。
「お前は、俺を裏切ってないよな?」
「裏切るほど付き合い長くないですよ……」
実際そうだ。僕とボスの付き合いって、まだ恐ろしいほど短い。
「それに……僕はスパイが出来るほど賢くありません」
ボスはぷっと吹き出した。
「お前……それ、言ってて虚しくないか?」
「虚しいも何も、僕は頭より先に身体が動いてしまうんです。さっきも凜々花の母親を殺してしまいました」
「マジかよ!? それで、そのガキはそれでもお前について来たって言うのか?」
ボスは驚きの目を凜々花に向ける。凜々花はこくりと一つ頷いてボスの言葉を肯定する。
「凜々花を、ノンエデュリスに迎え入れてはダメでしょうか?」
「そのガキに人が殺せるか? 美食家を殺れるのか? 神明を倒すために命を懸けられるか?」
ボス、あなた僕の時にはそこまで確認しませんでしたよね? それは僕がフィジカル強そうな男だったからですか?
「わたしは美食家に特に恨みは無いけど、ママは薬物と色に溺れてた。多分食べ物にも手を出していたと思う。わたしみたいな子供を生み出すこの世の仕組みは許せない。だから、ワールド総裁を倒すって言うなら私も協力する」
「お前みたいな細っこいガキに何が出来るって言うんだよ?」
「ピュアに鍛えてもらう。ピュアは強いから。私もピュアみたく強くなりたい」
「困ったな……」
ボスは本気で困っているようだ。凜々花は大人を困惑させるほどには小さくて儚そうな容姿をしている。その目には底知れない力を宿しているのだけど、見た目は博士と同い年くらいだし身体の線は細いし、こんな子に銃が撃てるのかと問われたら僕だって疑問に思ってしまう。
「博士に特注の武器を作らせるしかない……かなぁ?」
「え!? じゃぁ凜々花を仲間に迎え入れても良いんですか!?」
「お前が面倒見ろよ、ピュア」
「ありがとうございます、ボス!」
凜々花も僕に倣って「ありがとうございます」と頭を下げる。
「じゃぁ、帰りましょう、ボス。僕らの家に」
そう、あのアジトはもう僕にとっては家なんだ。仲間と住む家。かけがえのない居場所。
凜々花にとってもそこが安らげる家になる事を、僕は願ってやまない。
でも、それと同時に凜々花を修羅の道に迎え入れる事にもなる。
あのまま母親の下で暮らさせても地獄、こちら側に来ても地獄。
凜々花にとってこの世界は地獄にしか過ぎない。こんな子供にそんな想いをさせている現政権を僕は許さない。僕だってあのまま安穏と親元で暮らしたかった。
工場なんてなければ。政府が食人を推進さえしなければ……。
僕は、この『人肉食推進法』を心から憎み、神明叡一を憎み、工場を憎む。
だからその仕組みを、世界のトップを──壊す!
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