第7話「吸血鬼の戦い」
「君さ、見逃してくれない?」
アリアさんはその
それを聞いた全身黒尽くめの吸血鬼は何とも居心地の悪そうな表情を作る。
当然と言えば当然だ。なにしろアリアさんの主張は全く筋が通っていないのだから。
「冗談にしてはセンスが壊滅的だが、本気で言っているのか?」
「もちろん。どうかその天使の子を置いてここから立ち去ってほしい」
それを聞いた大男は心底呆れたようで、大きなため息を吐いた。
「理解しているのか?それは立派な獲物の横取り、我々の世界ではタブー中のタブーだ」
「仕方がないでしょ、こーんな可愛い子から健気にお願いされちゃったんだからさ」
言いながら僕の頭を犬のようにわしゃわしゃと撫でてくれる。
目の前に吸血鬼が居るとは思えない緊張感の無さに僕は少し動揺してしまっている。
「言語を解す生き物とは思えん。まるで話にならない」
大男はやはり呆れている。というよりも、どうやら拍子抜けしている様子だった。
先程までは突然現れたアリアさんを警戒していたようだが、今ではすっかりその熱も冷めてしまっている。
「そのとぉーり、話をしても時間の無駄。だから諦めてくれない?」
「まさか、言葉が通じないなら残るは暴力のみだ」
「だよねぇ……でも、良いの?」
その唐突な問いに対して黒い吸血鬼はまるで意味がわかっていない様子だった。
当然、僕もわからない。
それらの様子を確認したアリアさんは、大男の後方へと指を刺しながらこう言った。
「天使ちゃん、逃げちゃったけど?」
「馬鹿な…!」
黒い吸血鬼は振り返る。
先に無力化したはずの
しかし、逃げたという天使は変わらずそこにいる。今も意識は無く倒れ伏すままだ。
「貴様…!!」
黒い吸血鬼は憤り、もう一度こちらへと目線を戻そうとした時だった。
「よそ見しちゃ駄目だよ」
大男の首元に黒いナイフを突きつけるアリアさんの姿があった。
黒い吸血鬼はどうやって接近されたかまるで分からない様子だった。
ただ気が付けば接近されていた感覚だろう。
その証拠に顔が酷く青ざめている。
「……下衆が」
完全に不意を突かれた大男は言葉を吐いて捨てた。
先ほど見せた呆れや怒りの表情は見る影もない。
僕は一連の流れを見ていたが、まさにその姿は暗殺者のようだった。
口先で敵の視線を外させ、その隙に音も無く近づき仕留める。
また、直前の会話も上手かった。
アリアさんの態度から相手は随分警戒の糸が緩んでいたようにも見える。だから今回のようなブラフにも容易く引っかける事が出来た。
そして不意打ちに使用されたナイフ、どうやらアリアさんの体の一部を変化させた物らしい。
体から数匹のコウモリを放出し、それをナイフの形に作り変えたように見えた。
あんなこと出来たんだ…知らなかった…
「さぁ、もう一度お願いをしようか。あの子を見逃して?」
黒いナイフをピッタリと首元に付けながら同じお願いを繰り返す。
それを少しでも引けば致命傷は免れない。
もはやそれはお願いなどという生優しいものでは無く、体裁のみを保った脅迫じみた強要だ。
「……手を引こう」
「ありがとう。なんだ、言ってた割に話が分かるんだね」
白く華麗な吸血鬼は不敵に笑って見せる。
それに対して黒い吸血鬼は何を言うでも無くただ黙りこくったままでいた。
この時、その沈黙を主張する吸血鬼は心底で敗北を認めていた。アリアさんには勝てないと力の差を察していた。
敗者に口無し。それを理解していたからこその沈黙だった。
当然、僕はその事を知らない。
そうして、敗戦した黒い吸血鬼は静かに闇夜の暗闇へと消えていくのみだった。
「
それを見届け、完全に姿が消えたことを確認したアリアさんはそう提案をする。
目前で繰り広げられた吸血鬼同士の命のやり取りに意識が取られていた僕は、その言葉で本来の目的を思い出す。
「あ、はい!!」
そうだ、まずはエルが無事かを確認しないと。
地面に身を伏せた彼女の元へとアリアさんと共に駆け寄る。
「大丈夫…!?しっかり…!!」
彼女を抱き寄せ状態を確認する。
酷い傷だ。
一つ一つの傷口は致命傷には至っていないが数が凄まじい。なんと痛々しい傷だろうか、見ているだけで肝が冷えるようだ。
だが息はしている、心臓も身体の持ち主を死なせまいと力強く脈を打っている。
大丈夫、生きている。
しかし出血が多くこのままでは危ない。
「私が運ぶよ。少し雑だけどごめんね、しっかり捕まってて」
「わ、わかりました!」
そう言いながらアリアさんは僕たちを両脇に抱える。
僕たちはまだ中学生のため体重は軽いが、それでも人間二人を軽々と持ち上げるのは流石だ。
「行くよ」
その時だった。
アリアさんの背中から大きな羽が音を立てて現れたのだ。
これが話には聞いていた吸血鬼の羽…!
思っていたよりもずっと立派で逞しい。黒く分厚い骨組みを全体に薄くも丈夫そうな皮膚が覆っている。
その羽を大きく羽ばたかせ、浮遊する。
「舌噛まないようにね、目も手で隠しといて」
「はい…!」
言われた通りに目を両手で覆う。
おそらくアリアさんは僕たちの家までひとっ飛びするつもりなのだろう。
今の現在地は学校から五分ほど歩いた位置、残りの距離から考えれば普通に歩けば10分弱はかかるかと言ったところ。
この距離をアリアさんが飛べばどのくらいの時間まで短縮出来るのだろうか。
何にせよエルの具合が気になる。一刻も早く帰らねば…
「よし、着いた」
「えっ」
あまりにも早過ぎない?
というか変だ、目を閉じてから30秒もかかっていない。
つまりかなりの速度で飛行した事になるのだが、そうなると僕はその際に起きる急発進による動圧や高速で移動する事で受ける風圧、さらには浮遊感など…色々感じていないと変なのだが…
確かに、多少の圧は感じたし、風切り音も耳を刺激した。しかしそれらはあまりにも今起こった事象を考えると軽すぎる。
そう色々と思案しているとアリアさんはこう言った。
「大丈夫だった?一応コウモリ達で風除けとか、体を支えたりしたから平気だとは思うけど」
そんな事ができるの…??
アリアさんという存在が現実離れしているのは今に始まった事では無いが今回の件もさながら無茶苦茶である。
「快適な旅でした…じゃなくて…!!ああ…えっとぉ!!早く家の中に入れますよ!」
そんなことよりも急ぐべきはエルの手当てである。
僕たちは急いで家の中へと彼女を運んだ。
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