あ→ん
薮 透子
あ→ん
「明日って晴れるっけ?」
いつも通りの会話の切り出し方だった。生まれた日も時間も病院も同じで、家も隣、生まれた時から一緒にいると言っても過言はないけれど、だからと言って会話に困らないかと言われればそんなことはない。
えーっと、と言ってから今朝見た天気予報士の言葉を思い出す。
「おそらく、晴れ、だったかな」
快晴になってくれれば気持ちは良いけれど、暑すぎると活動に支障が出る。きっと何年経っても毎年、今年の夏は異常だ、と言うと思う。車で移動ができればマシだけれど、高校生の僕たちはまだ免許を取ることさえできない。
「結構続くねー、晴れ。ここら辺で雨でもどうっすか」
「さすがにそれで雨にはならんだろ」
シャツに汗が染みるのを気にしているのか、何度も体に視線を向けている。
すらっとした体は自然体で、特に運動も食事制限もしていないのに引き締まっているらしい、と言うのは、幼馴染みであっても異性の僕が言うのは憚られるから、代弁という体を取っているだけに過ぎない。背も女子にしては高く一七〇センチある。
そんな幼馴染みの姿が、ふと、視界から外れる。立ち止まった幼馴染みはきょとんとした顔で、あれ、誰かいるよ、と道沿いに広がる田園風景の先を見つめていた。
小さい頃から変わらない、見慣れた風景の中に掘っ立て小屋が建っている。作りはそれほど粗末ではないが、人が住むには心許ない。手付かずで荒れ果てた田んぼの中にぽつりと建っており、子供の頃は基地にして遊んでいた思い出の場所でもある。
「遠かったから誰かまでは分かんなかったけど、この辺の人じゃなかったと思う」
何気ない日常の一コマだと見過ごして帰宅してしまえば、きっと、夜も眠れなくなってしまうだろう。二の次も考えず小屋に向かったら、
「え、行くの?」
と声を掛けられたが、後ろから聞こえてくる足音からついてきていると察し、僕は返事をしなかった。
ぬるい空気が体にまとわりつき、午後五時の音楽が無線から流れ、町中に響き渡る。猫が歩いているだけでなにか不吉な予感がしてしまうのは、今から常とは異なるものに触れようとしているからだろうか。
呑気に隣にいる幼馴染みを横目に、掘っ立て小屋の戸をおもむろに開ける。
はじめに目に入ったのは中央に置かれた机で、次に、その上に乗せられた──首に気が付いた。
「ひゃああぁ!!」
普段から聞き慣れた悲鳴に──というと語弊があるかもしれないが、この幼馴染みは少し驚いただけで叫ぶ癖がある──は耳もくれず、机に置かれた首に近づく。
「変なものが置かれたもんだな」
本当はただのマネキンであろうと思ったけれど敢えて言わず、あらゆる方向から見ていると幼馴染みは、
「ねぇ、やめなよぉ」
と、声を震わせながら僕の影に隠れていた。
まじまじと首を見ている時に、バン、と大きな音を立てて突然小屋の扉が閉まり、さすがに僕も驚いた。
「……見てくる」
むっと顔をしかめる幼馴染みを置いて扉に近づいたけれど、幼馴染みはくっつき虫のように離れず、仕方なくくっつき虫──訂正、幼馴染みを連れたまま扉に近づき、耳を澄ませた。
『迷惑な話やなぁ、ほんま』
『もっとマシな仕事くれたらいいのに、おいお前、アレ、どこに置いた、まさか、机じゃないだろうな?』
『や、そうやけど。言われたし』
『…….よくもまああれを机の上に置いたな、バレバレじゃん……、まあいいか、どうせ燃やすし』
ラーメンでも食いに行こうぜ、の言葉から、どんどんと声が小さくなっていった。理解できないでいると嗅ぎ慣れないにおいが鼻を突いて、辺りを探るように見回す。
「……──るよ、燃えてるよ!」
冷静を装っていたとしても幼馴染みの言葉を素直に受けとることができなくて、けれどいざ赤い炎が視界に入れば、理解を拒むことはできない。牢のように開けることのできない小屋の中、何度扉を揺らしても開くことはなく、部屋の端から迫り来る炎と煙から逃れられる場所は、ここにはない。
「……私たち、どうなっちゃうの?」
尾籠さを恨みつつ、幼馴染みの肩に手を回し、ゆらゆらと揺れる赤と灰を睨み付けていると──、机の上に置かれている生首がことりと倒れて、少しだけ笑みを浮かべながら、低い声を漏らし続け、意識が遠のく最期の最期まで、聞こえていた。
んあーーーーーーーーーー。
あ→ん 薮 透子 @shosetu-kakuko
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