第10話 走馬灯

 「超新星スーパーノヴァー、いつまでもゲームなんてやってないで、お皿並べるの手伝ってちょうだい。あなたも、明日からのキャンプが楽しみなのは分かるけど、いつまでも望遠鏡を磨いてないで」


「おっと、いけないいけない。去年は超新星の高校受験で、行けなかったからつい、ね。ささ、お母さんの言う通りこっちに来て手伝いなさい」


「ちょっと今セーブできないから待って!」


 沈む意識の中、高山超新星は昔の家族団欒の光景を見ていた。人は死に直面すると走馬灯のように昔を思い出すというが、気づかぬうちに死んでいた彼にはそれを見る余裕がなかった。


 それはどこにでもある……いや、普通の家庭よりも幸せを感じさせる温かい光景。彼は思い出す、ああそうだ、この日まではこんな幸せな日々が当たり前に存在していたんだと。


 リビングのテレビで彼がプレイしてるゲームは、昨年に発売されたものの、受験シーズン真っただ中だったせいで、お預けを食らってた『ラストファンタジア5』。通称『ラスファン5』だの『LF5』と呼ばれる、未だ続編が作られている国民的人気ゲームだった。


 複数のハードでリメイクされた超名作RPGで、リメイク版は自動セーブ機能がついてるものの、当時はダンジョンだとセーブポイントまで行かなければならず、母親に怒られながらもそこを目指している。


 両親はそんな彼に呆れた様子を見せながらも、去年は受験、高校に入ってからしばらくはその高校に慣れるために、遊びを抑えてたのを知っていたから、大目に見ていた。


 この日は高校生活初めての夏休みに入って2週間。ようやく高校生活も落ち着いて、毎年恒例の家族での夏キャンプに出掛ける前日だった。


 両親は同じ天文台で働く研究職。そんな彼ら家族は夏と冬、子供たちの長期休みにに入ると、天体観測もかねて家族全員でキャンプするのを本当に楽しみにしていた。その前の年は息子の受験で流れてしまった分、父親の浮かれ具合は相当なものだ。


 必死にダンジョンの中を進み、セーブポイントを目指す彼の足の上に、弟の小惑星アステロイドが乗っかり、兄の胸を背もたれにして話しかけた。


「なーなー。兄ちゃんこのゲームに最強の隠しジョブあるの知ってるー?」


「んー? 道化師のことかー? それなら海に沈んだ塔で回収したぞー」


 お互いにゲームの画面を見ながら交わす会話。そんな兄の言葉に、弟は首を横に振った。


「違くてー、もっと強いなー、隠されてる凄いのがあるよー。もうなー? 人間を越えた存在でなー、超超強くてラスボスも1撃で倒しちゃうんだよ」


 ああ、こんな会話もあったなと高山超新星は振り返る。この『LF5』は自由にジョブを変えて冒険するRPG。恐らく最強のジョブがどうだという天使の言葉に、このやり取りを思い出しているのだろう。


 そんな強力なジョブがあれば、ゲームなど成立しない。これまたその年に小学校に入ったばかりの弟の、かわいい嘘だと気づきながらも彼はそのまま話に乗った。


「へえ! それは凄いなー、どうやったらなれるのか兄ちゃん教えて欲しいなー」


 兄の反応に気を良くした弟は、寄りかかっていた体を起こし、床にあぐらをかく兄の足先に、小さな手の平を置いて前のめりになった。


「まずなー、ステータスをなー、最高の値まで上げるのなー。そんでなー、裏技でそれを100倍にするのー」


「おおっと、そりゃ難しいなー。兄ちゃん絶対そのジョブ見つけてやりたいけど、出来るかなー。それで何ていう名前のジョブなのか、兄ちゃん教えてほしいなー」


 すると弟は男の足から降り、横の応接テーブルに紙を広げて、何かを一生懸命書き始めた。それでも、なかなかいい名前が浮かばないのか、うんうん唸りを上げる。


 そんなやりとりをする彼らに、後ろから母親の夕飯の準備を手伝いなさいと小言が飛ぶが、高山超新星はコントローラーを持ちながら弟の後ろからその紙を覗き込む。


 先ほどの超超強くてという言葉に引っ張られているのだろう、紙に平仮名で『ちょうちょう』とだけ書いてあることに微笑ましく思い、弟からペンを受け取ると、高山超新星は後ろから紙に向かって手を伸ばす。


「そう言えば兄ちゃん、友達から聞いたことあったかもしれん。もしかしたらこんな名前だったんじゃないか?」


――超超究極宇宙闘士


 小学1年生には読めるはずもないが、なんとなく凄いことが書いてあると感じたのか弟も「これ! これ!」と大はしゃぎする。


「なーなー! なんて読むの? 教えて兄ちゃん!」


 自分が教える立場だったにもかかわらず、すっかり興奮した弟が兄に問う。そんな可愛い弟に向かい、ドヤ顔の兄が胸を張って答えた。


「これは超超ちょうちょう……いや、違うな。ちょうスーパー究極アルティメット宇宙コズミック闘士ファイターだ!」


「ちょうすーぱー……かっけええええええええ!!」


「もう! 遊んでないで手伝いなさい! 電源ぬいちゃうわよ!」


 いよいよ堪忍袋の緒が切れた母親の言葉に、大慌てでセーブポイントまでたどり着くと、ダイニングに向かい、弟と一緒に皿を並べていく。


 そんな微笑ましい光景を感慨深く頷いて眺める父親の姿。それを第三者の視点で見ていた高山超新星は、胸が締め付けられる思いだった。


 人生最後の幸せな家族団欒の風景。


 この翌日、キャンプ先の川で遊んでいた弟が流され、それを助けようと飛び込んだ父親と一緒に見つかったのは、さらにその翌日だった。




「……思えば、お袋もオレの事を愛してくれてたんだよな」


 走馬灯ってのはこういうものなのか、生きている時に見せられたら、今更こんなもの見せられてもと反発したかもしれない。だが、落ち着いた気持ちで人生を振り返ると、あの日から変わってしまった母親の事も冷静に考えられる。


 もともと教育熱心な人だったが、この日を境に余計に厳しくなり、それを糧にして最難関であるT大に現役で合格。その後の大学生活でもお袋の期待にこたえ続けてきたという自信がある。


 それが就職活動で失敗し続ける中で、お互い余裕が無くなっていき、顔を合わせては口論が起きた。いよいよ全ての持ち駒が無くなりニートの引きこもりになった時、名前が原因で落とされ続けた彼は、とうとう母親に手をあげた。


 それからは家庭内暴力が当たり前になり……祖父の家に避難した母から譲り受けた実家で、父の遺産を食いつぶしながら無気力に生活してきたのが彼だ。


「今さらだな……。思い出して見りゃこの名前だって、本気で良いものと思って親父もお袋も付けてくれたってのに。こんな親不孝なオレが死んで、お袋は今どう思ってるのかね。ははは……ってか、もう30年近く連絡とってねえし、生きてるのかすら分からねえや」


 長い走馬灯の果て、人生の1番楽しかったときを無理やり振り返った彼に残ったのは、母親に対する後悔だった。


 思えば就活時の面接官に言われて1番ムカついたのも、知りもしない親の事を毒親扱いされたことだった気もしてきた。


 何より死ぬほど嫌ってた名前だが、今のネット社会、読み方の変更だけなら申請すればすぐに出来るのは知っている。それをしなかったのは、ここ最近じゃ思い出しもしなかった家族の繋がりを断ち切ることに、無意識に抵抗していたからなのかもしれない。


「オレ自身、あのクソ面接官たちの悪意に大分染められてたみたいだな。ムカつくぜ……やっぱりオレは異世界じゃなく現実世界に戻り――――」


『あなたにジョブを授けます。さあ、今こそ口に出して答えなさい。あなたが就きたいと思う、あなたが考えた最強のジョブを』


「何だ!?」


 急に響いた声は先ほどの天使のものだった。だけどさっきまでの人を小馬鹿にした態度……というか、感情というものを感じない。恐らく転生者に向けて適当に流している自動音声のようなものだろう。


 そう言えば、小説でよくあるチート能力を持って……ではなく、『自分で考えたジョブに、そのジョブに就くために必要な最低ステータス』で転生させると言っていたし、ここでそのジョブを選択しないといけないのだろう。


「ならオレは世界を滅ぼす『魔王』に――……いや、ちょっと待て」


 迷わず世界の敵となることを選択しようとした高山超新星だったが、そのどうにもすっきりしない言い回しに、何とも言い難い不安を覚えた。


 弱っているところに優しくされて、思わず気を許してしまったが、あんな風に笑う天使の言葉に悪意がないわけがない。悪意に潰された人生を振り返り、彼の脳が全身に危険信号を送る。


 そもそも職業ジョブを選ぶという意味が分からない。どんな世界に転生させられるのか分からないが、まるで『LF5』の世界観に、どうせならばと彼は結論を出した。


「オレが就きたいジョブはただ1つ、全てのステータスを完ストまで鍛えた先、それをさらに100倍にすることで初めて就くことができる最強のジョブ『超超究極宇宙闘士』だ!」


 厳密に言えば弟が考えたジョブになるが、合作みたいなものだ。彼がそう叫ぶと、今までどんどん沈んでいくように感じていた意識が、はるか上空に見える光に向かって引っ張り上げられていくのを感じた。

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