第7話 退職の堕天使

「はっはっはっは! なるほど、高山たかやま超新星スーパーノヴァ! これはおかしな名前だ! 世間から笑われても仕方がないというものですな!」


 盛大に地雷を踏み抜いたと、生きた心地のしなかった堕天使の耳に飛び込んできたのは、愉快そうな紳士の笑い声だった。


 ひとしきり笑い終えると、紳士は柔和な笑顔で堕天使へと向き直った。


「しかし、本当に素晴らしいスキルをお持ちですな、私の正確なステータスまで把握されているようだ。サヴァイヴァリアでは過去の英雄の力を越えられぬ壁と想定したせいで、装置で測定できる最大値が4桁どまりでしてね。仕方ない部分もありますが、明らかな欠陥。どうにかすべきとは思うのですが、物理は得意でも魔法がからっきしな私ではそれも難しく……」


(おう、嘘つけや。こちとら魔力も魔法攻撃力も100万超えてんの知ってんねんぞ)


 そんな風に心の中で堕天使からツッコまれてるとは露知らず、紳士は続ける。


「日本でも最強の格闘家だろうと、素手でヒグマには勝てないでしょう? 人間の限界を超える動物などいくらでもおりますし、実際私が転生したブリトルン地方の祭壇がある『災いの森』など、ただの芋虫ですら防御力が20万を越えますよ」


「へ……へえ~そうなのね……」


 「じゃあ何であんたは生き残れてんのよ!!」と怒鳴りたくなる衝動を必死に抑え込み、堕天使は引きつった笑顔で相槌を打った。


 いや、紳士のついてるジョブのおかげなのは分かっているものの、どうしても堕天使の脳がそれを理解するのを拒んだ。


 だいたいLvが3というのにも違和感がある。ジョブが資格なら、ジョブLvは資格の等級。例えるなら英検の1級、2級というものだ。


 日本の場合数値が低い方が上等の資格であるが、サヴァイヴァリアでは経験を積んだ結果、次のステージへと昇っていくという感じに、数値が大きい方がより上等である。そしてそのジョブLvを認定するのは、他ならぬそのジョブを司る神である。


 どんな職業であろうと、初期Lvは1だが、最大は究めたものがいないため分からない。それでも、これほどの能力を持つものがLv3というのは、道理に合わないのではないか?


 まぁ、それも聞いたことすらないジョブに就いている以上、追及したところで栓のないことだが。


「さて、お話というものはこれだけですかな? それでしたら、家族が待っておりますので、そろそろおいとまいたしたいのですが」


「あ、ちょっと待って! 最後にもうひとつ、私が呼んでないのにどうやってここに来たの!? それだけ聞かせて! たしか宇宙跳躍コズミックワープとか言ってたけど、それってなんなの!?」


「ふむ……私の宇宙眼コズミックアイと違い、相手が持つスキルまでは見えない感じですかな?」


(いや、宇宙眼ってなんだよ!? 見た目は完璧執事なのにアホなこと言ってると、その立派な髭を引っこ抜くぞ!?)


 喉元までツッコミが出かかるも、今の超新星の能力と何が地雷になってるのか分からず必死にこらえる堕天使。だが、堕天使は必死だった。必死に宇宙跳躍について聞きたかった。


 何しろ今こうして穏やかに言葉を交わせているものの、出会った時の態度が相当悪かったという自覚がある。まかり間違ってお礼参りとばかりにやってこられたら……そう考えると、もはや枕を高くして眠れない。


「さて……それでは宇宙跳躍についてでしたか。私のジョブ――超究極宇宙闘士は宇宙を股にかける闘士という設定ですから、当然ワープくらい使えますよ。そうですね……基本的には目の届く場所への短距離跳躍か、1度行ったことがある場所に跳ぶという長距離跳躍を併せ持つスキルです。ちなみにサヴァイヴァリアから日本に跳んだこともございます。高山超新星という名を忘れていたとはいえ、日本社会から弾かれたという記憶だけは残っていたものですから、いやはや、あの時は本来の目的を忘れて、列島丸ごと破壊したくなる衝動を抑えるのが大変でしたよ! はっはっはっはっは!」


「あは、あははははー……それは、大変だったわねー……はは」


「ちなみに天使様にお礼をしたく、こっそりここへ伺ったこともございます。残念ながら他の方に変わられてましたが」


 その言葉に堕天使の喉の奥がヒュッ――っと鳴った。


 何のことはない、超新星からすれば最高の転生を果たせたことによる、純粋なお礼だったが、堕天使はお礼参りだと受け取り謹慎させられていたことを感謝した。


「ということで。今の質問が最後でしたら失礼いたしますが……本当にもう何もありませんな?」


 全身からダラダラと汗が流しながら、堕天使がコクコク頷くと、超新星は深くお辞儀をして、堕天使に背を向けた。まるでライオンの檻の中に、拘束された状態で投げ込まれたくらい、生きた心地がしなかった堕天使が安堵の息を吐く。


「ああ、大切なことを忘れておりました。こちらから1つ言っておかなければならないことがありました」


「何ッ!? まだ何か用があるの!!?」


「用があったのは天使様の方ではありませんか……」


 終わったと思ったところに話しかけられ、余裕のない反応を取る堕天使に超新星は呆れた視線を向ける。しかし1度目を閉じて気持ちを切り替えると、肩越しにサムズアップしてにこやかに言う。


「今の私の名は、『つよつよにくだんご』です」


「……………………そ、そう。とてもいい名前で良かったわねー」


「はい。心から誇れる自慢の名前です」


 心の底からそう思ってるのだろう。超新星改め、『つよつよにくだんご』は満面の笑みを残して姿を消した。


 それを見て体の力が抜けたのか、堕天使はへなへなと膝から崩れ落ちた。


 超新星の方がはるかにマシだと思う珍妙な名前に、堕天使は褒めるか憐れむかの2択を強いられた気分だったが、なんとかグッドコミュニケーションを引けた。そう安心した堕天使はひとつ気になることをに思いが及んだ。


「あれ……こっそりここに来てたって言ったわよね……? それってやっぱりお礼参り? 今日は機嫌よかったけど、私が復帰したと知った以上、何かの拍子に私への怨みとかを思い出したら……」


 すっかり疑心暗鬼になった堕天使は、冷静さを失っている頭で必死に考え、そしてひとつの結論を出した。


「よっし! 辞~めよっと!!」


 ここから消えたら同僚や上司に追われるかもしれない。その可能性と、主神並のプレッシャーを放つ化け物に命を握られているような状況。そのふたつを天秤にかけた堕天使の選択は早かった。


 ワープが誰かを指定して跳ぶのではなく、場所を指定しているのだから、ここで仕事を続けることが最高のリスクだ。念話テレパスを辿ったというのも、その念話がたまたま知っている場所から発信されていたから、ワープしてこれたのに違いない。


 思い立ったら即行動と言わんばかりに、机の上に辞表を置く堕天使。ついさっきまでとは打って変わり、堕天使という名からは程遠い晴々とした表情をすると、自由と安全を求めて、漆黒に染まった翼を羽ばたかせた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る