第17話 敗北?

「何であんなに早く警察官が来たんだ! 三分も経っていなかったはずだ。警備員が非常ボタンを押したとしたって、到着までに五分以上は必要なはずだ!」


 ボスは拳でテーブルを殴りつけると、苛立ちを隠さずにアルコールを煽る。


「あの工場は都市部から大分離れていますし、最寄りの交番まで電気自動車で時速八十キロを出しても十五分は掛かる距離にあります。時速二百キロを出して走らせたとしても、到着までに六分は掛かる計算になるんですよ」


 博士も口惜しそうに表情を歪めている。


「れ……ボーイは? ボーイはどうなっちゃうんですか……?」


 背中を冷たい汗が伝う。口の中はカラカラに乾いていて、鼓動は早くなり呼吸する事も苦しく感じる。


「あそこで捕まったら……留置所に連れていかれるか、最悪食肉処理されるか、だ……」

「そんな‼」


 それなら、留置所であって欲しい。生きていて欲しい。食肉になんてならないで欲しい。蓮の肉が美食家に食われるだなんて、そんな事あって良いわけがない。


「あんなに早く警察官が来たとなると、ボク達の計画が行政に漏れていた可能性がありますね」


 デジタルアイをオープンさせて速報を見ながら博士が分析する。僕らが工場行きの輸送車を襲った事は、すぐにネットニュースになっていた。


「あたし達の中にスパイがいるとでも言いたいわけ?」


 やはりアルコールを煽っていたガールが博士に突っかかる。


「誰が……とは断定しませんが、その可能性もあるという事です」


 ボスは乱暴に大きな音を立てて瓶をテーブルに置く。


「おい、そうなったらスパイはピュアかガールしかいねぇじゃねぇか。お前、俺のガールを疑うって言うのか?」

「そうは言ってませんよ」

「ならピュアか!?」

「そうとも言っていません」

「なら誰なんだよ‼」


 ボスは博士の胸ぐらを掴む。


「落ち着いて下さい。これはあくまでも可能性の話です。ボス、あなたの悪い所は短気な所です。昔から変わっていませんね」

「くそっ!」


 ボスは乱暴に博士の胸ぐらを掴む事をやめると、頭を掻きむしり始めた。


「あーあーあー! 何がどうなってるって言うんだよ! 今日の計画は他のレジスタンスにだって事前には漏らさなかったっていうのによう!」


 そこまで言うと、ボスは「頭を冷やしてくる!」と吐き捨てて外に出て行ってしまった。


「博士……博士は僕やガールさんを疑っているんですか……?」


 僕はスパイ活動なんてしていない。それは僕自身が一番良く知っている。だって僕は警察官に知り合いなんていないし、そもそも警察にコンタクトなんて取ったらすぐに博士にバレてしまいそうだ。


「全ての可能性を疑うしかありませんが、ボクは仲間であるあなたやガールを信じたいと思っていますよ。これは本心です」


 ガールは神妙な面持ちで博士の傍に寄ると、「あたしって……」と言葉を紡ぎ始めた。


「あたしってさ……最初から胡散臭かったわけじゃない。でも信じて。あたしはボスを裏切らないし、ボスを愛している。それに、博士やピュア、ボーイの事だって仲間だって思っている。あたしはここに拾ってもらえなかったら工場に行くしかなかったかもしれない。それを救ってくれたボスには感謝してるのよ」


 そこまで言うと、ガールは博士を抱きしめた。


「お願い……信じて……」


 博士の頬が少し紅潮している。表情はいつもの無表情のままだけれど、目が泳いでいるし明らかに動揺している。


「信じ……たいですよ……」


 博士はそっとガールを押して身体を離すと、ふいとそっぽを向いて押し黙ってしまった。


「それにしても、ボスはどこに行ってしまったんでしょうか?」


 僕は素朴な疑問を口にする


「それねぇ……多分歓楽街に行ったんだと思うけど」

「歓楽街? 何をしに?」

「あそこには色々と娯楽が詰まっているからね。ギャンブルも出来るし、お酒も沢山あるし、色を買う事も出来るし」


 色を買う……。それをガールとしては許せるのだろうか?


「あたしが見に行っても良いけど……あそこに行くと風俗店のスカウトがうるさいのよね」


 そう言うとガールは上目遣いで僕を見て、「ねぇ」と言う。その破壊力に僕はたじろいで身動きが出来なくなってしまう。このは自分の魅力の使い方を良く分かっている。


「ピュアにお願い。ボスの様子を見に行って来てくれる?」

「……一人で……ですか……?」


 さっきとは違う汗が僕の背中を伝う。ガール。近い。そのでっぱりが近いです。


「ボスが色を買おうとしていたら止めて欲しいし、酔っ払い過ぎていたらすぐに飲むのをやめさせて欲しいし、荒ぶれて喧嘩をしていたらピュアの腕っぷしで止めて欲しいの」


 一人で歓楽街に行ってそんなに怖い事しなきゃいけないのか。あそこで銃を使ったら目立ちすぎてすぐに警察に通報されるだろうし、頼れるのは自分のフィジカルだけじゃないか。


「ボーイの事は情報が入るのを待つしかありませんね。ボーイの処遇は直にニュースにも上がってくるはずです。今は出来る事をするしかありません。僕らの体勢を立て直すためにも、ボスには戻って来てもらわないと」


 やっぱり僕が行くしかないんですね。


 そんな訳で、僕はうろ覚えの道を辿りながら一人で歓楽街に行く羽目になってしまった。念のため足元はターボシューズを履いている。何かあったらこれで逃げる事が出来るから。


 一応僕も未成年なんだけど、歓楽街に一人で行かされるのはフィジカルが異様に強いからなのか、成人まであと一ヶ月だからなのだろうか。


 そうなんだ。僕はあと一ヶ月で十八歳になる──。

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