第15話 古代火焔竜

(おいおいおい、いくら最も過酷な場所にあるっていってもさすがに飛ばし過だろ。最初のエンカウントがドラゴンとか、どうなってんだよ)


 警戒心が振り切れた『つよにく』とは裏腹に、握る手の力を少しでも緩めようものなら、今にも走っていかんばかりのサトミ。


「ちょっと待て。とにかくアレがどれほどのものか調べるから。宇宙眼コズミックアイ!!」


 なんとか宥めながらもスキルを使うと、目の前に現れた数値に『つよにく』が喉を鳴らした。


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名 前:メギドフレイム

種 族:古代火焔竜エンシャントファイアドラゴン

生命力:277874 攻撃力:109591 防御力:104864 速 度:20404

魔力量:106413 魔攻力:101282 魔防力:126766 技 巧:27606

所有Aスキル:火焔球ファイアボール煉獄劫火パーゲトリーブレイズ竜吼砲ドラゴンロアー

所有Pスキル:属性耐性・強(火)

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「馬ッッッッッッッッッ鹿じゃねえの!? 完ストの値は9999じゃねえのかよ!? いや、もしかして人間の限界が9999ってことか!?」


 当たり前のように万どころか10万単位の数値が示されたことに、誰へとなく、『つよにく』が抗議の声をあげる。


 一方、サトミはそんなことお構いなしに、ドラゴンを指さしながら『つよにく』を引っ張った。


「凄い凄い! もしかして、あれドラゴン!? ドラゴンのポケクリだよね!? これは絶対ゲットしないと! 可愛いのもいいけど、やっぱり1番はドラゴンだよね!!」


「サトミちゃん!?」


 男の『つよにく』にしたら、気持ちは痛いほど分かる。だけど、今回ばかりは女の子らしく可愛いものを望んでくれと、心から願った


 しかし、その興奮具合を見て、喜ばせたいと思う気持ちが勝った『つよにく』は、仕方ないと言わんばかりに大きくため息をついて一歩前に出た。


「分かったよサトミちゃん。オレが弱らせてみるから、それまでは絶対ここから出ないでね」


 正直遺跡の中が絶対安全という保障はない。それでも自分が入り口に立ちふさがれば、安全は確保される。


 予想外に大きな数値が表示され、気が動転したのは確か。それでも自分の10分の1に過ぎないのだからと、ドラゴンに近づいたところで、『つよにく』の中の本能というべきものがその足を止めた。


(いやいや、ちょっと待て!? どうかしてるぞオレ!?)


 その本能とともに浮かんだのは先ほどの天使の顔。絶対信じちゃいけないタイプの笑顔に、一気に膨れ上がった警戒心が、主を喜ばせたいという気持ちをわずかに上回り、本来の冷静な部分を呼び起こさせたのだ。


「……このステータス、本当に信用していいのか?」


 さすがに子供の悪ふざけでつけたステータスに『つよにく』は疑問を持った。もちろん宇宙眼スキルで確認はした。とはいえ宇宙眼はあくまで戦闘中に使うスキル。効果はLF5のスキル『みやぶる』――敵のHPとMPと弱点を確認できるスキルの完全上位互換だが、『数値の偽装を看破する』のような効果はない。


 目の前のドラゴンは、現地にもともと住むものであるから、わざわざそのステータスが偽装されるようなことにはならないだろう。


 それでは自分の能力は? 表示されているのはあくまで天使から「好きに考えていい」と言われた数値。その数値に浮かれて強敵に挑んで死に戻り、「チートで無双だとかその気になってたお前の姿はお笑いだったぜ」と煽って来る姿が目に浮かんだ。


 そもそも真面目と評される日本の一流企業でさえ、粉飾決算やら試験のデータ改ざんなどお手の物、なぜにあんな天使の言葉を信じれようか?


「くそ……! ステータスのが本当だっていう検証さえ出来てれば……!」


 幸い……と言ってよいのか、目の前にいるドラゴンは『古代火焔竜』などという大層な名前の割には、尻尾含めてせいぜい3m――映像で見たコモドドラゴンくらいだ。


 ファンタジー世界に持ってるイメージからしたら小さいが――それでも人間が素手で挑んでいい相手ではない。


「もー、つよにくってば、めちゃくちゃ強いのに、何でそんなに怖がってるんだよー! 全部のステータスが9999なんだから怖がる必要ないじゃんか! もういいよ、ボクが話しかけてみるから!」


「ちょーっと待った」


 なんでこんなにも死にたがるんだこの娘は、と『つよにく』は心の中で髪の毛を掻きむしった。


「今の若者は……なんていう老害の決まり文句を言いたいわけじゃないが、学童ボランティアをやってた時はこんな……こんな……」


 そうして流れ込む大学の時の記憶――全力で漕ぐブランコから急に手を放したり、なんの脈絡もなく、罰ゲームでもないのに床を舐め始める児童の姿。ボランティア仲間と酒を飲みながら苦労を分かち合ったものだ、


 いや、それ以前に自分自身、星が好きな家庭で育ったせいか、高いところが好きだった。ジャングルジムの一番上から飛び降りたり、本来ぶら下がりながら移動する雲梯の上に乗って全力で走ったりと、ヤバいことをやってきた。ちなみにどちらも救急車の世話になるという結末を迎えている。


「あ~……人間、都合が悪いことって忘れるよね」


 そうやって痛い目を見て、次は同じことをするまいと成長していくものだと『つよにく』は思っている。ならばこのサトミの大人から見たら自殺ともとれる行動もまた、子供の特権なのだ。


 大きな動物を見て、「怖い」だ「危険」だと判断するのは、実際襲われたり、他の誰かが襲われた事件の情報に触れて来た結果なのだ。経験の少ない子供がそれを理解できないのは仕方がない。


(……くそ、よりにもよって、なんで初めのエンカウントが、1番好きとまで言わせるドラゴンなんだよ。そうじゃなきゃ、こんなにも無茶な行動を取らないで逃げる選択肢も。運がいいのか悪いのか、分かりゃしない……)


 左手でサトミを抑えながら、右の親指を噛み締めると、ふとひとつの疑問が『つよにく』の頭の中に浮かんだ。


「……待て。サトミちゃん、もしかして転生させてくれたっていう女神様に、ポケクリの中で、ドラゴンが1番好きって話をしたかい?」


「うん、したよ! すごいよね、いきなり会えるなんて本当に運がいい!」


「やりやがったな、慈愛神クソめがみ!!」


 突然叫んだ『つよにく』にサトミはパチクリとさせた。

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