第7話 安藤モカが付き合った理由

「告白してくれたのは先輩からなんだけどさ、付き合ったほうが良いって言ってくれたのって周りの子たちなんだよね。だから流れでなんとなく付き合っちゃって」


安藤はそう言って、はははと控えめに笑った。


「でも、今日、愛季内さんが先輩の教室にいってそんなことを言ってた話を聞いてさ、もしそれが本当だったら別れようかなって思ったの」


笑う安藤と対象的に、愛季内は一切表情を動かさなかった。何を考えているかなんてのは手に取るようにわかる。なぜなら、俺もそっち側・・・・の人間だからだ。


流れで付き合った、嘘だったら別れる。恋愛というものを重く受け止めている人間にとって、そんな曖昧な基準値は存在しない。そして、そんな激重な基準を持っているからこそ、俺達のような人間はいつまで経っても恋愛ができない。


「つまり、安藤さんが付き合ったのは先輩が『自分を助けてくれた人間』だからであって、そうじゃなかったら付き合わなかったってこと?」

「そういうことだね」

「なら、本当にあなたを助けた人間が現れたら、その人間と付き合うということ?」

「あー……まぁ、そう……かも?」

「本当に?」


ジッと見つめる愛季内からの視線に耐えきれないのか、安藤は俺のほうをチラチラと見てきた。その目線には助けてほしいという感情が窺える。さっきは俺を追い出そうとしていたくせに……。


まぁ、助け舟くらいは出してやるとするか。


「安藤、ハッキリ言ってやれよ。本当は新道先輩のことなんて好きじゃないって」


安藤を見ていた愛季内の視線が、俺の方へと向けられる。


「だが、周りの奴らの気持ちはわからなくもないな。助けたヒーローと助けられたヒロインが付き合うのなんてドラマみたいだし、そんなことはそうそう起こるようなものでもない。まるで運命みたいでロマンチックだよな。だから、そのドラマのハッピーエンドが見たかったんだろう。そして、その願いを聞き入れてしまうことが人にはある」


それに、愛季内は眉根を寄せた。


「まるで、周りの人たちの為に自分の恋愛を犠牲にしたとでも言いたげね」

「安藤がそう言っただろ。それに、形は違えどそういう恋愛や結婚は実際にあったんだ。親に進められて結婚するだとか、それこそ、政略結婚なんてのはその典型。そう考えれば、何もおかしな話じゃない」

「話を飛躍しすぎじゃない? 安藤さんが付き合わなくても、デメリットなんてないのに」

「あるだろ。告白を断ったら、『助けてくれた男を振った女』というレッテルを貼られる」


そう言った瞬間、愛季内の目が細くなった。そして、安藤の目が見開かれた。


「安藤をよく知る人間がそう思うかは知らないが、その話だけを聞いて「酷い奴だ」と思う人間は一定数いるだろう。もしかしたら、「そんな女を助ける必要なんてなかったのに」とまで言う奴がいたっておかしくない。まぁ、俺は好きだがな? 自分の気持ちに正直に生きてるのは好感だ」


愛季内はしばらくこちらを見ていたものの、やがて、息を吐いて安藤へ振り返った。


「そうなの?」

「えっと、その……うん。私的に先輩はその……タイプじゃないっていうか、なんか違う気がして。助けてくれたことには感謝してるけど、やっぱり付き合うのは違うかなって」

「酷い人ね。そんな気持ちにしかならないのなら、最初から断れば良かったのに」


愛季内の容赦ない言葉に、安藤は唇を噛み締めた。


「そう、だよね。うん、私が悪いと思う」

「なら、あなたはそれを正直に伝えるべきだわ。彼が嘘つきかどうかなんて関係なく、あなたが彼を好きかどうかで判断すべきよ」


愛季内はそう安藤に言い渡した。


その安藤はしばらく黙っていたのだが、


「……ねぇ、さっき振ったほうが好きって言ったよね」


何故か俺にそんなことを訊いてきた。


「ああ。俺はそっち派だな。というか、ドラマにしたって都合の良い展開が嫌いなんだよ。助けてくれたからって白馬の王子様になるとは限らないし、誰かを助けたからと言ってヒーローになれるとも限らない。誰かを助けるなんてのは見返りを求めない独善であるべきだ」


だから、俺は正体を隠したかったのだ。相手からの報復も受けたくないし、感謝だってされたくない。ただ、見過ごすことができなかっただけだ。見て見ぬふりをすることのほうがよほど自分を守れると俺は知っている。たとえそれが、悪とされているとしても。


「そっか。そうだよね」


安藤は小さく何度も呟いてから、やがて席を立った。


「私、今から先輩に伝えてくるよ」

「今から?」


愛季内の疑問に安藤は強く頷く。


「やっぱりこんな気持で付き合うのって先輩にも悪いしね」


そして、安藤は力強い足取りで教室を出ていった。彼女がここへきた目的は果たされぬままだったものの、答えは見つかったのだろう。


「……随分と都合の良い言い方をしたものね」


静けさが戻った教室で、愛季内がポツリ呟く。


「お前だってそのほうが良かっただろ? なにせ、偽物が振られるんだからな」

「性格の悪い言い方をしないでくれる? 私はそういうことを望んだわけじゃない」


愛季内は呆れたように息を吐いた。


「でも……本来あるべきだった関係に戻るのは悪くないわね」


そして、微かにそう微笑んだのだ。

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