第8話 お節介なキューピット
「ええいッ、なぜそうなるんだ……!? やらないと言って――」
「ちょっとアンタたち、騒いでないで夕飯持っててくれない?」
その声がした方に顔を向けると、台所にエプロン姿の母さんが立っていた。換気扇を切ったからか、揚げ物の香ばしい匂いが漂ってくる。
一理が台所に顔を向ける。
「お母さん、今日の夕飯なにー?」
「エビフライよ」
「やった。ふっ、こんなバカ話よりよっぽど重要だね」
一理は鼻で笑うと、待ちきれないとばかりに台所に直行。
そして母さんと一緒に夕飯をもって居間に戻ってきた。
一瞬で妹の関心を奪った母、
「佳恵よ。わしらはただ騒いでいるのではないのだ。淫魔に街が犯されようとしている今、ひとりでも優秀な退魔師育成が急務。わしもこの年だから現役でいられるうちに――」
「はいはい。それより自分の分くらい運ぶ。それとも今日はいらないの?」
「運ばせていただこう」
そのおっとりした見た目とは裏腹に、S級退魔師をも手なずける母さん。外では誰もが認めるドスケベ英雄でも、家じゃこの通り形無しだった。
俺も素直におかずの皿やごはん茶碗を盆に乗せ、一枚板の座卓に皿を並べていく。
そして夕食前に一度部屋に行って着替えてから居間に戻ると、皆揃って卓についた。
「さっきの話しだが、佳恵からも言ってやってくれ。淫魔に街が犯されるうんぬんは別として、落第は不味いだろ」
「そうね。でもこの際別の科に編入してもいいと思うの。なにも退魔科にこだわらなくても、他にも学科があるんだし……工業科なんてどう? アンタ機械いじり好きでしょ? なんかせっせとシコシコ作ってるみたいだけど」
「シコシコは余計だ」
母さんにそう言うと、俺はうーんと唸った。
機械いじりといえば電化製品を修理したり、機能を拡張させるアタッチメントを増設するとかそういう感じだが、俺の場合は少々毛色が違う。
電気マッサージ器とスタンガンを掛け合わせてスタン電マを作ったり、ア○ルビーズと高張力ハーケンを組み合わせ捕縛縄にしたり、そういうエッチな暗器を作ってきた。だが暗器で不意を突いたとしてもこんな小細工では精々小悪魔級を数匹倒せる程度。
とても淫魔級と戦えるようなサポートアイテムではなかった。
やはり淫力の補給が急務か――
「もう今日のところはお仕舞いにしましょう。せっかくの料理が冷めちゃうわ」
母さんが話を切り上げ、テレビをつけた。爺さんもしぶしぶ頷き、箸を手に取った。ちなみに一理は、俺の落第話などお構いなしにさっきから黙々とエビフライにかぶりついていた。
『――本日未明、
夕方のニュース番組が始まっていた。俺はどこにでもあるようなビルを映した画面を眺める。
『被害者は二名で、糸のようなもので拘束され、淫魔に淫らな行為を強要されました。被害者の女性の証言によると、あんな形で繋がることになって残念だけどこの事件がきっかけでずっと好きだった先輩と付き合うことになりました、と話しており、まんざらでもない様子でした』
「酷いニュースだ……」
「そうだねぇ。というかこれ、ただの良い話じゃん。被害者じゃなくない?」
俺が思わず呟くと、一理が画面に映ったテロップを目にしつつ首を捻った。
「付き合うが突き合うって意味ならただのセフレにされてだけよ。だいたい勢いでぱこぱこした薄っぺらい関係なんてねぇ、たいがい長く続かないものよ」
「うちの母は手厳しいな」
「しかも口汚いのに説得力あるよ」
野暮ったい母さんの言葉に俺が苦笑すると、ちびちびとキャベツの千切りを食べ進めていた一理も箸を止め、辟易するように固まっている。
『ネット上ではこの行為を、強制純愛、と揶揄するコメントが多数あがっており、この事件を軽視する者が後を絶たないことが問題視されています』
「ほう、強制純愛とな。新種の淫魔か……だが被害者を傷つけない。さしずめ『お節介なキューピッド』じゃな」
「お節介でもいいから私も出会いが欲しいわ。旦那をサキュバスに腹上死で殺されてもう十年くらい経つけど、いい加減未亡人でいるのも寂しくなってきちゃったし」
「お母さん不謹慎だよ。私あんまりお父さんのこと覚えてないけど、もう少しデリケートに扱ってあげなよ、腹上死って……」
「いいのよあの人は。人類のためだ、平和のためだ、とか言ってサキュバスとよろしくしてたのよ? あんなの、今日は外回りの営業だからって言っておいて風俗に行ってるようなものだったわ」
「そう言われると身も蓋もないな……」
俺が苦い表情でぼやくのをよそに母さんの愚痴は続く。
「しかもほとんど家に帰ってこない人だったし――というか、サキュバスは人じゃないからヤりまくっても浮気にならないっておかしくない? ああ今思い出しただけでも腹が立ってきたわ」
「お父さんサイテー」
「お前ビックリするくらい手のひら返すの早いのな」
死後に嫁と娘から愚痴られる父にそっと同情しつつ、俺はすっかり鞍替えした一理を見てふっと口元をほころばせた。
(次回に続く)
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