第22話:神様は白銀の少女





「ただのリリス、です」





 神様は白銀の少女だった。



 夜にポツンと浮かび上がるその白は眩く、たしかに人々は神聖視するのだろうとライラックは思った。

 しかし、やはりリリス教の神は実在し、鐘塔に幽閉されていたか。


 ずっと不思議だった。

 日の移り変わりを告げる鐘の音は誰が鳴らしているのかと。


 鐘塔は地下とはまた別の仕掛けによって入れる場所だった。

 幼い頃、この教会を訪れた時、ライラックはこの仕掛けを見つけた。


 当時の創世神教の神父の怠惰によって、使われず放置された鐘塔。何かに惹かれるようにあの高い塔に登りたいと思ってライラックは一人、繋がる道を探していた。

 結局は誰もおらず空の部屋と錆びれた鐘しかなく、目新しいものがなかったため家族の誰にも伝えることなく、自身の胸にしまったままその場を後にした。


 だけど、再びこの教会に足を踏み入れた日の夜、鐘の音が優しく寝静まる人々を包み、鳴り響いていたのを聞いたときは驚いたものだ。



 そうか、この鐘はこんな音がするものだったのか……。



 最初、鳴らしていた者は神父ではないかとは思ったが、鐘が鳴る時間、神父が教会内を歩いている姿を目撃したため候補から外された。

 また、シスターから地下の警備の話を聞いた時、隠された道の仕掛けについて話題にもあがったが、鐘塔についてはいっさいでなかった。



 では、誰が?



 そんな時、ふとライラックの中にはリリスという年に一度しか姿を見せない神の存在が思い浮かんだのだ。隠すとしたらあそこがうってつけではないかと。


 ライラックは目の前で佇む神様を見つめる。

 まだ幼い少女だ。だが、彼女の瞳は子どもらしさのない、何かぽっかりと抜け落ちたかのような違和感があった。



「貴女は、ただの……と、言っていたが、自分が神と言われている自覚はあるのか?」


「そう……ですね。自覚はあります。わたしは神でなくてはいけません」



 神父と同様にリリスは丁寧な言葉使いでライラックに接する。



「なくてはいけない……?」


「はい。わたしの存在する意味は神として人々を救うことです。この地にはこの地の神様が必要です」



 彼女自身の言葉であるはずなのに、なぜだかそれは借り物のような気がした。



「救う……か。では、貴女は地下のことは知っているのか?」

「地下?」



 リリスは首を傾げる。様子からして知らないのだろう。

 そこでライラックは思う。やはり、彼女は神父の傀儡なのだろう。



 幽閉された鐘塔。

 人前に立つのは降神祭の時のみ。

 与えられた限られた情報。



「このリリス教を成り立たせるために、犠牲になっているものがいる。神というのは救うべき人間を選んでいるのか?」


「っ! そんなこと神父様は言っていませんでした」


「なら、私の言葉を信じない、か? どちらの言葉を信じても私は別に構わない。ただ貴女が自身を神と名乗るならその役目を果たすべきだ」



 ロサならこのいたいけな少女に温かな言葉をかけていただろう。だが、ライラックは彼女を子どもとしては見ない、接しない。



 ライラックが忠誠を誓うのは無翼の天使だ。神様ではない。



「それに、誰かを救うのに神である必要があるのか? 貴女自身ではだめなのか?」



 神に捨てられた天使リリウムが人々に手を差し伸べたように、権力なんてないただの盗人であるロサがライラックを連れ出してくれたように、形に囚われなくても救えることをライラックは知っている。

 リリスの手を握る。



「貴女のその手で零したものを掬うことだってできるはずだ」



 その時、だ。


 バチィッ!


 ライラックとリリスの触れ合った箇所から、拒絶するかのように、反発するかのように、手が離れた。



「わ、わたしは……」



 リリスはおぼつかない足で一歩後ずさりし、頭を抱える。



「わたしは神で、神様じゃなくちゃいけなくて……じゃあ、神様じゃないわたしって?」



 声が震える。瞳が揺れる。



「ち、ちが、う。リリスは神様であって……でも、『わたし』は神様じゃなくて」



 月が雲に隠れていく。影がリリスを覆う。



「『わたし』はリリスで、リリスは『わたし』で、神様で、でも『わたし』はもう死んじゃって、わたしはわたしはわたしはわたしはわたしはわたしは」



 糸が途切れ、壊れた人形のように崩れていく。




「貴女はリリスだろう」




 そんな彼女を真っ直ぐな瞳でライラックは言った。座り込んだリリスに合わせるように片膝をつき、目を合わせて。



「わた、しは、リリス」



 嚙み砕くように少女は与えられた名を呟く。



「でも、わたしはリリスだけど、リリスじゃないの」



 砕いて呑み込んだからこそ一度生まれた違和感に耐えきれず、リリスはぽろぽろと涙を零す。



「じゃあ、リリスではないなら、私は貴女をなんて呼べばいい?」


「リリスじゃない、私は、死んじゃって、だから、名前も忘れてちゃった」



 本当に死んだのだろうか?


 つい先ほどまでの人形らしさが崩れ、僅かではあるが感情を見せている彼女にライラックは、リリスという神ではない、別の人間らしさを感じた。



「そうか、なら、今はひとまずリリスと呼ばせてもらう。だが、もし、名前を思い出したら教えてほしい」


「またここに来てくれるの?」


「ここに来ないが、会える機会はある。ところで、貴女は教会から外へはでたことあるか?」



 リリスは首を横に振る。



「リリスの前は教会の外にいたらしいけど、よく覚えていない、です」


「なら、今度は外へ出よう。私も出たばかりだが、外に出て旅をするのは楽しい」



 ライラックは目を輝かせながら語る。



「わたしも旅、してみたい」


「なら、一緒に行くか?」


「でも……」



 自分は神様だから行けない。そう思ったがなぜかリリスは言葉にできなかった。



「じゃあ、約束しよう。旅に連れていくと。なに、大丈夫。一人くらい増えたってロサがきっとどうにかしてくれる」



 そしてライラックは立ち上がる。そろそろ帰らないとロサがうるさくなるころだろう。

 最後に、リリスに顔を向けて、微笑んだ。







「リリス、また会おう」






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