第13話:こき使ってたのに……


 ライラックにとってストレスがたまる日が続いていた。


 理由は単純。異教徒として暮らす日々を強いられているから。

 ライラックは生まれながらにして創世神教の人間だった。それはライラックに限らず、レイヴン家の者は全員そういう風にできている。体も、血も、余すことなく全て捧げているのだ。


 これは必然なのだ。なぜならレイヴン家は、元は創世神教の創設者であり大天使リリウムの翼だ。神がリリウムの翼を折り、下界へと捨てた。その片翼だ。


 創世神教の二大公爵家。


 下界へと落ち、片翼たちは人へと形を変え、家という組織をつくり、リリウムを、創世神教を支えた。

 それは、リリウムが亡くなった後も、片翼が滅ぼされた今も変わらない。


 ライラックがレイヴン家から縁を切り、離れても、創世神教の人間であることは続く。

 だから、肉でも食ってストレスを発散したいというのに、


「どうして、こんな質素なものばかりなんだ」


 パンとキノコのスープ。これだけではストレスがたまる一方だ。


「そりゃあ、他の人の分もあるしな。これでも贅沢な方じゃないのか? スープもうまいぞ」


 となりで満足そうに食べているロサにライラックは驚愕する。


 ロサにとっては一日、下手したら街中駆けずり回っても食べ物にありつけない時期もあったからこそ、毎日ちゃんとした食べ物を、質素ながらも美味しいものを出してくれるこの教会は贅沢に感じた。


 だが、ライラックは違う。


 ロサとは異なり、生まれながら毎日不自由なく安心して食事を得られる環境で育ってきた。しかも、住む地域、時期によっては高価になる食べ物でさえ気にせずに。


 他の令嬢と比べてライラックは野生児のような面もあったため、ロサと共に旅するようになって食事の質が落ちてもそれなりに楽しく過ごせることはできた。酒場での豪快な料理、森で仕留めた動物の肉の塊……屋敷で暮らし、口にしていた食べ物とは大きく違うが、ライラックを満足させた。


 そう、稼いだ金と、自身の腕力で食料問題は解決させてきた。

 だが、今回は違う。

 教会の規則を守り、毎日決まった時間、場所で用意されたものを食べなくてはいけない。


 表向きではあるがここに入信した時点で金目のものは没収され、教会内で過ごし、己の業務に励むようにと、行動を制限された。これではレイヴン家の屋敷に閉じ込められていた時と同じだ。

 しかもロサには何か尻尾を掴むまでは大人しくしてろと言われている。


「狩りに行ってはだめか……?」


 だけど、やはり肉は食べたい。


「元貴族で他の奴から奪わねぇ根性は大したもんだが、その思考、本当に元令嬢か?」


「何を言ってる。ロサだって、令嬢の時の私を見てるだろう」


「いちおうだけどな。……まあ、無断で何かやると警戒されるから神父さんに交渉してくるよ。アンタの家のこともバレてるんだし、理解してくれるでしょ」


 そう言ってご飯を食べ終わったロサは空になった食器を片付けに去っていった。

 この後は自由時間だから神父に話しにいってくれるのだろう。

 そもそもこの依頼を早く済ませればいいのではないかとライラックは考えるが、そう簡単にはうまくいかないらしい。

 この生活を終わらせて早く自由気ままな旅を再開したいライラックとしてはどうにかして進展のない現状を打開したい。


 そんな時だ。


「っ……!?」


 またこれだ。ロサは気づいていないようだが、ライラックは教会に来てからこの視線を感じていた。ふとした瞬間にそれを感じるのだが、振り返っても怪しいものはいない。


 ロサに相談したところ、レイヴン家と神父にバレているから監視されているのではないかと言われたが、どうもそれとは違うような気もする。


 いつもならこの視線を感じたらすぐに振り返っていたが、今回はぐっと我慢する。

 どうにかしてこの視線の正体を知りたい。場合によっては今の状態を打開するものになる可能性があるから。


 ライラックは気付かないふりをしてそのまま食堂を出て、狭く入り組んだ廊下へと移動する。


「あれ、うそいない……!?」


「私はこっちだ」


「~!!」


 うまく誘いに乗った謎の視線の相手をライラックは捕まえる。手を引き、叫んで騒ぎを起こされる前に口を抑える。


「……ん?」


 視線の犯人はシスターだった。ここ数日で把握した教会関係者の中では下っ端の方。あまり、ロサやライラックたちとの接点はなかったはずだが……

 この怯えっぷり、とてもじゃないが初対面とは思えない。


「ひ、ひぇぇ、どうか命だけは取らないでください」


 口元を抑えていた手を緩めると、命乞い。会った瞬間そんな反応をされてしまったらさすがのライラックも傷つく。

 だが、同時にこの反応にはどこか既視感がある。


「もしかしてここが創世神教の時にいた人間か?」


 かつてこの教会を使っていた、そして、レイヴン家に制裁をくらった創世神教の人間。

 それならこの怯えを理解できる。レイヴン家に恐怖を植え付けられた人間は皆こうなる。


「正直に答えれば、命は見逃してやる」


「はい! そうです……! その時の人間です!!」


 なるほど。宗教が変わったから創世神教の者は立ち去ったと思ったがそうでもないらしい。


「そう、か。貴女は創世神教からリリス教に寝返ったのか……」


「それは本当に仕方なく……というかライラックお嬢様も同じで……いえ、なんでもありません。空耳です。ごめんなさい」


 ライラックが睨みを効かせるとシスターはそれはそれは見惚れてしまうほど綺麗に両膝をついて頭を下げた。


「気持ちは伝わったから、とりあえず頭を上げろ。見られたら噂になる」


「かしこまりました。……あの、ライラックお嬢様はあたしを覚えていないのですか……?」


「そうだな。覚えていない」


「そんな……あんなに兄妹そろってさんざんあたしをこき使ってきたのに……」


 がっくりと肩を落とすシスターには申し訳ないが、覚えていないものは覚えていない。ライラックは兄妹とこの仕掛けだらけの教会を攻略するのに夢中で、それ以外のことは目に入っていなかった。


「というか、神父は私が昔ここに来たことを知っているのか? どうして貴女は私をつけていたんだ?」


「誰にも言っていないので、神父様は知らないかと。ライラックお嬢様をつけていたのは、神父様に見張るように命令されて……あっ」


 全力で謝る時のポーズ、服従してる相手にはついうっかり思ったことを話す性質。そういわれると兄には脅され、妹には犬扱いされていたシスターがいたような気がする。


「なぁ、少し協力してほしいことがあるんだが、いいよな?」


 ちょうどいい駒をみつけた。

 ライラックはニヤリとニヒルな笑みを浮かべるのだった。




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