第3話「夜の教室で机が勝手に動くんです」前編

「それで、具体的にはどんなことが起きてるの?」


蒼太が鈴木に問いかける。


「夜の10時頃になると……誰もいないはずの教室で、机がガタガタと動くそうなんです」


鈴木は声を震わせた。


「鈴木さんが見たわけじゃないの?」


「はい、夜間の見回りをしている警備員の田中さんから聞いたんです。もう三日連続で同じ現象を目撃してるって……」


「なるほど、警備員さんが証人か〜」


蒼太は天井を見上げながらつぶやく。


「机は全部動くのかな? それとも特定の机だけ?」


「それが……毎回私の席なんです」


「君の席?」


蒼太は興味深そうに鈴木の話を聞いた。


「はい。だから怖くて……私に恨みを持った霊がいるんじゃないかって……」


「大体の超常現象は、科学的に説明できるものばかりだから大丈夫だよ」


蒼太は穏やかな表情で、手をひらひらと振った。


「でも、実際に机が動いてるんですよね……?」


美月が確認すると、鈴木は小さく頷いた。


「はい。警備員さんも『こんなの初めてだ』って言ってました」


蒼太は椅子をくるりと回転させて、窓の外を見た。


「とりあえず、今夜現場を見に行ってみようか」


「えっ? 夜中にですか?」


美月の声が一瞬高くなる。


「百聞は一見に如かずって言うでしょ?」


「でも校舎は夜間施錠されて……」


「話を通しておけば大丈夫だよ。警備員の田中さんも協力してくれるんじゃないかな」


美月は手帳をしっかりと握りしめて頷いた。


「分かりました……探偵部として、きちんと調査しないといけませんよね……!」





その夜、蒼太と美月は学校の正門で警備員の田中と待ち合わせていた。


「探偵部の生徒さんたちですね。鈴木さんから話は聞いています」


田中は五十代くらいの温厚そうな男性だった。


「よろしくお願いします。それで、現象が起きるのは毎晩10時頃ですか?」


「はい。大体10時から10時15分の間です。最初は風かと思ったんですが……窓は全部閉まってるし、エアコンも切れてる。それなのに机だけがガタガタと……」


美月はごくりと息を呑む。


「確認しに行ってみよう」


三人は校舎に入り、一年C組に向かった。


静まり帰った薄暗い廊下で、美月は自分の歩く音が妙に大きく聞こえていた。

影が揺れるたびに、視線がそちらに向いてしまう。


「美月ちゃん、大丈夫?」


「え!? は、はい! 全然大丈夫です!」


美月は、声を裏返らせた。


「僕がいるからね」


そう一言いうと、蒼太はにこりと微笑んだ。




一年C組に到着すると、蒼太は教室内を見回した。


「奥から三番目の席……あの席です」


田中が指差した鈴木の席に蒼太は近付き、机を軽く押してみた。


「特に不安定ってわけでもないな〜」


美月が時計を確認すると、9時55分を指していた。


「もうすぐですね…」


三人は少し離れた場所で待機した。


静まり返った教室で、美月は自分の心臓の音がやけに気になった。

意識すればするほど、鼓動は余計に早くなる。


その時、肩にポンっと手が置かれた。

一瞬びくりと肩が跳ねたが、手の方を見ると蒼太が優しく笑いかけていた。



そして、10時ちょうど。


突然、窓際の机が小刻みに震え始めた。


「始まりました」


田中さんが小声で言う。


ガタガタガタ……


「ひゃっ……!!」


「おお〜、本当に動いてるね」


蒼太は興味深そうに観察している。


「ぶ、部長!あれって本当に……!」


美月が声を震わせた。


「大丈夫。絶対に理由があるはず」


ガタガタという音は約5分間続いた。音がぴたりと止まった時、美月はほっと息を吐いた。


「毎回こんな感じです」


「なるほど〜。ありがとうございました。今夜はこれで十分かな」


「えっ? もう帰るんですか?」


蒼太のあっさりとした反応に、美月は目を丸くした。


「うん。必要な情報は得られたからね」


「何か分かったんですか……?」


「まあ、仮説はいくつかあるかな。でも今日は遅いし、明日もう一度調べてから結論を出そう」


三人は再び、正門へと移動した。

校門を出ると、美月は大きく息を吐いた。


「田中さん、ありがとうございました」


「いえいえ、気を付けて帰ってくださいね」


田中は一礼して、再び校舎の見回りに戻って行った。


「美月ちゃん、家まで送るよ」


「えっ! 私の家、駅と逆方向ですし、近いので大丈夫ですよ!」


美月の自宅は、学校から歩いて15分ほどと近い場所にあった。対して蒼太の自宅は電車で数駅先だ。


「ダメダメ。女の子をこんな時間に一人で帰らせられないよ。さ、遅くなる前に行こう」


「ありがとうございます…」


美月の頬がほんのり染まっていた。



閑静な住宅街。月明りに照らされた静かな夜道を二人並んで歩いていた。


「月がキレイだね~」


蒼太の言葉に一瞬ドキッとしてしまったが、きっと深い意味はない。そのままの意味だ。


「部長……気付いていたと思いますが、私……心霊系は苦手なんです」


先ほどまでの自分の態度を思い出し、美月は顔が熱くなった。


「今回みたいな謎と向き合わないといけない日が、きっとまたあります……その時に、私はちゃんと事件を解決できるのか自信がないんです……」


蒼太がいなかったら、ただ怯えるだけできっと何も出来なかった。

今回の事件だけでなく、自分ひとりでは何もできない気がしてきた。


自分の情けなさに、思考はどんどん悪い方へと落ちていく。


「誰にだって苦手なものはあるさ。そういう時は、誰かを頼ればいいんだよ。探偵が『完璧』である必要なんてない」


蒼太が優しく微笑む。


「あのホームズにさえ、ワトソンという相棒がいたんだ。名探偵だって誰かを頼っていいんだよ」


月明りのせいか、その表情はいつも以上に温かく感じられた。


「部長、ありがとうございます。私、部長がいる探偵部に入れて良かったです」


美月は、頬を赤く染めながらにこりと笑った。


「僕も、美月ちゃんがいてくれて良かったよ」


怖かったはずの暗い夜は、いつの間にか心地良くなっていた。




翌日の放課後、蒼太と美月は再び一年C組を訪れた。


「部長、昨夜の現象についてどう思いますか?」


美月の声は昨夜と比べて随分落ち着いていた。


「まずは、机を確認してみよう」


蒼太は鈴木の席へと向かい、机を詳しく調べ始めた。


「机の下に何かあるかな……」


蒼太は机の下に潜り込んた。


「なるほど。これか」


「何か見つけたんですか?」


「美月ちゃんも見てみて」


美月も机の下を覗き込むと、そこには小さな機械のようなものが取り付けられていた。


「これって……」


「携帯電話のバイブレーター機能を使った装置だね。タイマー機能付きで、決まった時間に振動するように設定されてる」


蒼太は取り外した装置を見つめた。


「でも、誰がこんなものを?」


「それが問題だね。動機と犯人を特定しないと」


その時、教室のドアが開いて数人の一年生が入ってきた。


「あれ?探偵部の人たちですか?」


その中に鈴木もいた。


「何か分かりましたか?」


「うん、幽霊じゃなくて人工的な仕掛けだったよ」


蒼太が装置を見せると、教室にいた生徒たちがざわめいた。


「誰がこんなことを……」


鈴木が困惑した表情を浮かべた。


蒼太は教室にいる生徒たちを見回した。


「最近この教室で何か変わったことはなかったかな?」


「変わったこと?」


「例えば、誰かと揉めたとか、いたずらをされたとか…」


生徒たちは顔を見合わせた。


「そういえば……」


一人の男子生徒が口を開いた。


「先週、鈴木さんが中山の告白を断ったって話が……」


「あ……」


鈴木の顔が赤くなる。


「中山君?」


美月が聞き返す。


「同じクラスの中山大輔君です。でも、まさか彼が……」


「う~ん、なるほどね」


蒼太は興味深そうに頷いた。


「中山君は優しい人だから、こんないたずらをするとは思えないけど……」


鈴木は眉をひそめながら、つぶやいた。


「とりあえず、中山君に話を聞いてみようか」


しばらくして、少し緊張した様子の中山が教室にやってきた。


「あの、探偵部の人に呼ばれたって……」


「中山君、鈴木さんの席にこの装置がつけられていたんだけど、何か知ってる?」


蒼太が装置を見せると、中山は目を見開いた。


「それは……」


「何か知ってるのかい?」


蒼太が尋ねると、中山は慌てた様子で首を横に振った。


「い、いえ、僕は知らないです……」


「そっか~。ありがとう」


中山の視線が泳いだ理由が、蒼太は気になっていた。



蒼太と美月は部室へと戻った。


「犯人はやはり中山君でしょうか……? 鈴木さんに振られたことへの腹いせでやってしまったのかも……」


「う~ん。何か隠していることがあるのは確かだね」


蒼太は、鈴木の席に付けられていた装置を見つめた。

その装置は、人差し指と親指で持てるくらいの小さなものだった。


「美月ちゃんは、この装置について何か知ってるかい?」


「え? いえ、わかりません……初めて見ました」


蒼太の急な質問に驚いたが、美月は正直に答えた。


「そうだよね。中山君はこの装置を見て『僕は知らない』と否定した。本当に何も知らなかったら、今の美月ちゃんみたいに『わからない』『知らない』とだけ言うと思うんだ。でも彼は咄嗟に『僕は』と言った」


「確かに……」


「彼は本当に知らないけど、知ってる人に心当たりがあったんじゃないかな?」


蒼太の推理に美月が頷く。


「中山君の周辺を調査した方が良いですね」


「そうだね。明日から調べてみよう」


超常現象かと思われた事件は、人工的な仕掛けによるものであった。


誰が、何のために。その答えを求めて、蒼太たちは動き出した。


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