第四章 希望と絶望
第18話 凜々花との出会い
いつ来てもここは汚くてアルコール臭くて、そこに人骨ラーメンの無駄に良い匂いが漂う所だ。他にも食べ物屋はあるんだけど、そこに集ってるのが全て場末の美食家だという事実が凄い。
彼らは稼いだ金を全て食べ物に注ぎ込み、身なりや髪型はまったく気にしない。精神が荒廃しているんだ。
そんな彼らに何の仕事が出来るのか?
AIロボットが主体として働くこの世界でも、仕事なんていくらでもある。汚い世界の仕事も厭わなければ何かと日銭を稼ぐ事は出来るのだ。ただ、僕の両親は一般的な会社員だったし、美食家でもない。ただ、その日を平穏に過ごそう、一般人としてそつなくこなそうとする普通の人だった。
蓮の両親だって、パッと見は普通の人達だった。
でも、内情はAI管理のプログラミングでぼろ儲けしている美食家だった。一山当てたってやつだ。外面は良いけど、蓮を食おうとする非情な人達だった。
人は見た目によらない。
明らかに精神が荒廃してきている美食家がいる一方、それを巧みに隠す事が出来る美食家もいる。
ここに集う美食家を、人骨ラーメンに並ぶ美食家を一掃出来たらどれだけスッとする事か。
その一杯のラーメンに何人の人間が犠牲になっていると思うんですか?
僕は彼らに、そう問いたい。
「ボスはどこかなぁ……?」
とりあえず
「えぇと……? どこの路地だったかな……?」
歓楽街の路地はけっこう入り組んでいる。小さな店がごちゃごちゃとひしめいているし、どこの路地に入れば良いのかちょっと迷子になって来たぞ……。
「ここだったかな……?」
それっぽい路地を見付けて、そこに入る。店と店の間の隙間には薬物だかアルコールだかでダメになっている人間が寝転んでいる。
「臭いぃ……」
ここの独特な臭いが僕の鼻を突く。
その時だった。
「お兄さん、わたしを買わない?」
目の前に現れたのは、まだ小さな少女だ。長い黒髪はボサボサに荒れていて、顔も何だか薄汚れて洋服もみすぼらしい。でも、その大きな目で真っ直ぐと僕を見据えて来る。それにしても子供だ。まだ博士と同い年くらいの小学生……?
「わたしを買ってよお兄さん。二千マネでいいから。安いでしょ? 頑張って奉仕するよ?」
「えぇ……? だって君、子供だし、その……? 僕……?」
「ここにまともそうな大人がお兄さん以外誰がいるって言うの?」
僕が困惑して口をパクパクとさせていると、少女の後ろからやたらとけばけばしい身なりをした三十代前半といった女が出て来た。
「あんたぁ! そんなんで男に買ってもらえると思ってんの!? もっと本気で自分を売るんだよ! ね、お兄さん。この子はイイ子だよ。このアタシが仕込んだんだから間違いない」
「ま……ママ……」
ママぁ!? って事はこの派手な女が母親って事? あ、でもこの子が博士と同い年くらいだとしたら十分あり得るか。
「あの……こんな事言うのはあれなんですけど……そんな小さな子売りつけられても困るんですけど……?」
そう僕が言うと母親はゲラゲラと下品に笑う。
「やぁだぁ! この子幼く見えてももう十四歳よ! 十四歳‼ 子供だって産める立派な女よぉ? そりゃね、警察に見付かったらアウトよ。でもここは無法地帯の歓楽街よ。どうよ、こんなピチピチの若い子二千マネなら安いと思うのよね! 何なら千五百マネでもいいわよ!? 貧相な身体してるけど、テクならあるわよ! お兄さんを満足させてあげられるわよぉ」
好い加減にしてくれよ……十四歳って言ったってまだ子供だし、どう考えたって犯罪じゃないか。まだ中学生の娘を男に売ろうだなんて、この母親は鬼なのか?
「お兄さん……わたしを買って……?」
少女は必死の形相で僕を見る。そんな……僕、色を買うだなんて、ましてや子供を買うだなんて絶対に無理ですからぁ!
「何でもするから。何でもするからお願いします。ママに二千マネ払って下さい」
「いやぁ……僕、女の人は結婚相手とだけ……って決めているから……?」
こうなったら苦し紛れの嘘だ。
「あらぁ、お兄さん! 結婚相手なら良いのね!? ならこの子、五千マネで結婚相手にどうよ!」
この、クソ女!!
この母親を罵倒する前に、思わず手が出ていた。
母親の顔に強烈なパンチを打ち込むと、その腹部に強烈な蹴りを入れていた。
「ひぃぃ!? 何するのよ! 助けて……! 誰かたす……!」
母親が人を呼ぼうとした時、僕はその華奢な首を妙な方向に捻じ曲げていた。母親は、あっけなく絶命した。
「ハァ……ハァ……」
殺ってしまった。銃ではなく、この肉体を使って直に人を殺した。しかも
「お兄さん……ママ、死んだの……?」
少女は無表情に僕を上目遣いに見た。
「ごめん……君のお母さん、殺しちゃった……」
「ありがとう……!」
そう言うと、少女は満面の笑みで僕の腰に抱き着いて来た。
「ありがとう……! わたし、身体なんて売りたくなかった。本当はわたしはまだ女なんかじゃないの。今日が初めての客引きだったの。お兄さんが救ってくれた……! お兄さんに声を掛けて良かった……!」
「そんな……僕は君のお母さんを殺したのに感謝なんて……」
「いいの! ママはわたしをちゃんと育ててなんてくれなかった。学校だってちゃんと通わせてくれなかったし、いつだってわたしは一人っきりで、しばらく過ごせる食事代を渡されたらそれで放置されていたの。わたし、それで
栄養不足……。だからこの少女は十四歳なのにこんなに小さいのか。飢えをしのぐ満腹中枢刺激薬だけに頼って、それでやっとの思いで生きてきたのか。
「君……僕と一緒に来る……?」
自然と口からそうこぼれ出ていた。
「いいの!? お兄さんと一緒に行って、いいの!?」
「僕にも家族はいなくて、仲間と暮らしているんだけど、それでも良ければ……。ちょっと珍しい環境だけど」
「何でもいい! お兄さんと一緒に暮らせるなら、何でもいい!」
少女は大粒の涙を流して泣き始めた。今まできっと涙を堪えて必死に生きてきたんだろう。僕がその安住の地になれれば良いと、真剣にそう思ってしまったのだ。
「ボスになんて説明しようかな……」
「え……?」
「いや、何でもないよ。僕人探しの途中なんだ。君も一緒に来てくれる?」
「うん! それとね、
「え?」
「わたしの名前、凜々花って言うの。だから、凜々花って呼んで!」
「分かったよ凜々花ちゃん」
「『ちゃん』なんて要らないわ! 子供みたいで嫌。だから、凜々花って呼んで!」
「……分かったよ、凜々花……」
ボスを探しに来て、不思議な連れが出来てしまった。凜々花の母親はここで横たわっているけど、歓楽街の事だ、誰も気に留めないだろう。そして、その内掃除屋さん達が回収して行くだろう。
「じゃあ、僕が探している人の特徴を……」
早くボスを見付けて凜々花をアジトに連れて帰って、シャワーを浴びさせて服を替えさせてあげたい。母親から受けた酷いネグレクトの痕跡を消してあげたい。
人を殺した高揚感と、凜々花を手に入れた高揚感、この二つが相まって僕の気分は最高潮に達していた。
今なら何でも出来る。
そんな万能感が僕を覆い尽くしていた。
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