第11話 罰と取引
「そいつが言う通り何かするのは止めといたほうがいいですよ。そんなことしたら先輩本当に終わりですから」
振り向いた新道先輩の目は驚きに見開かれていた。それはそうだろう、施錠した扉から俺が入ってきたのだから。
「お前……なんで」
「申し訳ないですが、話は聞きました。先輩が今からやろうとしていることも」
だが、なぜ扉から入ってこれただとか、そんな事はもはやどうだっていい。
「先輩は安藤のことが好きだったんでしょ? なんで告白しなかったんですか?」
今重要なのは、彼の気を削ぐことだ。
「告白……そんなこと」
「どうせ振られるとでも?」
それに先輩は答えなかった。まぁ、概ね正解ではあると思う。告白が成功すると思っていたなら、こんな事になってはいないのだから。
その成功率を上げるために、新道先輩は嘘をつき偽ったのだ。
安藤と付き合いたいが為。
「先輩、他にやり方はなかったんですか?」
「やり方ってなんだよ……」
「あるじゃないですか。筋トレとか、自分磨きとか。モテるためによくやるやつですよ」
「それは……やったさ。ボクシングをはじめたのも自分を変えるためだからね……」
それに俺はわかりやすいよう頷いた。
そう、何もやっていないはずがなかった。安藤と本気で付き合うため、リスクを犯して嘘までつくような人間が、これまで何もやってこなかったわけがない。
「それが、間に合わなかったんですよね」
「……そうだ。その前にモカがナンパから助けられて……そいつがでてきたら、俺の努力が無駄になる」
「だから、先に自分が申し出た」
「……ああ」
「俺は――先輩のそういうところ凄いと思いますけどね。自分ならできない。とっくの昔に諦めてますよ」
新道先輩の背後で、愛季内が見たことのない形相をして俺を見ていた。
「そこまでして頑張ってきたのに、こんなことで人生を終わらせるの、もったいなくないですか」
「もう、俺の人生は終わってるんだよ……ここに来る前にクラスメイトも殴っちまった」
あれクラスメイトだったのか。
「別に人生は終わってないと思いますけどね。まぁ、高校生活は終わったかもしれませんが」
「どっちにしろ終わりだろ? さっきの話を聞いてたのなら尚更。お前らがそれを教師にでも言いふらせば、俺の人生は終わる」
「言いませんよ」
そう言ったら、新道先輩の目が細くなった。
「なんだと……?」
「だから、言いませんって。ここで聞いたこと全て」
「嘘に決まってるだろ!」
「嘘じゃありませんよ。俺だって、先輩にはここであったことは黙っててもらいたいですから」
「お前何をいってる?」
「俺は今から先輩をボコボコにするんで、黙っててほしいんです」
その瞬間、先輩は破顔した。
「ハハハハ! お前……俺がボクシング部なの知らないのか?」
先輩は笑いながらボクシングの構え。自分を変えたくて始めたそれはきっと、それなりに本気で打ち込んだのだろう。
だから、俺は良かったと思う。
もし新道先輩に自信がなかったのなら、力付くで物事を進めようとしたときに武器を手に取ったはずだから。
「やれるもんならやってみろよッ!」
新道先輩はそう叫びながら、ボクシング特有のステップで突っ込んでくる。
まぁ、たぶん油断もあったに違いない。一般生徒に負けるわけがないという油断が。
だから、フェイントすらなく彼は突っ込んできた。単調な右ストレート。それが避けられるなんて予想もせずに。
「なっ!?」
「アバラ、もらいますね」
そう呟いて新道先輩の左脇腹に拳をめり込ませる。拳の先で何かが折れる感触がした。
「かはっ!!」
衝撃で臓器が止まったのだろう。体内の臓器が無理やり停止させられ、呼吸すら出来ない苦痛は尋常じゃない。はやく体を動かさなければならないと頭で分かっていても、それを行動に移すのはとても困難だ。
新道先輩はうずくまり、腹に足を忍び込ませて蹴り上げれば簡単にその体は仰向けになった。
「構えからして、先輩右利きですよね」
「な、なにを……」
絞り出すような声とともに、苦痛に歪む顔が俺を見上げる。
それに答えず左腕を持ってピンと伸ばしたら、流石に察したのか表情が恐怖で歪んだ。
「今度は腕一本もらいますね」
「や、やめ……」
「まぁ、ちゃんと治療を受ければ治りますよ」
伸ばした腕に狙いを定め、足を持ち上げる。
「おねが……やめて……」
震える声に耳を傾ける必要はなかった。そして、俺は足をそのまま真っ直ぐに振り下ろす。
瞬間、市場価値活動部の部室には、新道先輩の絶叫がこだました。
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