第4話:盗人と令嬢


 厄介な奴に目を付けられた

 ロサは最近、あることに悩まされていた。


「ほら、ロサ! さっそくお店に行きますわよ! それで、どこに行けばいいのかしら?」


 悩みの種、それは、今、自分の手を引っ張っている令嬢、メイエリだった。


「あー、分かった。分かったから。用事済んだら今日はとっとと帰れよ。こっちだってやらなきゃいけねぇことがあるんだ」


 ロサはメイエリに脅されている。

 ネズミにレイヴン家の秘宝を盗んで欲しいと頼まれたあの日、たまたまロサを追いかけに来てたメイエリにバレてしまったのだ。


『貴女、あの尊きレイヴン家に盗みを働くつもりなんですの?』


 ネズミが去り、ロサが振り返るとそこにはひったくりから助けたはずの彼女がいたのだ。

 第一声はこれ。ゴミくずを見るような視線にロサは言い逃れができないと悟った。

 彼女の立ち振る舞いからして、貴族……下手したらそれこそレイヴン家の関係者なのかもしれない。牢屋行きだろうか。

 これはネズミの依頼も無視して、『緋色の翼』の頭に捕まるのを覚悟した上でこの街から出た方がいいのでは?と考えてしまう。

 しかし、予想外の方向に話が進んだ。


『黙ってあげる代わりに、貴女、協力してくださらない?』


 にっこりと微笑むその顔は有無を言わせない圧があった。その後続ける彼女の口ぶりから、名のあるどこかの令嬢であり、本気になれば逃げ出すロサを捕まえる財力と執念もあるような気がした。


『大丈夫。貴女が約束を守れば誰にも言わない。二人だけの秘密ですわ』


 わざわざ盗人を黙認するのだから、レイヴン家に恨みを持ってるどこかの貴族だろう。


『わたくし、この街を歩くのは初めてですの。だから、この街の歩き方を教えてほしいの』


 お忍びで遊びに来た別の街だか、国だかの貴族ということか。

 牢屋にぶち込まれるのも、『緋色の翼』に戻るのもできれば避けたかったため、ロサは素性の分からない、世間知らずの令嬢の提案を呑み込んだ。


 その結果がこれだ。


「このドレス、とても軽いですわ!」

「あーはいはい。似合ってる、似合ってる。じゃあ、今度からはこれを着て来るんだな」

「貧相な見た目をしてますし、お値段的にも使える代物なのか心配でしたけど、素晴らしいですわね」

「おいこら、店の人にもアタシにも失礼だろーが」


「これを食べないといけませんの……?」

「ただの肉の串焼きにそんな顔するかよ。食べたくなきゃアタシが食べるぞ」

「こんな野蛮な食べ物を貴族であるわたくしが……い、いえ! 食べますわ」


 買い物に付き合わされるわ、教えることは多いわでガキのおもりかよとロサは心の中でため息をつく。見ていて危なっかしいので、秘宝について調査する暇もなし、彼女が去ったあとは疲れて何もできない。


「これ、いつまで続くんだよ……」


 出会って、二、三日ほどしか経っていないのに、ロサには限界がきていた。

 そろそろ稼いだりしないと今日の分の飯にもありつけない。


「一旦は今日までですわ。必要なことは学びましたし、ある程度はこの街の振る舞い方も分かりましたわ」


 本当にそうだろうか?と、じろりとロサはメイエリを見る。相変わらず一つ一つの動作は気品に満ち溢れているが、着ている服のおかげか、街中で優雅に談笑する紳士淑女たちくらいには見える。初めてあったときは裕福層が比較的多いこの街の中でも浮いてしまうくらいだったから前進した方だ。


「……それに、明日はお兄様が戻ってこられるから、次に会えるのは数日後ですし、会えたとしても長居はきっとできませんの」

「へぇ、オニーサマがいるのか。どんなやつなんだ?」

「とっても煩い筋肉の塊のような人ですわ。それに心配性なので、こうして今のように過ごしているのがバレてしまうと、面倒ですの」

「あー、そのめんどくせー気持ちは分かるわ。アタシも煩いやつがいたから」




 ロサは『緋色の翼』の頭である男の顔を思い浮かべる。相棒でもあったが、彼はロサにとっての兄のような立ち振る舞いもしていた。


「貴女にもお兄様がいらっしゃったの?」

「血は繋がってないけど、それに近しいやつはいたんだ」


 血は繋がっていない。「いた」という過去形。メイエリはロサの背景が恵まれていないものと思ったのか、顔を暗くする。


「ごめんなさい。わたくし、貴女のことを良く知りもしないのに、ぶしつけな質問をしましたわ……」

「話の流れ的に仕方ねえって。それに良く知らないのはお互い様だろ?」


 恵まれていない生活をしていたのは確かではあるので、ロサは否定せず、笑う。

 そんなロサを見て何を思ったのか、メイエリは真っ直ぐな瞳でロサを見つめる。


「そうですわ。わたくし、貴女のこと、何も知りませんわ。だから、今日は貴女が好きなように過ごしてくれませんこと? わたくしはただ隣にいますわ」

「ほぉ、ってことは、レイヴン家の秘宝についても進めていいってことか?」

「も、もちろんですわ。わたくし、メイエリに二言はありませんわ」

「そりゃ、どーも。それじゃあ、好き勝手やらせてもらうわ」


 それからロサは適当に歩き始めた。

ロサ自身、この街に来てそんなに経っていない。だからもう少し見て回りたかったし、ちょうどいいところも探したかった。

 身なりの綺麗な人たちもいて、程よく活気もあり、人がいる。屋外用に設置された開放的な飲食店もあり、一休みも出来そうな場所。

 うん、ここだ。


「? なぜここで立ち止まるんですの?」

「そりゃ、ここで金稼ぎをするからだ」

「え?」


 にやりと笑い、ロサは広場の中心へと軽やかなステップで向かい、手を大きく広げ高らかに叫んだ。


「さあさ、皆さん寄ってらっしゃい見てらっしゃい! 天才旅芸人ロサのお出ましだよ!」


 ルビーの瞳を一段と輝かせ、ロサは旅芸人としての才力を発揮する。

 器用にも道端に落ちているものを使ってジャグリングをしたり、アクロバティックな動きをしたり、陽気な歌声で道行く人々をロサは惹きつける。

 思わず、メイエリもロサを監視するのを忘れて素直に目の前の光景を楽しんでしまう。

 紳士淑女は微笑み、若者は足を止め、子どもたちは歓声を上げる。


 音楽鑑賞や絵画鑑賞は教養の一環としてメイエリは何度も触れたことがある。どれも一級品で素晴らしいものだ。

 しかし、どうしてだろうか? 今、ただの道端でロサが披露している大道芸に、民たちが沸き立っているこの空間に、メイエリはどうしようもなく心惹かれていた。




「どうだ? すごかっただろ?」


 見世物が終わり、金が詰まった重量感のある袋を満足げに見つめた後、ロサは自慢げにメイエリに話しかけた。


「まあまあでしたわ。盗人にしては」


 素直に称賛するのも気が引けたのと、旅芸人といいつつ盗人でもあるロサはやはり信用できないという思いから、メイエリは嫌味交じりで返してしまう。

 メイエリの棘のあるこの言い回しにだいぶ慣れてきたのかロサも特に気にせず「はいはい盗人で悪かったな」となんてことないように答える。


「って、ことで、じゃあ、明日は来ないで合ってるよな」

「ええ、数日は。また会えるのは五日後くらいかと」

「そうか、じゃあ、五日後にまたいつもの場所に合流するのでいいか?」


 普段、ロサとメイエリは決まった時刻、場所に集まり街を回っていた。

今回は日数が開くため、下手したら再会するのが困難になってしまう。弱みを握られているロサとしては逃げる口実になるはずだが、街に慣れ始めたメイエリをこのままにするのも気が引けた。


「大丈夫ですわ。……いや、その日は夕方ごろからで、」

「夕方? その時間はきっと治安もよくないだろうけどいいのか?」


 ロサとしてはまだメイエリには早い気がした。もう少し慣れてからにしたい。今までは日中だったが、すでに初めて会った時にひったくりの餌食になっているのを見てしまっているので、乗り気ではない。


「その日はお姉様に会う日なので、できる限り一緒にいたいんですの」

「姉もいたのか。というか、会う日って……」

「お姉様には少しの時間しか会うのを許されないんですの……」


 貴族は貴族で大変なんだな。あまり位の高い人間を好まないロサもメイエリの無理して笑っている表情を見て、気の毒に思った。


「お姉様は自由であるべき方なのに、ずっと繋がれたまま。だから、わたくし、お姉様が自由に羽ばたけるように、こうして頑張っているんですわ!」

「こうして街にいるのは、姉のためなのか?」

「ええ。待っているだけではいけないと思ったので」


 メイエリがそれほどまでに慕う姉が一体何者なのか気になるところではあるが、ロサは言及しなかった。今日はこれでお別れ、さよならの時間だ。

 夕陽が落ち、世界がオレンジ色に染まる。もうすぐ夜が来る。


「そっか、それじゃあ、これからも頑張らないとな」

「もちろん。ロサもせいぜいわたくしの役に立ってくださいまし。それでは、ごきげんよう」

「あーはいはい。じゃあな」


 メイエリは出会った当初よりも少し砕けた笑みを浮かべて人ごみの中に消えていった。



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