2話 三者三様
「―――つまり、あのキスは不本意な事故であって、黒ネコにビックリした拍子で二人は体勢を崩して、今に至る。と」
太陽は沈み始め、夕闇の帳が下りてくる。
ステンドグラス調の硝子窓に覆われた路地裏の世界にて、腕を組み、情報を整理していた鳴海は随分と噛み砕いた様子で流暢に言葉を並べる。
「そう! 一言一句何も間違ってない! だから、君は誤解しているのっ!」
鳴海の言葉に頷き、必死に弁明する翔星学園の少女。
恥ずかしそうに義憤に駆られている彼女。
余程だったのかキスの瞬間に遭遇した鳴海に相当根に持っているようで、相手が納得するまで詰めることを止めない。
正直、巻き込まれたのは鳴海の方なのだが、混乱した彼女に弁明は届かない。
無理もない。鳴海だって流石に混乱していた。
「いい? 君は何も見なかった。……分かった? 反省した?」
「なんで一方的に罪を擦り付けているんだよ……。偏見にも程があるだろ……」
「……? 下着姿の女性を見て、君は本当に無実って証明できるの?」
「公衆の場合、不審者は誰になるんだろう」
駄目だ。認識が合わない。会話が成り立っていない。
それ以前として、彼女は異性に関して相当の敵対視をしているように思えた。
苦手意識。潜在的恐怖。
迂闊だった。ため息を吐いた鳴海は改めて猛省した。翔星学園が男子禁制なだけあって、お嬢様学校特有の校外に対する知見の脆さを露呈していたことを。
やはり箱入り娘。偏差値の高さが仇になるか。
(……困った。どうしよう。こういうタイプの女の子の接し方が分からないぞ)
歪んでいる、というよりも、彼女自身があまりにも純粋過ぎて。
脆くて。美しい。一輪の花の硝子細工のような繊細さ。
つまり、関わらない方がいい。
「……君。もしかして、私のこと、口説いているつもりなの? ホントごめん。無理だけど。お断りします」
「知ってる。俺は女じゃないし」
「はあぁぁぁっ!? だったら私と付き合いなさいよ!?」
「え、無理。断る」
疑心暗鬼の眼差しで鳴海を見ていた翔星の少女。
不信感を募らせ距離を置いていた彼女は華奢な体付きを守ろうと抱き締める仕草をするものの、鳴海の一蹴した返答にソプラノの声音を荒げてムキになる。
お嬢様高校に知り合いはいない。というか知り合いがいない。
口説く? 論外論外。
「なんだ、やっぱり、貴方は私達のこと全く信用していないんだ」
あれほど支離滅裂な言動をしていたのに。涼しい顔をした彼女が佇んでいる。
手応えの感触がしないのか、視線を背けるほどの頓着の無さ。
寸前の会話が全て無意味だと言わんばかりの血相の変化には、垣間見える本性があり、毅然とした所作、高貴たる風格が覗かせていた。
素人目線だろうと理解できる。これは単なる演技の練習でしかないように。
最初の時点で、眼中に値していなかったことを。
「そこはお互い様だろ」
「そうかな、立場的に貴方が不利益に見えるけど」
彼女の指摘通り、鳴海の現状は闇の中。後が引けない状態だった。
(相手は二人。翔星の方は突っ掛かる程度だけど、聖アグネスの方が不気味だ)
視界の片隅に映る、相方の美少女は黒ネコと戯れていた。
奇しくも黒ネコにあげているビスケットは同じ商品であり、彼女もまた似た境遇で路地裏に来ているのかもしれない。
微笑ましい光景とは裏腹にスマホの存在が厄介だ。
(通報されたら、まず俺に勝ち目はない。相手はその環境を利用している)
異性のグレーゾーンを利用した彼女達の強み。
脅迫めいた詰め将棋。意見に従わなければギルティ。呆れた。相手の顔色を伺い続ける人生なんて御免だ。
一方的に犯罪者に擦り付け、無実の被害者を蔑ろにする。
鳴海は従うまでもなく彼女達の話を素直に頷くこともできた。それなのに、実現出来なかったのは相手が聞く耳を持たない事と、信用されてない事だ。
ああ。あの頃と同じじゃないか。
人を不幸にさせる、面白味のない『猿』の浅知恵と一緒だ。
(……どうせ、コイツ等も『猿』か)
熱が冷める。感情の沈静化が進み、首を振って嘆息を漏らす鳴海は対話を放棄。落胆した瞳は色褪せて、軽蔑の含んだ視線を彼女達に向ける。
『猿』は同じ表情をする。負け惜しみの悪足掻き。非を認めず、悔いを改めない。怒りの矛先は鞘に納めることでしか解決しないのに。何度も間違える。
綺麗事の世界でも、悲しみだけが残るのに。
不幸になる。優しさを持った人達が『猿』になり、日常を破壊するんだ。
これ以上、奪われてたまるか。
(お前等の立場、その環境を逆に利用してやる)
即決。行動に移すのは簡単だった。
まずは聖アグネスの少女が持つスマホを奪う。その一瞬の隙を作る為にリュックの中にあるビスケットを彼女達に叩き付ける。怯んだ翔星の少女の無防備になった腹部にボディブローを加える。女は脆い。重心は乗せない。
気配を悟られず、アスファルトの地面を踏み込み、身構えた所で―――、
「あなたの敵意のせいで、黒ネコが逃げてしまうわ」
束の間の静寂が。鳴海の目の色を変える。
(……コイツ)
胸中に潜む憎悪が破綻して、彼女の穏やかな声音のせいで空中分解に終わる。
見透かされた。そんな安直な思考がやけに巡る。有り余る猜疑心が否定しようと躍起になり、失策の起因を探すものの、何もかもが当て嵌まらない。
その代わりとして。物静かな眼差しで、鳴海の方に振り向いた少女は。
「私の名前は藤咲真弓。あなたの名前を教えてほしいな」
首を傾げて。親しげに微笑を湛える少女、藤咲真弓はスマホを差し出した。
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