1.女神の空間

そこは真っ白な空間だった。

永遠と....どこまでも続きそうな真っ白で何もない空間。


「.........なんだ、どこだ......ここ........?」


 何度もゲーム世界に入り込んでいるがこんな事は初めてだ。

 突然真っ暗になったのもこの白い空間も。

 俺は突然の事で困惑した。


「...あれ?」


 困惑しながらも俺はあることに気づいた。

 さっきまでゲームの主人公の姿をしていたはずが.....なぜか現実の俺の姿になっている。

 今日着ていた黒のジャージに黒髪で冴えない顔をし眼鏡までかけてる......いや誰が冴えない顔だ。


 いやそんなことよりも.....と、俺は手を上に上げ、『力』を使ってこのゲームの世界から抜け出そうとする。


「.........なんで....出れない!?」


『力』が使えない....ということはここはゲームの世界ではなく現実世界という事になる。


 いや、そんなわけがない。


 現実にこんな空間は絶対にないし、そもそも俺はゲーム世界にいたはずで、ゲーム世界から現実に戻るなら入ってきたテレビから出てくるはずだ。


 俺はここが何処なのか、なんでこんなところに飛ばされたのか、必死に考えるが当然わからなかった。

 .....とりあえず歩こう、出口がもしかしたらあるかもしれない。




 何もわからないまま4時間が経過した。




 俺は床に倒れている。

 不思議な事に腹は減らないし喉も渇かない。

 走り続けても全く疲れず、ずっと走り続けられる様な感覚だった。

 だが精神的には参ってきた。


「はは...ひょっとして『力』を使ってた罰が下ったのかもな.....」


 思わずボソッと呟く俺。


 (いや力なんて俺に突然目覚めたものだし神様には関係ないだろ、そもそもこの力って結局何だったんだろ......)


 そんな事を考えてから5分後、天井か空かわからないが、上に大きな穴が出現した。

 まるでゲーム世界で見たワームホールみたいだ。

 俺は思わず飛び起きる。


「な、なんだ...あれ......」


 穴から何かが出てくる、女性だ。

 羽の生えた人、髪は白く長い、顔は何も模様のない白い仮面をかぶってるため見えない、服は白いワンピース、身長は俺より少し低い....160cmってところだ。

 仮面以外は、まるで絵に描いたような天使の姿をしている。

 その天使っぽい奴が床に着地し、こちらに近づいて来る。


 怖い、普通に怖い。

 未知の生命体とも言える天使らしき奴が俺に近づいてきている。

 今すぐ逃げたい、走って逃げたい。

 .....けどようやくこの白い景色以外何もない空間で見つけた唯一の手掛かり、家に帰るための何かを持っているかもしれない。

 そう思い震える足で俺は天使に近付いていく。



 俺と天使らしき奴の間の距離が10mくらいになった時、天使は歩くのをやめ、止まった。

 それに俺の体もつい反応し、急停止する。


「ようこそ人間よ、私の空間へ」


 天使らし奴が喋った。

 普通の女性の声だ。


「ふぇ...私の......空間.......?」

「ええ、まずは自己紹介といきましょうか。こんばんは、私は女神、貴方達人間を見守る神です」


 ようこそ人間よ.....この発言で人間ではない別の生物というのは確定した、だがまさかの女神発言。


「は、はぁ...そうですか」


 俺は気のない返事をした。

 この何もない白い空間は明らかに現実離れだ。

 女神の空間と言われたら納得できなくもないが、突然神を名乗る者が現れても信じられる訳がない。



 .........10秒くらいか、沈黙が続いた。

 自称女神は何かを待っているような様子だ。


「...えっと女神様、ここがあな...「私が挨拶してるのに貴方はしないんですね」


 沈黙に耐えかねた俺の発言を遮り女神は喋った。

 仮面のせいで表情がわからないが多分怒っている。


「あ...ごめんなさい......えっと、こんばんは...俺の名前は小川おがわです、18歳で.........学生です」


 嘘じゃない、不登校の引き篭もりだけど在籍扱いになってるので嘘じゃない。


「はい、小川さんですね。まぁ最初から知ってましたけどよろしく」


 知ってたんかい、と思わずツッコミたくなった。

 いや....確か人を見守る女神だとか言ってたし、それが本当なら知ってるよな。


「それで小川さん、貴方はどうしてこの空間にいるのか覚えていますか?」


 自称女神は早速俺が知りたい質問を投げかけてきた。


「い、いえ...ここは一体何処なんです...でしょうか」

「ここは貴方たち人間で言うところの、死後の世界....いえ三途の川みたいな所です」


 女神は確かにそう言った。


「......は......死後......?」


 思わず笑いたくなった。

 俺はただゲームをしていただけで死ぬ理由はなかったはずだ。

 と言うか突然貴方は死にましたなんて言われても受け入れられるか?受け入れられる訳がない。


「女神様も冗談とか言うもんなんですね...」


 俺が少し笑いながらそう言うと女神は。


「...貴方が最後に見た光景は覚えていますか?」

「俺は...その...ご存知かと思いますが、ゲームの世界に入れる『力』がありまして、今日も入って遊んでいたんです。そしたら突然世界が真っ暗になって気がつくとここに......」


 自称女神は俺の話を聞き、何か考えているのか、顎に手を当てた。

 そして、顎から手を離すと。


「...非常に残念な事ですが、貴方は死にました」


 先ほどの仕草は俺の死因をどう話すか考えていたのだろうか、良い言い方が見つからず随分ストレートな言い方だ。


「いや、突然死んだなんて言われましても...その......実感というかなんというか...」

「無理もありませんが、人というのは突然の不幸で人生を終わらせる事があります。辛い事だとは思いますが受け入れてください」


 ...とても冗談を言っている様な雰囲気ではない、だがまだ信じられない。


「本当に...俺が死んだのかどうか、確かめる方法はありませんか...?」

「残念ながらもう...魂の存在となった貴方には何も」

「そうですか...」


 魂の存在...俺が想像する魂って人魂みたいなものなんだけど。

 けど何故か腹は減らないし喉も渇かない、疲れを知らないこの体、魂の存在と言われると不思議と納得できてしまう。


 (俺は、本当に死んだのか.......?)


 いくら考えても俺にはわからない。

 考えてもわからない以上、ひとまずこの自称女神に従う方が良さそうなため、一旦受け入れる事にした。


「....それで、俺はこれからどうなるんですか?」


 ここが本当に三途の川的場所ならこれから天国か地獄に行くのかな?

 いや地獄は嫌だな。


「貴方には二つの選択肢があります」


 そう自称女神が言うと、女神の後ろの何もない空間に突如白く豪華なイスが現れた。

 たった一瞬、瞬きをする合間に現れたそのイスに女神は座り、話始める。


「一つはこのまま天国か地獄に行ってもらう事」


本当に天国と地獄って存在するんだな。


「そしてもう一つが......こことは違う別の世界、異世界への転生です」


 俺は「は!?」と思わず口に出した。

 いくつもの異世界転生系の小説や漫画、アニメを見ていたが、マジでそんな創作物の様な展開があるのかと驚愕した。


「異世界転生って...あの転生ですか!!」

「えぇ、興味おありの様ですね」


 オタクな俺にとってそんなの夢のまた夢の様な話だ。

 ゲーム世界に入って味わったあの冒険を、現実で味わえるのなら是非とも味わいたい。


「ぜひ!!転生をお願いします!!!」


 女神様は少し笑うと、「そうですか!では転生の仕方を選んでください」と言った。



 (仕方.......仕方?仕方ってなんだ)



「あの、仕方というのは?」

「転生にも色々ありまして、一つは貴方の体そのままでの『転移転生』。一つは向こうで一から人生をやり直す『赤子転生』。そして最後は、現地の人間の人格を乗っ取る『憑依転生』です...まぁこれは今まで2人しかやらなかった転生ですし、倫理的にもあまりお勧めしたくない転生ですが。もちろん全て現在の記憶は引き継がれますのでご心配なく」


 まさかの転生の仕方を選べるサービス、興奮するあまりニヤけ面が浮かんでしまう.....というか俺以外にも転生者は存在するのか。


 (憑依転生は流石にマジでやるのは俺も嫌だし、赤子転生は.....生まれる家庭によっては自由に生きられないよなぁ....貴族に生まれれば人生苦労しなさそうだけど、冒険者にはなれなさそうだし。やはりここは無難に転移転生を......いや待てよ)


 そう美味しい話があるだろうか。


 俺の知る異世界小説は様々な世界がある。

 魔王が存在する王道ファンタジー世界や現代と変わらない世界に、戦争でドンパチやってる真っ最中の世界、未来世界に宇宙開拓時代の世界。

 ファンタジーなら喜んで転生するが、戦争世界なんて絶対にごめんだ。


「あのー、一つお聞きたいんですが、転生する世界ってどんな世界なんでしょうか?」

「転生先の世界ですか、そこは魔王が支配する世界で...「転移転生をお願いします」


 女神様の話を遮り即答する俺に対し女神様は、「え、あ...はい転移転生ですね」と承諾する。


 そんな時だった、俺はあることを思い出し女神様に問いかける。


「あ、ちょっと持ってください」

「?...なんでしょうか」

「異世界転生のお約束である....何か能力か武器は貰えるんですか?」


 転生先が魔王のいる世界、そんな中普通の人間.....とは違うけどまず役に立たない『力』を持っていたところで何もできずに野垂れ死ぬだろう。

 転生物のお約束である何か能力をくれなければ話にならない。


「もちろんです、お約束ですもんね」


 この女神様とは結構仲良くなれそうだ。


「では力を与えましょう、力を与えると同時に転生させますので心の準備ができたら言ってください」


 ...友達も恋人もいないし人生に特に悔いはない。

 強いて言えばファンクエのコンプが達成できなかった事くらいか。

 ゲームを途中で投げ出す様な行為、俺の意に反する行いだ。

 そう思い女神様に早速転生をお願いしようとした時、ある事が頭によぎる。


「あの、一つお願いがあるのですが」

「はい、なんでしょうか」

「俺の両親は......今どうしてますか?」


 女神様は少しの間沈黙したが、ゆっくりと口を開く。


「...貴方のご両親は、息子がいなくなったと騒ぎ、警察と一緒に貴方を捜索しています」

「そうですか...」

「それでお願いというのは?」


 俺の唯一の心残り、それは.....。


「両親に『育ててくれてありがとう。そんで、死んでごめん』って言っといて貰えますか......」



 何故だろうか.......さっきまで異世界に行ける喜びでテンションが上がってたはずなのに...涙が出始めた.........。


「...はい、伝えておきます」


 腕で顔を擦り、俺は女神様に近づく。


「じゃあ、お願いします女神様」

「次の人生で貴方に幸運を...」


 女神様は俺の顔に手を向け、俺は光に包まれる。

 今になって本当にこの世界での人生が終わるのかと実感し始める。

 この世界に悔いはないはずが、異世界に行ける喜びが霞んでくるほど悲しくなってくるのは何故だろう。

 思わず....待って!と言いたくなるのはなんでだろう。


 今思い出したが、もう一つだけ心残りがあった。

 俺が不登校になった原因の事件、あの事件を無かった事にしてくれ......なんてのは流石に女神様でも無理か。

 光はどんどん眩しさが増し女神様は見えなくなってくる。


 ついに光は目を閉じても目に入ってくるほどの眩しさを放つ。



 そして....光は消えた。

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