第8話 地下三階水道調査ですね

「地下三階水道調査ですね。許可証も確認できました。お通りください」

 地下へ続く階段を閉ざしていた石の扉が開かれる。

 聖墳墓は地上一階地下三階の構造になっていて地上階は礼拝所だ。礼拝所の奥から地下室に入れるようになっているのだけれど、地下は魔物が巣食っていて危険であるため、騎士団が出入りを監視しており、教会の許可がなければ入れないようになっている。

「新顔の騎士だったな」

 アエラスが言った。

「そんなことわかるの?」

「駆け出し冒険者や騎士の訓練の立ち会いに時々来るからな」

「へぇー……たまにいないと思ったらそんなことしてたんだ」

「結構良い収入になるんだ。そろそろお前を誘うと思ってたからちょうど良かった」

「え、それ早く言ってよ」

 世間話をアエラスとしながら階段を降りる。一歩進むごとに魔力の流れが不穏なものに変わっていく。明かりがついているわけではないので、ランタンに火を灯す。魔法で明るくすることもできなくはないけど、魔法を使うと魔力の流れで魔物に勘づかれやすくなるので狭い場所ではこっちの方が安全なのだ。

 階段を降りきったところで広間に出た。ここから五方向に廊下か伸びている。

「まっすぐ下に向かう……で良いよね? 見たいところとかある?」

 私の質問にセレファインは言った。

「ひとつ寄りたいところがあります」

「どこ?」

「聖クルカンの居室です」

 聖クルカンは千年前の人魔大戦で、賢者の石を使って魔族を退けたという話が伝わっている。教会では僧侶とされているけれども魔女共和国では魔法使いとして知られている。いずれにせよ、賢者の石にまつわる人物であるには違いない。

 いつでも戦えるように私は背中の兄様剣を抜いた。アエラスも短剣を抜いて戦闘態勢だ。

「メルと俺でセレファインを挟む形が良いだろう。先頭はメルだな」

「セレファインは戦闘経験自体は結構あるんだっけ?」

「昨日お伝えした通り何度か騎士団の魔物掃討作戦や戦争に参加しました」

「でもダンジョンは初めて……だったよね」

「そうですね」

「私と同じだ」

「改めて注意点を言っておくぞ」

 アエラスが言った。こういう時はやはり頼もしい。

「周囲の魔力の流れをよく感じ取ることだ。ダンジョン内では魔物がどこから現れるかわからない。聖墳墓にアンデッドはいないが、洞穴を好む小型の魔物が多い。特にタスクラットやホラーアントは集団で襲ってくる……壁や天井の闇によく目を凝らすことだ」

 話しながらアエラスは早速一匹の魔物に手持ちのナイフを投げつけた。

 小型のセンチピードだ。ムカデに似た魔物で、小型と言っても私の肘くらいの長さはある。ナイフに突き刺されたぐらいでは絶命しない。

 壁でのたうちまわるセンチピードに対し、私は焼け付く炎を放ち、トドメを刺した。

「……」

 セレファインが呆気に取られている。

「どうしたの?」

「いや……手馴れてるなぁと」

 私はふふっと笑いがこぼれた。

「アエラスとは良く一緒に仕事をしてるから」

「いつも楽させてもらって悪いな」

「日頃の感謝を込めて今日はエスコートしてね」

「……ダンジョンをエスコートするのは初めてだな」

 さてひとまずの目的地、聖クルカンの居室は、広間の右から三番目の廊下を通った、手前から二番目の左の部屋だ。広間も廊下もそれなりの大きさではあるものの、迷うような道のりでもなければ時間もかからない――魔物さえいなければ。

 とにかく数が多い。

 少し歩く事に魔物が襲ってくる。

 出現するのは節足動物系の魔物だ。この手の魔物は固い殻に覆われており的確に節を狙わないとまず刃が通らない。動きも素早く、体を捻ったり、丸めたりするので狙いも定めにくい。単体ではなく集団で現れることが多く、一匹を相手にしているうちに別の魔物に襲われるなんてこともある。その上、魔力の気配を消して忍び寄ってくる。気がつけば足の踏み場もないほとに取り囲まれてしまうこともあり、足や腕を噛まれてから存在に気づくなんてこともざらだ。

 知能は高くないから対処法さえ確立していれば怖くは無い。油断なく淡々と処理していけばいい。

 事前にアエラスから受けたレクチャー通りに私は現れる魔物に対処していく。

「さすが、スジが良いな」

「うふふ」

 アエラスに褒められて私は満更でもない気持ちになる。

「ボクの出る幕がありませんね」

「僧侶に仕事がないのは良い事だ……そろそろ着くぞ」

 聖クルカンの居室の前に着いた。

 閉じている扉に手を当てて中の様子を探る……なにか大きなものがうごめいている。これはグレイトホラスパイダーか?

「どうかしましたか?」

「なかに面倒なのがいる」

 向こう側も私たちの存在に気づいているはずだ。獲物が入ってくるのを今か今かと待ち構えているに違いない。

 突撃して燃やし尽くすのが一番手っ取り早いけれども、これから調べる部屋を灰にしてしまうのはだめな気がする。

「なんですか?」

 なんとなく私はセレファィンに目をやった。彼をおとりにする手はどうだろう……いや無理だな。魔物は倒せてもセレファインが無事では済まない。

 結局、突撃するしかないかぁ……

「……はぁ」

 思わず深いため息が出た。

「?」

 怪訝そうなセレファインに私は言った。

「回復の法術得意だよね?」

「まぁ僧侶ですから……人並みにはできるかと」

「よし……何かあったときはお願いね」

「しかばねは拾ってやるぞ」

「縁起の悪いことは言わないでよアエラス」

 私は扉を開き、一歩足を踏み出した。

 直後に飛んでくる目には見えない蜘蛛の糸。もっとも魔力がダダ漏れなので丸わかりではある。

「……くっ」

 わかっていても避けられない。なんてたって集中線のように視界いっぱいに迫ってくるのだ。後ろに引けばセレファインに被害が及ぶから前に進むしかない。

 私は剣を小さく回して第一波の糸を断ち切った。第二波が来るまでに一瞬、時間がある。その隙間をぬって魔物のふところに飛び込む。魔物の丸くてふさふさ毛の生えた胴体が覆い被さってきた。

 下から一閃、そのまま天井まで高く飛び上がる。胴体に傷は付けたが大したダメージは与えられない。

 ――虫系の魔物の厄介なところ……

 とにかく殻が硬い。よほどの切れ味か重さか、あるいは怪力でもないと殻を突き破れない。私にはそのどれもない。

 グレイトホラスパイダーと目が合う。

 狙いはバレてるか。いや本能だろう。弱点は頭と胴体のつなぎ目なのだから、敵が頭上に来ればそこを警戒するのはとても自然なこと。

 あとは狙いの正確さとスピードだ。私の手が魔物よりも早く届けば勝ちだ。

 剣を持ち替えて天井を蹴った。

「……とった」

 狙い過たず魔物の首をとった。だがこれで終わりじゃない。首を切っただけでは死なないのが虫系の魔物だ。

 すぐさま身をひるがえして魔物の体内に剣を突き刺した。ずうぅん……と重たげな音とほこりを巻き上げて、グレイトホラスパイダーは崩れ落ちた。

「大丈夫ですか!?」

 セレファインが血相を変えて駆け寄ってくる。

「……ん、ああ……」

 私は魔物の緑色の体液まみれになっていた。

「けがはないよ……でも」

「でも?」

「もう帰りたい」

 アエラスがセレファインの後ろで笑っていて、イラッときた。

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