第7話 一子相伝の技が酷すぎる件

「直達、今日はお前に、わしから重要な話しがある」


 学園から帰って居間に来た途端、開口一番そんなことを爺さんが言った。精悍な顔立ちの爺さんが座卓に座して腕組みをしているだけでも結構な迫力なのに、重要な話、と言ってさらに圧をかけている。

 俺は思わず息を呑んだ。


「な、なんだよ。急にあらたまったりして」

「まぁとりあえず座ってくれ、話はそれからだ」

「じゃあ私は部屋戻ってるから」

「一理も一緒で構わんぞ。まったく関係ない話というでもないからな」


 含みのあるその言い方に「面倒事か……?」と呟きながら俺は制服のまま座布団に座った。一理も俺の横に正座し、若干緊張した面持ちで爺さんの言葉を待つ。


「話というのは実技の成績についてだ。一理は情報支援科だから大目に見るとして、直達はこのままでは不味いだろ」

「兄さんは退魔科だからね。実技の成績が低いと落第じゃん。さっさとエロ技の一つでもマスターしたら? ちょうど目の前にS級の先生がいるんだし」

「はっ、誰が。俺はあんなセクハラ拳法なんて使わねぇよ」

「一子相伝の淫魔昇天拳をセクハラ呼ばわりじゃと……!」


 くわっと背筋を伸ばし、ダンディな爺さんが眉間に皺を寄せた。

 S級退魔師、織部元一の戦闘スタイルは淫魔昇天拳による五指を使った淫撃だ。巧みな手さばきで攻撃を受け流しつつ、相手の身体をまさぐって退魔の力を注ぎ込む拳法。だが今のところこのセクハラ拳法を実戦で使えるのは爺さんだけだった。


「何が一子相伝だ。爺さんが開祖なんだから相伝できてねえだろ」

「そのとおりだ、直達よ。だが逆を言うとお前さえ習得してくれれば、一子相伝になる。なぁに心配することはない。織部家は代々退魔の家系、十分素質はあるはずだ」

「いや、だからやらないよ? そもそも爺さんって一応退魔協会お墨付きの退魔師なんだから門下生が何人もいそうだけど」

「ん、まぁなんじゃ。確かにいた時期もあるが……」


 苦い表情で数秒押し黙ってから、爺さんは再び口を開いた。


「門下生は全員、痴漢で捕まってやめてしまった」

「セクハラ拳法じゃなくて痴漢拳法だったのか。最悪だな」

「しかも門下生全員って、ホント救えないね、この痴漢教団は。だいたい痴漢で捕まるとか。普通示談で済むか、初犯なら執行猶予がつくものでしょ」


 俺と一理は揃って爺さんに冷たい視線を送った。痴漢教団と言った一理の言葉に不覚にも、ふっと噴いてしまう俺。そのぞんざいな扱いに耐えかねたのか「えいいっ! とにかくじゃ……っ!」と爺さんが強引に話を切り返した。


「直達、お前には淫魔昇天拳を会得してもらいたい」

「やだよ。俺、痴漢で捕まりたくないよ」

「大丈夫だ。相手を満足させられたら免許皆伝、満足させられなかったら示談か前科がつくだけだろ」

「リスクの割りにリターンが少なすぎる。そんなインチキ拳法の免許なんていらねぇよ」


 エロ漫画みたいな技の会得にそんな曖昧なさじ加減で決められてたまるか。相手が痴漢されても気にしない――いや、むしろそれがいいという痴女でもないかぎり一発アウトだろう。

 そう思いながら俺が拒否したところで、爺さんは肩を落とした。


「そうか、そんなに嫌か……淫魔昇天拳は代々男子に受け継がせようと思っておったが、この際、女子でも致し方ないか」

「ガチで嫌なんですけど……ほら、兄さんがやらないからとばっちりじゃん」

「俺だってとばっちりだよ……」


 非難の眼差しが突き刺さり、俺は深いため息をついた。


「そろそろ折れると思ったんじゃが……」

「今のに折れる要素あったか?」

「あっただろう。落第じゃぞ?」

「ううっ……痛いところを」


 これは効いた。エロ行為が推奨されているというふざけた校風だからか、霊妙々谷学園は通常の授業とは別に特殊なカリキュラムがある。普通の体育に加えて淫魔との戦闘を想定した訓練がそれにあたるが、この訓練には二種類のアプローチがあった。


 一つ目は爺さんが言うエロ技で昇天させ、淫魔界に送り返す方法。そして二つ目は、武力で制圧する方法。これは戦闘能力に長けた亜人などが行うのが一般的だ。


 俺はそのうちの後者を選んでいた。強化服や銃器、それに様々なサポートアイテムを駆使すれば、人間でもある程度は戦える。それになりよりエロ技で絶頂なんてしてみろ、自家発電の回数が減ってしまうではないか。淫魔にくれてやる子種は一発もないのだ。


 つくづく淫魔とは腹立たしい生き物だ。シミュレーションで何度か戦ったが奴らは、まず人間の衣服を破り即効本番に持っていく。AVは前戯もきっちり見る派の俺にしてみれば、奴らのセッ〇スはアニマルセッ〇スだ。出会って五秒で合体とか犬とか猫とかと変らないじゃないか。やはりどこまでも相容れない。

 ゆえに俺は武力で殲滅することを選んだのだった。


「俺の射〇は俺だけのものだ。奴らに使ってなんてやらない」

「中級淫魔程度なら、むしろ挿入はせんぞ?」

「それでも、だ。絶頂させて淫魔界に送り返すとか、またこっちの世界に入ってくるって目に見えてるだろ。明らかに非効率じゃねぇか」

「まぁそれは言えてるね。でも淫魔級以上の個体を殲滅できる人なんて限られてるし、やっぱり絶頂させるしかないんじゃない?」


 一理までそんなことを言い始めた。絶頂とか、人を襲う奴らを気持ちよくさせてお帰り願うなどと世迷言も甚だしい。そこのところをはっきりさせるために、俺は淫魔絶頂派の二人を見下ろすように立ち上がった。


「淫魔と同じ土俵で戦う必要などない。わざわざ自分の身体を使わずともエログッズを宛がってやれば済む話だ。俺は……淫魔とセッ〇スしない。その誇りと矜持に従って生きていくんだ……!」


 木造建ての無駄に広い居間に俺の決意の咆哮が響いた。


「兄さん……誇りとか言ってる割に、エログッズで淫魔を気持ちよくさせようとしてるじゃん」

「そこは臨機応変に対応するまでだ。実力が伴わないのに殲滅とか、ガキの戯言に過ぎないからな。俺は現実を見る男だぞ?」

「ドヤ顔で言うこと? 挿入は嫌だけど前戯まではって言ってるだけじゃん」

「ほほう。ならばわしの淫魔昇天拳はうってつけじゃな」


 結局話がループしていた。

 ニヤニヤしながら的確に痛いところを突いてくる一理は鬱陶しいし、爺さんも訳知り顔で痴漢拳法を勧めてくるのも鬱陶しい。そしてなにより振り出しに戻っているのが非常に面倒だ。どうしてこうなってしまうのだろうか。


(次回に続く)






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