第10話 Scene:光「なんで……」

「おいっ!起きろってばっ!」


 乱暴に布団を叩かれる。猛烈に頭が痛い。


「おはよ」

「おはよ、じゃねーよ。ほら、行く時間迫ってるから、シャワー浴びて来い」

「あーい」


 昨日は飲み過ぎた。そんなにお酒に強い方ではないけど、買ってきた3本とも全部飲んじゃったんだっけな……恐るべし、ストロング酎ハイ……


 頭を洗って、歯を磨いて、髪を乾かして、服を着て、はい、出来た。


「それで行くのか?」

「すっぴんって事?この服の事?」

「両方」

「だって、お化粧は現地でしてもらえるし、衣装に着替えるんだし、これで問題なくない?」

「そんなもんか?」

「それより早く行った方が良くない?」


 車までダッシュ。頭にズキズキ響く……


「具合は?」

「悪いよ」

「あはは、バカだな」

「どうせ、バカだよ」


 そんなこと自分でも分かってるよ。


「光ちゃーん、おはよう!」

「おはようございます」

「今日もいい感じだね、さ、こっちで準備してね」


 促されるがままに支度を始める。

 翼が付いて来てくれて良かった。

 やっぱり、一人じゃ不安過ぎる。


「あーして、こーして」と指示をくれるから、その通りにやればいい。

 案外、向いているのかもしれない。私にはこの仕事にポリシーとかプライドとか無いから、疑問とか持たないで素直に従うことができる。


「お疲れさまでしたー!」


 解放された途端、どっと疲れを感じた。


「11時間、よく頑張ったな」

「え?そんなに?」


 閉ざされたスタジオでは時間の感覚がなくなる。次は、次はってずっと追い立てられてて、そんなに経っていることに全く気が付かなかった。


「翼は何やってたの?」

「ずっと見てたよ」

「抜けてもよかったのに」

「いつドジるか分かんないからな。お前、見かけによらずおバカだしな」

「ありがと」


 ばっちりメイクのまま、着替えだけ済ませて車に乗る。


「何か食ってくか?」

「お腹空いてない」


 撮影途中に、いろんなものを勧められて、ちょこちょこ摘まんでいた。


「じゃ、真っ直ぐ帰るか」

「あのさ……」


 運転してる翼に言ってもいいか迷ったけど、思い切ってお願いしてみた。


「本当にいいのか?」

「うん、お願い」


 颯の家の前。


 一目会いたくて。何を話したらいいか分からないんだけど、きっと顔見たら何とかなる気がして……


「待ってようか?」

「大丈夫」


 車を降りかけた時、「ちょっと待て」と翼に腕を捕まれた。

 颯が誰かとマンションから降りてくる。


「なんで……」


 階段のところに置いてあった自転車にまたがり、走っていく望が見えた。

 望が見えなくなるまで、手を振ってる颯。


「バカだ……私、本当にバカだ……」


 急に視界がぼやけてきて、涙が溢れてきた。

 何も言わず、頭に手を置いてくれた翼の優しさに感謝する。


   


 

 撮影が明日じゃなくて良かった。

 腫れた目が熱くて、冷やしながらベッドに横になる。


「ひどいよ……」


 別れようって言ったのは私だけど、会わなくなった途端に望と密会だなんて。

 あの部屋は私と颯の思い出がいっぱい……詰まった、3年間の……流れる涙を止められない。


 スマホを手に取る。


『今日、何してたの?』


 震える手で望に送る。


『特に何も。光は?』

『CMの撮影』

『いーなー!あのCM、めっちゃ人気だよ!』


 いーなー、と思っているのは私の方だけど……


『明日、学校だよね』

『光も授業出た方がいいよ!単位ヤバくない?』

『そろそろヤバイ。じゃ、明日ね』


 ふぅ、やっぱり話してくれない。

 そりゃそうだよね。いじけるなんておかしい。だって私がずっと望にやってきたことじゃん。自分のことを棚に上げて、望をズルイと思うなんて、自己嫌悪で気が変になりそう。


 コンコン


「いいか?」

「いいよ」


 翼が入ってきた。


「おいっ!お前、明日、学校行ける?」


 私の顔を見て、翼が驚いてる。


「あはは、分かんない」


 笑っちゃう、ホント、笑っちゃうよ。


「で、なに?」

「望から……お前に何かあったのかって、メッセージが来て……」

「ああ」

「お前、なにか送ったの?」

「さっきの……あれさ、聞いてみようと思ったんだけど……失敗した」

「大バカ者だな」


 ベッドにうつ伏せになり、タオルケットに顔を埋めて号泣。

 背中をトントンしてくれる翼に、再び感謝。


「よくやってると思うよ」


 慰めないで、泣いちゃうから。


「あまり自分を責めるなよ」


 やっぱ、もっと慰めて、もっと泣いちゃうから。


「なるようにしかならないよな」


 自業自得って言いたいんでしょ。

 痛いほど分かってるから。反省してるから。


「とりあえず、俺はお前の味方してやるよ」


 ……ありがとう。



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