偽物の哲学者は旅をする

はらぺこ・けいそ

第1話 黄金の草原と仮面の子猫

 目が覚めた時そこは黄金の草原だった。


 風に揺れる草は陽光を反射し、まるで金糸の絨毯のようにきらめいている。視界の果てには雲海に沈み、空にはふたつの太陽と、細かな亀裂を走らせた白い月が同時に浮かんでいた。—―現実ではない。だが夢でもない、そう感じた。


 僕は上体を起こし周囲を観察する。驚愕よりも、まず思索。それが癖だった。


「ようこそ。あなたが来るのを楽しみにしていたわ」


 府売り向くと、少女が立っていた。だがその輪郭は、見るたびに少しずつ姿を変える。母の面影になったかと思えば、古い肖像画の人物となり、次は親友の顔をなぞる。“理想の女神”を思い描くたび、その姿を模している、そんな印象だ。


「君は何者なんだ?」


「女神、それが正しいかしら?。化け物と呼ばれることもあるわ。でも、それは貴方たち人が願った姿だというのに。それにしても、こんな場所に突然立たされ私のような存在を見れば普通は震えるものよ?」


「そうか?でも、驚いたところで現実は変わらないだろ」


 女神は目を細め、クスリと笑った。


「なるほど、あなたは仮面をかぶった子猫のようね」


「仮面?子猫?」


「えぇ、本心ではあるけれど、それは虚構ね。ありもしない事実や言葉を並べて自分を納得褪せている。思索を前面に出すことで動揺を隠している。そんな風に落ち着いているから私には、仮面をかぶったか弱い存在…あなたの国でいう、猫をかぶっている、という言葉が正しいのかもしれないわ」


 その皮肉のような言葉に僕は自傷気味に笑い、肩をすくめる。


「なるほどね、確かにそうかもな。自分を隠すことで僕は僕を強く見せている。実際は社会不適合者の半分引きこもりだっていうのにな」


 女神は自身が言ったことがあっていて満足げに頷いた。


「でも、あなたには少し特別なスキルがあるみたい。あなたのいた国や世界ではスキルや魔法がないから周りに作用しなかったみたいだけどね。そこで、あなたは選ばれたの世界の意思によって。ここに来たあなたは、異世界に転移することが決定してあるの。」


「…使命とかあるのか?」


 僕の言葉に対して女神は首を振り、説明を続けた。


「使命はないわよ。それとあなたのスキルについて説明しとくわね。誘導特性カリスマ・ロゴスといって、あなたの声や言葉には人を惹きつけ、納得させ、動かしてしまう不思議な力をしているの」


「それって洗脳じゃなのか?」


「いいえ、これは相手を支配するのではなく共鳴するの。支配ではなく導き、あなたが語るだけで人は『そうだ』と思い込み気づけばあなた中心に動き出す。それに、悪用はできない制約よ、これは人を導く為のスキルなのだから」


 女神の話が終わりかけたが、「そうだ」と口を開いた。まだ何かあるみたいだ。


「それと、私が知っているのはここまで、これ以上のことは知らないし貴方が持つ魔法についても知らないから事前の説明ができないことだけ言っておくわ。でも、自分の魔法だし転移後にどんなものか確認するといいわ。ここは、異世界に流れる人間が最後に訪れる場所で女神の箱庭」


 それだけ言うと、足元の草原がガラスのように細かな音を立ててひび割れ、崩れ落ちる。身体は雲海の底へ真っ逆さまに吸い込まれていく。女神は手を差し伸べることはなく、ただ微笑み見送った。


 闇に呑まれる直前、自分が持つ魔法についての情報が流れ込んできた。


 そして、僕の意識は闇に呑まれ意識を失った。

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