昔のあの男と隣の男。私は今日、決着をつける。

美女前bI

 


 さっきまで私は人波の一部だった。


 流れに逆らう懐かしい横顔に目が奪われた。その瞬間、私も波の障害物と化してしまった。


 どんどん小さくなる彼は、やがて飛行機雲のような余韻だけを残して消えてしまった。ふと、私の肩に何かが触れる。


「どうした?」


 過去から現実に戻したのは違う男だった。ああ、そういえば一緒に来たんだっけ?隣にいるのに忘れてた。


 私を気遣う優しいこの人に、彼を重ねたこともある。やはりこの温かい手は私には合わない。そんな気がする。


 たしかにこの人と彼は似ているし、秘密の多い私をきっと受け入れてくれるだろう。でも……


「なんでもない。行こっか」


 同窓会の会場はこの駅から近いホテルだった。この建物もまた彼との思い出がある。


 どうしても思い浮かんでしまうさっきの横顔。


 きっと今も彼は許してくれないだろう。過去の私の行い。あの時、彼に見せたのは最低の笑顔だった。


 それを思い出したせいか、気付けば私は立ち止まっていた。


「行きたくないなら帰ろうか?」


 声を掛けられるまで自覚なかったな。不覚だ。


「違う違う。ちょっと緊張しちゃっただけだし」


 不自然なのはわかってる。でもどうしても本当のことが言えなかった。


 ふと、ぽんぽんと私の頭を優しく叩く大きな手。無言でニコッと笑うその人の顔。背の高い彼から目が離せない。


 込み上げてくるこの思いはなんだろう。なんだろうじゃないね。うん、ごめん。知ってる。


 自分のこめかみが痙攣しているのがわかるし。


 あの男とすれ違った日だというのに、別人にあの時と同じことされたのが腹立たしい。この日のために安くないお金と時間をかけてセットした私の髪。それを一瞬で台無しにしようとしたこのアホに、私の腸が煮えくり返るのも当然だった。


 気付くと私の手は彼の髪をぐしゃぐしゃにしていた。


「わっ!急にどうしたんだよ。や、やめろよ〜」


 そう言いながらも嬉しそうなコイツの顔にさらに腹が立った。


 その髪だってそれなりに頑張って整えたのがわかる。私にやられたことに怒ってもいいのに、これでは同級生に仲良しと勘違いされてもおかしくない。彼氏でも何でもないのに。


 さっきの男も無理にでも追いかけてぶん殴れば良かったな。あの時も髪ぐちゃぐちゃにしたくらいじゃ気がおさまらなかったし。


 この後悔と怒りはなかなか消えないだろう。むしろピークに達している。


「ギャっ!」


 気付けばチョキにした指先が、彼の目をとらえていたようだ。


「うっ!」


 流れるように私のヒールはその男の股間も貫いてしまった。つまらぬものを蹴ってしまった。


 それでもようやくストレスが大幅に解消された気がする。だが満足はしていない。まだ一人分残ってるし。


 ホテルはもう目の前だったけど、私は男を置き去りに歩き出す。


 バッグからスマホを取り出すと、私の指はホストクラブに予約を入れた。


 まだ働いてるのかな、さっき殴り損ねたあのナンパ野郎。親友の結婚式前に髪を崩された昔の恨み、今夜こそ晴らさせていただきましょう。



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昔のあの男と隣の男。私は今日、決着をつける。 美女前bI @dietking

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