再会――太陽の話

駅ビルのカフェは、昔の私たちに似合いそうで、でも少しだけ大人びていた。

窓際の席、砂糖の小袋、スプーンのコトという音。

彼は少し日焼けしていて、目尻に新しい線が増えていた。

「久しぶり」

「久しぶり」

たったそれだけで、長い年月が椅子に座った。


「君は、どうしていた?」

「働いて、眠って、起きて、また働いて」

彼は笑って、スプーンを軽く鳴らす。

「こっちは、パリで会社を広げた。時差は相変わらず苦手」

「覚えるの、得意じゃなかった?」

「覚えたら、寂しくならない方法を探し中」

二人で笑った。笑い方は昔と似ているのに、届く場所が少し違う。


私は、言葉を選んでから話し始めた。

距離を置いた夜のこと。嘘の別れのこと。

そして、帰り道で起きたこと。

言えなかった理由。

言えなかったあいだに、私の内側で起きていたこと。

“被害”という言葉の外にある、身体の「違う」という声のこと。

話している間、彼は一度も遮らなかった。

砂糖を二つ落とし、スプーンで静かにカップの縁をコトと鳴らしてから、短く言った。

「連絡しなかった理由、わかったよ。あの頃の君を、今抱きしめたい」

私はうなずいた。

過去の私に向けて、彼と一緒にそうしているみたいに。


沈黙が、今度はやさしい形で私たちの間に置かれる。

彼はカップの湯気を見つめ、それから顔を上げた。

「ねえ」

「うん」

「君は太陽でいて」

「……太陽?」

「うん。浪人してた僕には、君が光だった。

 今の僕にも、君が光でいてくれると、前を照らして歩ける」

私は息を吸い、ゆっくり吐いた。

「じゃあ、あなたは、日陰で休むこと」

彼は一瞬驚いて、それから笑った。

「休むの、下手なんだよね」

「だから、練習。燃え尽きない距離と角度で」


それ以上、約束は増やさない。

“恋人”という肩書きを持ち直さない。

そのかわり、言葉は昔より遠くまで届く。

彼が時差の向こうで朝焼けを見るとき、私はこの町の夕方を歩く。

ときどきメッセージを送り、返事は時差の分だけ遅れて届く。

会えないあいだは悲しみではなく、会えるまでの楽しみになる。


彼の帰国の最終日、私たちは空港へ行った。

出発ロビーのガラス越しに、滑走路が薄く光っている。

「またね」

「またね」

彼はいつもの言葉を重ねる。

「太陽でいて」

私は親指を立てる。

「あなたは、日陰で休むこと」

彼は大げさにうなずいて、列に吸い込まれていった。


扉が閉まる音のあと、世界はすぐ日常のボリュームに戻る。

私はベンチに腰を下ろし、スマホを胸に当てた。

“恋人”という肩書きは、もう要らない。

肩書きがないぶん、昔より遠くまで届く会話ができる。

画面の中で、未読の吹き出しがやさしく待っている。

——着いたら連絡する。今日の話の続き、また聞いて。

私は短く息を吸って、打つ。

——うん。いってらっしゃい。こっちは、ちゃんと照らしておくね。

涙はこぼれない。こぼれなくていい。

結ばれないことは、終わりじゃない。


——


次回 終章「会えるまでの楽しみ」

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