第7話 聖墳墓のある街
聖墳墓のある街、フットヒルに着いた。
フットヒルは旅行者の集まる土地柄、宿も飲食店も多い。騎士団が頻繁に訪れるから治安も良い。人が人を呼んで発展したこの街はギルド自治領内でも大きな街だ。
要するに都会である。
「串焼きおいしそう……あ! りんご飴! チョコバナナも良いなぁ!」
「どんだけ食う気だよ」
『太るぞ』
「うるさい」
苦言を呈すアエラスと兄様を一喝しつつ、私は手当たり次第に目に入る美味しそうなものを買っては口に入れた。
大通りには出店がずらっと並んでいる。夕方のこの時間、仕事を終えた労働者や冒険者たちでにぎわっており、騎士の姿もちらほら見えた。
「あ、あのカステラ美味しそう!」
「まだ食べるんですか?」
セレファインが言った。
「だめ?」
「夕飯が入らなくなるでしょう?」
「これが私の夕飯だから」
「ああ……そうですか」
「セレファイン、俺たち大人はガキンチョとは別に一杯やろうじゃないか」
「アエラスさん、ボクはお酒は飲まないですよ……」
「僧侶のくせに真面目だな」
「僧侶の概念おかしくないですか?」
大通りから見える一際大きな石造りの建物を私は指し示した。
「今夜の宿はあそこね」
「正気か?」
アエラスが言った。
「だめ?」
「貴族御用達の五つ星旅館じゃねーか。金ないだろ」
「三人で負担すれば私は泊まれるでしょ」
「俺たちは野宿かよ」
「え、ボクも野宿側なんですか?」
「今回の仕事、働いてたの実質私だけだったじゃん」
「それはそうかもしれんが俺たちがいないと仕事は受けられなかったろ」
「む……痛いところをつくなぁ」
「あそこでどうですか?」
セレファインが指し示したのは木造五階建ての旅館。ギルドが運営している冒険者専用の宿だ。手頃なお値段で広い部屋とたっぷりの食事がとれる。
「無難だな」
「つまんないなー」
「反対意見はないようですからここに決めますよ」
そんなことを言っているうちに宿にたどり着く。
「部屋は三つで……」
旅館の窓口でセレファインが言いかけたところで、アエラスが割って入った。
「二つで良いだろ」
「二つですか?」
「男部屋と女部屋。俺とお前、メルで分かれるのが普通じゃないか」
「いえ……ボクはひとりが良いので」
「部屋代高くなって嫌なんだが」
「……それならボクが負担しますので」
この返答はアエラスにとって意外だったらしい。
「それでお前が良いなら……良いけど」
ということで三人それぞれが一部屋ずつわかれて泊まることになった。
ぎしぎしときしむ階段を登って、借りた部屋に入る。
ガラスのはまった窓がひとつ、机と椅子が一組、ベッドが一台。たったそれだけの簡素な部屋だ。冒険者向けとしては普通。トイレとお風呂は共同で、男女はちゃんと分かれている。これがさらに安い宿になると窓がなかったり、机や椅子がなかったり、トイレとお風呂が男女一緒だったりする。酷いところだと宿泊者全員が同じ部屋でベッドすらないことがある。
鍵のかかる個室があるだけでも実は上等の部類だ。
『個室にこだわるなんて少し変わっているな』
リュックを置いたところで兄様が言った。
「セレファインのこと?」
『僧侶なんて集団生活に慣れているだろうに』
「あー……言われてみれば確かに。なにか事情があるのかな」
『あんまり詮索するのも不躾だかど気にはなるな』
そんなことを話しているとドアがノックされた。
「ボクです。セレファインです。聖墳墓の調査の件でお話したいのですが良いですか?」
「良いよ……一分だけ待って」
私はリュックからポシェットを取り出し、腰に巻き付けた。鍵がかかるとはいえ貴重品は手元に持っていなくては。ギルドが発行した身分証と小切手。あとはこのポシェットそのもの。私の全財産がこのポシェットにまとまっている。
「お待たせ」
部屋を出て扉に鍵をかける。
「ほんとに一分でした」
セレファインが感心している。
「計ってたの? 変なひと」
連れ立って宿舎を出てギルド領事館に向かう。街ひとつに、規模の大小はあるものの、かならずギルド領事館がある。フットヒルの領事館は街の規模と同様に大きい。石造りの二階建ての建物だ。
開放されている玄関ホールに仕事の依頼等の張り紙がされているのはどこも同じだ。冒険者の性で、つい依頼に目がいく。護衛や魔物討伐といったよくある依頼の中にまじって、私たちを探している依頼も当然のようにあった。
「なにか気になる仕事がありましたか?」
唐突にセレファインに声をかけられてギクリとなった。
「ごめんね、依頼を見るのが習慣で」
「冒険者らしいですね……これは人探しの依頼ですか」
「うん、そうみたい」
「それっぽいひとがいたら情報提供しましょう。なかなかおいしい依頼ですね」
「そうね」
私は笑ってごまかしつつ、内心、冷や汗が出ていた。いくら似顔絵が下手くそとはいえ、気づかれる可能性はある。セレファインは妙に鋭いところがある。剣になった兄様に勘づくほどだ。警戒するに越したことはない。
「食堂に行きましょう」
「そうね」
よぉし、バレてないバレてない……
私はほっと息をついた。
ギルド付属の食堂なんてどこでも似たようなものだ。騒がしくて粗野で自由で、なんとなく連帯感みたいなものがある。
「ちょっと待て」
アエラスが言った。
「なんで俺まで連れてこられてるんだ」
「私、ダンジョンに潜ったことないから経験者にいて欲しくて」
「それはわかる」
「そして都合よくここに経験豊富な冒険者がいるから来てもらってるわけよ」
「それがわからん」
不平を言いつつもアエラスは私たちと一緒に席に着いた。
「俺は護衛の手伝いに来ただけだぞ」
「ついでに一緒にダンジョンに潜るくらい、良いじゃん」
「良くねぇよ。ダンジョンがどれだけ危険なのかわかってるのか?」
「聖墳墓は初心者向けって聞いたよ」
「それでもベテランと一緒に潜るのがセオリーだ」
「? だからアエラスに来てもらってるんじゃん」
「聞いてねぇよ」
「いま言ったからね」
「おい」
「こんな可憐で可愛い少女なら助けたいって思うでしょ?」
「可憐かどうかはともかく、可愛いは認めてやるが、助けたいと思うかは別だ」
「えーなんでよ」
「カネを貰ってないからだ。タダ働きはごめんだぞ」
「けちー」
「誰がケチだ。仕事には義務と責任が伴う。それを保証するのがカネだ」
「なーほーね。で、そのカネの支払いが不足する場合はどうするの?」
「そりゃあ借りてくるか、あるいは労働で支払ってもらうしかないな」
「ところでさぁ、私が以前手伝ってあげた仕事の件さぁ……」
「な、……なんだよ?」
「さっき玄関ホールで似たような仕事の依頼見て相場を確認したのよね」
「それで……?」
「ギルドにチクられたくなかったら手伝え」
「なにか証拠があるのか」
私は腰のポシェットから一枚の紙を出した。
「……あ」
「ここに仕事の内容と金額が書いてあって、あなたと私の署名がしてあるよ」
大事な証拠なので私はすぐに紙をポシェットにしまいこんだ。
「足りない分は労働で支払ってもらえるのよね」
アエラスは盛大にため息をついた。
「お前ほんとに十六かよ」
「そうよ」
これは嘘で、本当は十二歳。実年齢を聞いたらアエラスは腰を抜かすだろう。
「……しょうがねぇ……付き合ってやるよ。こんなところでガキに死なれても寝覚めが悪いしな」
「……なんですかこの茶番は」
セレファインが言った。
「おカネが必要ならボクが支払いますよ」
「あ、セレファインそれは……」
私が口を挟むも遅かった。
「なんだ? セレファインも新米冒険者だったのか」
「いえボクは……」
「まぁ教えてやろう、冒険者の流儀ってのを。と、その前にとりあえずビールだな」
近くを歩いていた給仕を捕まえてアエラスはビールを注文した。ついでにセレファインと私はお水を注文する。ちなみに水の方が値段は高いから本当はビールにしたいけど、兄様に止められている。まだ年齢的に早いらしい。
飲み物はすぐに運ばれてきた。
ビールをぐいっと一呑みしてアエラスは、
「良いか、冒険者ってのはな。カネが大事だがもっと大事なものがあって……」
お決まりの説教を始めるのだった。
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