欠陥品の僕とネジ
欠陥品の磨き石 磨奇 未知
【欠陥品の僕とネジ】
7月25日
太陽の熱がじわじわと照りつける。
僕は服にべったりと汗を染み込ませなが工場でネジの検品をする。
目の前のコンベアに流れるネジを一つ一つ手作業で不備がないかを確認していく。
金属臭と蒸れた汗が耐え難い苦痛になってくる。
僕は腐敗臭を漂わせながら
ただただ普遍的に流れる
なんの面白みのないネジを
眺め続ける。
ネジを眺めていると嫌な気持ちになってくる。
なんの意思も持たず道具として使われるために生まれたネジと
社会の歯車として家畜のように働く俺は瓜二つだからだ。
「まだ意識を持たないネジの方が幸せなのかもな…」
僕はそう呟きながらコンベアから流れる錆びついたネジを眺めていた。
カッカッカ
ヒールの音が狭い工場中に響き渡る
次第に音が大きくなってくる。
【後藤さん!】
後ろから明るい女性の声が響いた。
【錆びついたネジをそんなにぼんやり眺めて
どうしたんですか?】
彼女は不思議そうにこちらをみつめる。
僕は錆びついたネジを研磨にかけながら答える。
「なんかさ、
こいつに親近感わいちゃってさ
欠陥品として生まれてゴミとしてゴミ箱に捨てられる。
このネジは何か悪いことをしたわけでもないのに。
ただたまたま不良品になってしまっただけで。
まるで俺の人生を表してるみたいでさ」
彼女は少し不思議そうな顔をしながら言った。
【なら、なんでそのネジを研磨にかけてるんですか?
どうせ捨てるんですよね。】
僕はハッとしながら振り返る。
「あれ?本当だ
なんでどうせ捨てるのに研磨してるんだ?
夏の暑さで頭がやられてしまったみたいですね。」
僕は引き攣った笑顔を作りながら咄嗟に嘘をついた。
このネジに希望を持っていたなんて言ったら鼻で笑われるからだ。
彼女は何かを悟った目で僕の方に手を掛ける。
【後藤さん 本当はこのネジ正規品として出品しようとしてたんじゃないですか?
後藤さんはこのネジに希望を持ってるんですよね。
錆びついててなんの価値もつかない欠陥品のこのネジに
後藤さん 本当はこのネジ捨てたくないんですよね…
このネジを捨てる=自分の人生は変わらないって思ったからですよね。】
彼女の言葉は僕の心臓を深く抉った。
僕は逃げ出したい本心を押さえながら喋る。
「やっぱり三郷さんは鋭いね。
その通りだよ。
どうせ捨てられることぐらいわかってる。
だけどやっぱり少しぐらいは希望を持ちたかったんだよね。
変われるかもしれないって思うだけで気分が楽になるんだよね。」
彼女はおもむろに立ち上がり作業員専用の
使い古された軍手をロッカーから取り出した。
汗で黄ばんだ軍手からは腐敗臭が漂っている。
軍手を取り出した彼女は小走りにトイレに向かった。
「彼女に嫌われたのだろうか…
嫌われるのも当然か…
あんなに無様な姿見られたらしょうがないよな。」
僕は研磨していた手を止めてゴミ箱に運ぶ。
欠陥品を持った左手は小刻みに震えていて、
頑なにネジを離そうとしなかった。
「もういい加減にしてくれよ…」
その時ちょうど彼女がトイレから戻ってきた。
彼女はびっくりした顔をしながら一目散に駆け寄ってきた。
【ちょっとちょっと何してるんですか!
せっかくトイレから重曹とクエン酸持ってきたのに。
私一応女だから錆び取りぐらい朝飯前ですよ!
それにそのネジ あなたの希望なんでしょ。】
僕は彼女の予想外の言動に驚きが隠せなかった。
「てっきり僕嫌われたのかと思いました。
僕の惨めな姿を見て嫌悪感を示されたのかと…」
彼女はきょとんとした顔をしてこちらをみつめる。
【嫌いになるわけないですよ。
一生懸命ネジを修復しようとする後藤さんを
嫌いになる要素なんてないですよ。
めちゃくちゃ優しくていい人なんやな〜としか思わなかったです。
後藤さん 自分で思ってるより立派な人間ですよ。】
彼女のその言葉に僕は涙が溢れそうになった。
僕は泣きそうな顔を抑えながら彼女にネジを渡した。
さっきまで震えて離さなかった左手が嘘のように消え去っていた。
彼女は受け取ると
こちらにニカッと笑いかけスーツが汚れることを気にせずにネジの錆を一生懸命に取り始めた。
僕は彼女のそばに駆け寄り、
僕がきていた作業着を彼女に被せて、 一緒に錆を取り始めた。
一心不乱に錆を取り始めること
1時間
手には豆ができ、身体中に金属臭と汚れがびっしりと染みついていた。
【汚れを落とすことが目的なのに
返ってさらに汚れちゃいましたね。
錆もぜんぜん落ちてないし…
女の本気とか言ってた自分が少し恥ずかしいです。】
顔に煤をつけながら彼女は申し訳なさそうに言った。
僕は清々しい顔で彼女に言った。
「ネジの錆は落ちなかったけど
僕の心の錆はだいぶ落ちた気がします。
三郷さんのおかげで本当に大事な事に気づけたので意味がなかったなんてことはないですよ。」
彼女はネジを拾い上げると
【錆びたままでもいいのかもしれませんね。
唯一無二感があって、愛着湧いてきました。】
「奇遇だな
僕もちょうど同じこと思ってた。」
【ほんとですか〜
私に合わせてるだけなら早く白状した方がいいですよ。
私一応事務員ですからね。】
「事務員関係ないでしょ。
三郷さんはやっぱり面白い人だな。」
この時間が一生続けばいいのにな…
僕はそんなことを思いながらたわいもない話をしていた。
僕は錆びついたネジを大切に布で包み鞄にしまった。
周りの人間からみたらたかがネジだと思うかもしれない。
そんなネジ価値ないって感じる人もいるだろうしなんでそんなに大切にするの?と思う人もいるだろう。
だけど僕にとってこのネジは人生を変える
力を持った
僕の魂や希望が篭る唯一無二の宝物だ。
このネジは僕に大切なことを教えてくれた。
結果がどうであれ変わろうと挑戦することが重要だということ
始める前から変わらないと諦めないこと
このネジの錆が落ちなかったのと同じで
僕の過去は消えないだろう。
だけど未来は自分の手で変えられる。
いつかこのネジが唯一無二の特別な物になることを信じて僕は歩み続ける。
欠陥品の僕とネジ 欠陥品の磨き石 磨奇 未知 @migakiisi
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