第17話 降って来た怪物

 土煙の向こう、うっすらと蠢く影の全容が次第に明らかになっていくと、サトミは顔を輝かせ、『つよにく』は全身を強張らせた。


「ひゅっ……」


「わぁ! 見て見て、つよにく! また別のポケクリだよ! これはこれでかわいいなぁ……ゲットしたいよね!」


 喉が鳴るだけで言葉すら出てこない自分と違い、やたらテンションの高いサトミを、さすがの『つよにく』でも信じられないものを見るような目で見つめる。


 庇護欲と忠誠心に溢れているとはいえ、アレをかわいいと言ってのける感性にはさすがについていけないという様子だ。


 落ちて来たのは、恐らくこの巨大な木の上の葉を食べていたであろう芋虫。幼いころに木に集る虫を採るために、木を蹴って地面に落としていた時にも、こんなことがあったなと、『つよにく』は懐かしく思う。


 見た目はアゲハ蝶の幼虫そのものだけど、本来緑色の背中部分は暗い紫色で、腹は黒い。全体的にこの薄暗い森に合わせたカラーリングだが、大きな目のような模様だけが、やたら目立つ黄色なのが異彩を放っている。


「ドラゴンが1番好きなのはまだ分かるけど……これを可愛いと言えるのは、なかなか玄人だな……。ええと、サトミちゃん。本当にこれもゲットする気、なのかい?」


「もちろん! いけー、つよにくー!」


「いや……いけって……」


 背中を押されたところで、なかなかやる気が起きない。いや、むしろこれならドラゴンを相手にする方がまだマシだという気持ちが強い。


 気が進まない中、とりあえずステータスくらいは確認しようと、宇宙眼スキルを使う。


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種 族:カオスバタフライ(幼虫)

生命力:336274 攻撃力:10055 防御力:216222 速 度:502

魔力量:326 魔攻力:0 魔防力:79640 技 巧:16

所有Aスキル:臭角改

所有Pスキル:物理耐性・強(打撃)、状態異常無効(毒、マヒ)

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「やっぱこっちも強えわなぁ!? 重さウエイトこそ大正義な自然界において、1芋虫が弱えわけないもんなぁ!?」


 そう。驚くべきはそのサイズだった。地面の様子や土煙を見ても、相当な重さがありそうな芋虫が、木を揺らされたことによって落ちて来たのだ。


 チートと言って過言ではない、『つよにく』の全速体当たりを受けても、折れることがなかった木だ。こんな芋虫が這っていても折れないくらい枝も丈夫なのだろう。幹が相当長く、葉が茂ってるのは推定で100m以上頭上。光が遮られていることもあり、様子が分からないが、こんなのがうようよしていると考えると、あまりにもぞっとしない。


「ぐわー!? ぐわー!!!!」


「ぎゅぱ……ぎゅぱ……ぎゅぱ……ぎゅぱ……」


 困惑するような鳴き声に視線を向けると、今の衝撃で目を覚ましたドラゴンが、3匹の芋虫に対して威嚇するように声をあげていた。


 目を覚ましたらいきなり目の前に、体積比で自分の数十倍あるという芋虫に囲まれてるという状況。これにはさっきまで怖がっていた『つよにく』もドラゴンに同情せざるを得ない。


「わわわ、もしかしてバトル? ポケクリバトル!?」


「そうみたいだね。……しかしこれは、はっきり言って運がいい」


 安全を考えるなら、互いにつぶし合いが始まった隙に逃げるのが吉。だが、この戦いは『つよにく』にとっていい検証材料になる。


 わくわくするサトミと一緒に観戦モードになっていると、仕掛けたのはドラゴンの方だった。大きく口を開け、半身を持ち上げて威嚇する1匹の芋虫の腹にかぶりつく。


「ぴぃぃぃぃぃ!!」


「何! 効いてる!?」


「おー!」


 『つよにく』の目に見える芋虫の物理防御力は、ドラゴンの物理攻撃力の倍。LF5でも「かみつく」や「ひっかく」と表示される特殊攻撃は、通常攻撃の何割か増しと設定されているものだが、それでもダメージが通るとは思わなかった。


 数値だけ見れば自分の物理防御力は、ドラゴンの物理攻撃力の10倍近くあるとはいえ、これでも痛みを感じるかもしれないとなると、腰が引ける。死なないと分かっていても、わざわざノコギリクワガタの顎に、自分の指を入れようと思う人間はそうはいないだろう。


「ねえ、つよにく。これどっちが勝つと思う? どっちか選ばないとダメなら、ボクはドラゴンをゲットしたいんだけど。この芋虫は木の上にいっぱいいそうだし、今度チャレンジでもいいしさ」


「呑気だね……。まぁ、ドラゴンの防御力は芋虫の攻撃力の10倍。これで芋虫の攻撃が通るかを見たいんだけど……ん、なんだ?」


 ドラゴンが優勢と思って観戦していると、なぜかドラゴンが食い込んでいた牙を抜き、体全体を痙攣させて地面に倒れ込んだ。


 つい先ほどまで噛みつかれていた芋虫は体を揺すると、再び半身を持ち上げて、今度はドラゴン目掛けて、体重を乗せた頭突きをぶちかました!


「……!! つよにく、助けてあげて……!!」


「いやいや、何で急にあんなやられ放題になってんのか見極めないと」


 贔屓目に見てたドラゴンが、一方的にやられ始め、動転したサトミが『つよにく』に助けを求めるが、むやみに突っ込んでいっていいものではない。


 明らかにゲームでいうところの状態異常。本来全状態異常無効と設定していたちょうスーパー究極アルティメット宇宙コズミック闘士ファイターだが、LF5にはない状態異常は無効にできない。


 なぜ急にこうなったのか原因を求めると、戦っているのではない別の芋虫が、頭から毒々しい真っ青な角のようなものを出しているのが見えた。


「臭角か! そりゃアゲハ蝶の幼虫なら持っててもおかしくない……スキルにもあるが、意味深に『改』とかつけんな、マジで」


 ・臭角改――強烈な匂いと神経毒を周囲に撒き散らし、匂いの届く範囲にいるモノに対して確実に毒とマヒの状態異常を付加する。


 なるほど、毒+マヒならば自分には何の問題もない。それが分かって安心すると、逆に古代火焔竜などという、ボスみたいな種族のくせに耐性がガバガバなドラゴンが憐れに見えて来た。


 『つよにく』が落ち着いて宇宙眼を継続発動していると、ドラゴンの生命力がゴリゴリ削られてはいるものの、頭突きのタイミングでは減っていないことに気がついた。どうやら10倍の数値差を超えてダメージを与えることは、さすがに無理なようだ。


「よし、任せてくれサトミちゃん。オレがドラゴンを助けたあと、そのまま確保してここまで連れて――――」


 仮にマヒが解けて襲い掛かってこようが、恐らく痛みは感じない……そう思えるくらいの確信を得られ、いよいよサトミの望み通り動いてあげられると思った『つよにく』が目線を下げると、いるはずの主の姿が見つけられない。


 背中に冷たいものが走り、『つよにく』が慌てていると、遠くから愛しい子供の声が響いた。


「もう止めてあげてよ!!」


「は――――――」


 『つよにく』がなかなか動かなかったことに業を煮やしたのか、いつの間にか移動したサトミが、体を持ち上げた芋虫からかばうように、ドラゴンに覆いかぶさっていた!!


「いやいやいやいや!? 匂いの届く範囲は強制的に毒とマヒを起こすんだろ!? なら近づく前に……ってなんかピンポイントに耐性もってやがんな!? てか熱病って状態異常なのか、それオレ持ってねえぞ――って今はそれどころじゃねえ!!


 改めてサトミのステータスを見直した『つよにく』が悲鳴に似た叫びをあげる。耐性ガバガバ古代竜と違い、ナチュラルにきっちりメタを張っていることが、今回は逆に厄介だ。


 今まさにサトミ目掛けて頭突きを繰り出そうとする芋虫目掛けて、思いっきり踏み込んだ勢いそのままに、『つよにく』が体当たりをぶちかます!


「ぎゅぱ―――――」


 電車張りのクソデカ芋虫がものすごい勢いで吹っ飛ぶのを見て、ようやく『速さ』以外のステータスの正しさにも確信を持った『つよにく』。


 ……それはいいのだが、これだけのステータスに差があるのに、なお倒せていないことに激しく舌打ちをした。そう簡単に無双などさせてやるかという、例のクソ天使の顔が目に浮かぶような状況だ。


 物理打撃への強耐性というものが、どれほどのものなのか、拳で殴って倒せるのか、不安で脳みそがぐちゃぐちゃになる『つよにく』に、サトミの弱弱しい声が届いた。


「つよ……にく……」


 こちらも強耐性がありながらも、毒の影響か真っ青な顔でドラゴンに寄り添うサトミの姿が目に入り、『つよにく』の体温がかぁーっと上がった。


 耐性があろうが毒で死にかける姿に、打撃でも殴り続ければ倒せるだろうとはいえ、かけられる時間は決して長くないことを察知した『つよにく』は、一足飛びに臭角を出している芋虫に近づいた。


「悪いな芋虫。オレが木にぶつからなきゃ、お前らが地上ここにいることはなかったはずだった。だが、臭角を引っ込める気がないなら、すぐに死んでくれ!!」


 スキルとして登録されているからか、不思議とどう動けばいいのかはっきり分かる。


 左足と左腕を前に突き出して腰を落とし、軽く握った右手を腰に当てると、その右拳が煌々と輝き始める。


 普通に考えれば打撃に耐性がある相手に、正拳突きなど愚の骨頂。しかしこれはただの攻撃でも、一介のスキルではない。


 ちょうスーパー究極アルティメット宇宙コズミック闘士ファイターが持つ唯一の『必殺技』だ!!


ビッグッ! 爆発拳バーンナッコーッ!!」


 口に出すと某格闘ゲームを思い出してギリギリだなと『つよにく』は思うが、ここは異世界。パクリだ何だと言われる筋合いはない。


 光の届かぬ異世界の森の全容を炙りだすかのような閃光が、巨大な芋虫の体に突き刺さった。

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