第2話 市場に響く言葉の力

 僕は意識を取り戻した。だが、まだ辺りは暗くどこか落ちている感覚があった。しばらくしないうちに落ちるような感覚が途絶え、僕は石畳の広場に立っていた。


 周囲を囲むのは白い壁と赤い屋根の建物。見上げれば、雲を透かして柔らかく光るふたつの太陽。


 どうやら異世界の年に放り出されたらしい。


「思ったよりも普通だな」


 草原や城を創造していたが、目の前に映るのは市場の喧噪と、人々の暮らしだ。荷車を押す老人、果物を並べる老人、子供を叱る母親――どこかの地中海の港町に似ている。


 僕はしばし歩き、露店の前で立ち止まった。鮮やかな赤い果実が山積みにされている。

 店主と思われる初老の男が、僕を見るなり声を張り上げた。


「おや、新顔だな!旅人か?」


「まぁ、そんなところだ」


 曖昧に答えると、男はにやりと笑った。


「だったら最初の一つはただでいい。こいつを食べて、元気つけな!」


 差し出された果実を受け取りながら、俺は気づく。

(あれ、僕……名乗ってもいないのに、ずいぶんと気前がいいな)


 ふと、女神の言葉が蘇る。

 ――あなたは特別なスキルがある。魅導特性カリスマ・ロゴス


 試しに軽く声をかけてみた。


「ありがとう。きっと、今日一日、いい商売ができると思うよ」


 それだけで店主と思われる男は目を輝かせた。


「おおっ、そうか!そうだな、俺は今日、大儲けをする!…ははっ旅の兄ちゃん、また来てくれよ!」


 周囲の客は笑い、場の空気が柔らかく変わっていく。

 僕は果実をかじりながら、内心で苦笑した。


(なるほどなぁ…おもしろいね、これがカリスマ・ロゴスかな?言葉一つで人の表情が、空気が変わった。まぁ、僕は居やすくなった。いいスキルだ)


 そのとき、背後から荒々しい声が響いた。


「代金だと?そんなの知らねぇな払わねぇよ」


「食べちまって、もう俺たちの腹の中にあるんだ返せるわけないだろう」


 振り返ると、若者二人が店主に詰め寄っていた。僕の目には若者二人がならず者のようにも見えた。


 テーブルの上には串焼きとパンの食べかす。食べ終えた後で代金を要求され、強引に突っぱねているようだ。どう考えても、若者が悪い。


 店主は若者二人の要求を呑むことなく、金を払うように要求している。


「こっちは、商売なんだ。慈善事業じゃねぇ食ったなら金を払うことだ」


 周囲の人も、その光景を眺めている。しかし介入はしようとしない。まぁ、自ら厄介ごとにかかわりに行く人間のほうがめずらしいだろう。


 そこで、僕は一歩、足を踏み出した。


「代金を払わないなら、それは盗みと変わらないだろう?」


 若者の視線がこちらを向いた、敵意のような視線を向けてくるが僕は気にせず続けた。


「考えてみてくれ、たしかに今は君たちの腹の中にあるだろう。けど、食べ物が腹に届くまでには、もっと長い経路があったんじゃないか?」


 若者たちは顔をしかめるが続けて僕は言った。


「畑を耕す者がいて、粉をこねる者がいて、火をくべる者がいた。その全てに対する対価が代金で、それを忘れ『俺のものだ』と主張するのは、まるで昨日生まれた子供みたいじゃないか?」


 僕の言葉は正論のようで、詭弁にも聞こえる。そんな芝居じみた言葉に若者たちは、少し腹を立たせたようだがこれ以上の荒事を避けるためにも代金を支払い、どこかへ消えていった。

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