第15話:隠し通路のその先は


 シスターは昔からこの教会にいること、頼まれたら断れない性格のため、神父にちょうど良い雑用役を任されていたらしい。


 しかし、神父にとって誤算だったのは、シスターが恐怖を抱いたのは上司である神父より、レイヴン家の子どもたちだったということ。



「で、そんな手のひらをすぐにひっくり返そうとしてるやつのこと、信用できんのか?」



 夜。用意されている二人部屋にて、声を潜めながらライラックとロサは情報共有をしていた。

 主な内容はライラックが使える駒……もとい、協力してくれる仲間を見つけたことだ。



「大丈夫だ。あのシスターは神父より、レイヴン家を裏切った方が危険だというのを理解している」


「ライラック……何か知れば知るほどアンタの家がやばそうなところな気がしてくるんだけど」


「きっと気のせいだ。で、シスターに確認したところ、そろそろ見張り交代の時間のようだ。違和感なく忍び込める今、動くしかない」


「はぁ!? 今かよ! というか忍び込めるってどこに……!?」



 立ち上がり、準備を始めるライラックにロサは動揺する。本当は神父に狩りの許可を得て、ライラックに報告して喜ばせようと思っていたのだが、そんなタイミングも暇もなくなってしまった。



「この教会の裏側だ」


「裏側……?」


「ほら、前に言っただろう? 隠し通路を見つけて兄妹と一緒に散策をしたと」


 では、今から隠し通路に向かうということだろうか。


「ん? ちょっと待て。侵入者用の仕掛けの毒矢が飛んできたとかも言っていたよな」


「そうだ。だから念のため武器も修道服の中に仕込んでおけ」


「あー、もう。はいはい、わかった」



 行く気満々のライラックを野放しにするわけにもいかないのでロサはベッド裏をあさり始める。リリス教会の門をくぐった際に私物は撤去され、服も修道服のものを渡されていたが、いくつかは服の下に仕込んでいて没収されることはなかった。普段の教会内の暮らしでは邪魔になるので最低限のものしか身に着けていなかったが、今回はそうもいかなさそうだ。


 修道服の下にガータベルトを着けてナイフをできるだけ多く差し込む。

 ライラックは……グローブをつけるだけで他は何もいらないらしい。武器は己の足と拳のみなのだろう。



「てか、隠し通路を知っていたのに何で今まで大人しくしていたんだ? あんなにストレスたまってたんなら早く進展したかっただろ?」


「最初は私もそうしようとしたが、日中誰も隠し通路を使っている様子がなかったからな。リリス教では存在を知らなかったか、存在自体を隠されているのだと思ったんだ。それにあの時は見張りの視線も感じていた」



 結局はシスターのものだったがな。と、ライラックは少しため息をついて松明に火をともし、部屋を出る。ロサもそれに続く。



「貴女からも大人しくしてろと言われたしな……」


「ごめんって。そんな目で見るなよ。あの生活がそれほど嫌だとは思わなかったんだよ」


「まあ、いい。あと、そろそろヴェールも被れ。裏側で見張りしている時は皆、被っているらしい」



 外の者と顔をあわせる時、主聖堂に足を踏み入れる時、厳かな催し物がない時以外は基本ヴェールは外してもいいことになっている。だが、裏側では例外のようだ。



「中の連中に顔を覚えられないようにしたいから、だそうだ」



 迷いなく歩いていたライラックは足を止めた。そして壁をペタペタと触り始める。どうやらここに何か仕掛けがあるようだ。



「そういえば、ここに来るまで本当に誰ともすれ違わなかったな」


「降神祭が近づいてきているから夜の見張りも少なくなっているらしい」


「例のシスターが言っていたのか? てか、そいつは現れないのか?」


「たぶん今ごろぐっすり眠っているはずだ。彼女の夜の見張りを私が引き受けたのだからな」



 理由があるとはいえ、普通、公爵令嬢に自身の雑務を押し付けるだろうか? しかも恐怖を抱いている相手、なのにだ。



「気が小せぇのか、腹が据わってんのかよく分からないやつだな」



 それに対して怒りを覚えず淡々としているライラックもライラックであるが。

 だが、変に貴族ぶらないところがロサにとっては好感もてた。貴族側からしてみれば、きっと批判されそうではあるが。



「開くぞ」



 ライラックが壁のあるブロックを強く押し込むと、軋む音がなり壁が動き始める。




 姿を現すのは石畳の階段。光の届かない道、進む先は暗くて何が待ち受けているのか分からない。




 だが、耳を澄ますと音が聞こえてくる。誰かいるのだろうか? 一人二人の規模ではない気がする。



「ライラック、これは……」


「道は分かるが、何が起きてるかは私も分からない。だから、行くぞ」



 ライラックは手に持っていた松明を階段へと向け、足を踏み出す。

 たぶん、この先にリリス教がロサたちに見せなかった姿があるのだろう。きっと見てて気持ちのいいものではないはずだ。



「わかった」



 でも、それは依頼に関わらず、ロサは見過ごすべきではないもの。

 ロサは一度深呼吸をしてからライラックの後に続いた。






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