第7話 中古カメラの闇
■■■■ NOTICE ■■■■
※この話は「ウェブ小説霊安室」に保管された供養断片です。
本編化の予定はありません。
もし「まだ生きてる!」と思う方は――
「ささやき、えいしょう、いのり、ねんじろ」
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第1話:古いカメラと甘い誘い、そして真実を映す眼
埃っぽい匂いが、晴人の鼻腔をくすぐった。祖父の家の片付けを手伝いに来ていたのだが、遺品整理業者が開けた押し入れから、懐かしい匂いが溢れ出した。カビの匂い、古い紙の匂い、そして、なんだか昔の駄菓子屋に置いてあったような、甘くてしょっぱいような、独特の匂い。その混合された香りが、晴人の記憶の扉を叩いた。
ああ、この匂いだ。子供の頃、祖父の書斎に忍び込んだ時も、同じ匂いがした。あの時は、祖父が忙しそうに机に向かっていたから、すぐに逃げ出したけれど。机の上には、いつも見たことのないカメラや、古い写真が乱雑に置かれていた。祖父は、世界を股にかける報道写真家だった。晴人にとっては、雲の上の存在。その祖父が死んでから、もう一年になる。
遺品整理のダンボールを漁っていると、一番奥から、小さな木箱が出てきた。蓋を開けると、ベルベットの布に包まれて、小さなフィルムカメラが収まっていた。黒とシルバーのツートンカラーに、レンズのガラスが鈍く光る。手に取ると、ずっしりとした重みが、まるで歴史そのものを握っているかのようだった。
「ミノルタCLE、か」
横にいた遺品整理業者の男が、感心したように呟いた。
「これ、結構なレア物ですよ。状態もいいし、マニア垂涎の逸品だ」
マニア、という言葉に、晴人の心臓が僅かに跳ねた。祖父は、このカメラで何を撮っていたのだろう。男に値段を聞くと、数十万円は下らない、と告げられた。数十万円。晴人の頭の中に、すぐに写真用品の値段が思い浮かんだ。レンズ、フィルム、現像代。大学生のバイト代では、とてもじゃないが趣味として続けるには厳しい世界だと思っていた。もし、このカメラを売れば、好きなだけ写真が撮れるかもしれない。
ふと、カメラのファインダーを覗いてみた。レンズの向こうには、乱雑に積まれたダンボールと、遠くで業者と話している母親の姿が写る。ピントを合わせようと、リングを回してみる。ぼやけていた風景が、くっきりと鮮明になっていく。その瞬間、晴人の脳内で、何かが閃いた。
そうだ、ピント合わせは人生そのものだ。最初はぼやけた夢しかない。それが、努力や経験、あるいは出会いによって、少しずつクリアになっていく。やがて、その先には、誰にも真似できない、自分だけの世界が広がっていくんだ。まるで、カメラのファインダーの中みたいに。
いや、待てよ。だとしたら、俺の人生はまだシャッタースピードが遅すぎないか?いや、そもそも露出が合ってないのか?光の量を調整する絞りだって、全く調整できていない。このままでは、ただの白飛びした写真になってしまう。……俺、人生を白飛びさせてるのか?それは嫌だ。絶対に嫌だ。
気がつけば、シャッターを切っていた。カシャリ、と乾いた音が響く。何気なく撮った一枚。フィルムカメラだから、すぐに確認はできない。でも、なぜか、その一枚に、何か特別なものが写っているような、そんな気がした。
家に帰ってからも、晴人はそのカメラから目を離せなかった。試しに、自室の机を撮ってみる。カシャリ。壁にかけてあるポスターを撮る。カシャリ。ただただ、シャッターを切り続けた。
そして、その日の夜。自室の机の上で、カメラを眺めていると、ふと、ある考えが脳裏をよぎった。
そうだ、このカメラを売れば、お金になる。そして、そのお金で、もっと色々なカメラやレンズを買って、写真を撮って、それでまた稼いで……。あれ?これって、無限ループじゃん。まるで、ゲームの世界でレベル上げして、強い武器を手に入れて、またレベル上げするみたいな。RPGの主人公みたいだ。俺、今日から勇者になろう!勇者ユウキ・ハルト!持ってる武器は、ミノルタCLE。スキルは「転売(リセル)」!敵は……なんだ?魔王?いや、魔王はちょっと違うな。強欲な商人かな?いや、待てよ。その商人からノウハウを買うっていう展開もあるぞ。まるで、勇者が魔王を倒すために、魔王の部下から情報を買うみたいな。いや、それ、勇者じゃなくね?
そんな馬鹿なことを考えていると、スマホが光った。通知には、見慣れない広告が表示されていた。
「中古カメラ転売で、億万長者!」
キャッチーな見出しと共に、満面の笑みを浮かべた男の顔写真が映っている。影山 玲二。なんだか、妙に胡散臭い名前だ。でも、彼の横に表示された数字は、胡散臭さとは裏腹に、現実味を帯びていた。
「月収〇〇万円達成者続出!」「誰でも簡単に稼げる!」「あなたの趣味が、収入源に!」
甘い言葉が、晴人の心に染み渡る。そうだ。これだ。このノウハウを買えば、祖父のカメラを売らなくても、お金が稼げる。好きなだけ写真が撮れる。そして、もしかしたら、このカメラの謎も、この転売の世界で解けるかもしれない。
その時、晴人はまだ知らなかった。この甘い誘いが、中古カメラ市場の深淵へと続く、最初の罠であることを。
そして、その日の夜、晴人は祖父のカメラで、もう一度自室を撮影した。その写真を確認するため、現像に出そうと、初めて気づいた。
レンズの奥に、白く濁った靄のようなものが、かすかに、しかし確かに写り込んでいたことを。
それは、カメラの不具合だろうか?それとも……。
晴人の知る由もない、物語の序章が、静かに幕を開けようとしていた。
【診断結果】
虚実のバランスが悪くて、心肺停止。
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