第22話:白羽学園こわいもの倶楽部
北条亮也は必死に学校の廊下を走っていた。
息を切らせて、もう何度目になるか分からない階段を駆け下りる。後ろを聡が着いてくる。
先程までは茜も共に走っていたが、途中で獣のような声をあげて腹を抱えて傷みだしたので置いてきた。最初こそ痛みに呻く彼女を案じたか、もう数え切れないほど同じ光景を見ていると心配する気にもならない。あれが始まったら茜は置いていく、それが亮也と聡の総意だ。
だが何も置いて行かれるのは茜だけに限った話ではない。
拘束衣に身を包む瀬野勝彦が現れた時には亮也と茜は聡を置いて逃げるし、逆に、水場から溢れた水面とそこから伸びる腕に亮也が捕まった時は聡と茜は振り返りもせず走っていく。
もはや自分以外を気に掛けている余裕はない、なりふり構っていられないのだ。
ただとにかく逃げなければ。この学校から逃げ出さなければ。
だけどどうやって……。
「どこに行けば良いんだよ。どうすりゃ良いんだよ!!」
「と、とにかく逃げましょう。そうすれば、いつか……。いつか」
「いつか何があるってんだよ! ここに来てどれだけ経ったか分かってんのか!」
「そんなこと僕に言ってもどうしようもないだろ!」
怒声をあげる亮也に、負けじと聡も声を荒らげた。このやりとりももう何度目か分からない。
それほどまでにずっと真夜中の校内を逃げ続けているのだ。
実際の時間経過を考えれば、朝が来るどころか何日も、それどころか何週間も経過しているはずなのに。いまだ助けも来ず、朝日すらも昇らない。
その間ひたすら校内を走り、逃げられる術はないかと探しまわり、かつて自分達が殺めた者に捕まり苦痛と恐怖と絶望のなか苦しみながら意識を失い続けていた。一度捕まれば抵抗も懇願も適わず、意識が無くなる瞬間を切望するしかなくなるのだ。
そうして意識を失うと、三階の突き当たりにある空き教室で目を覚ます。こわいもの倶楽部の部室だ。
それを何度も繰り返してきた。数え切れないほど。
シャッターを工具で開けようとしたが叶わず、窓を割って外に出ようとするも窓枠を越えた先はなぜか三階空き教室に繋がっている。職員室の固定電話は繋がらず、非常ベルもどれだけ叩いても音すらしない。自棄になって三階から飛び降りても三階空き教室で目を覚ますだけだ。
ならばと隠れようとしたものの、茜の痛みは場所がどこであろうと彼女を襲い、勝彦も執念深く聡を見つけ出す。唯一亮也だけは水場から離れられればと僅かな期待を抱いたが、水場から溢れた水が亮也の足元まで浸食し、伸びた腕に絡めとられて終わりだった。
つまり逃げ続けるしかない。
もはや万策尽きてやるべき事が何も思い浮かばないのに、恐怖だけは執拗に追いかけてくる。
「どうしてこんな……、ひっ!」
走っていた聡が突然足を止めた。走っている廊下の先に、もう数え切れぬほど見た人影をとらえたからだ。
途端に聡の足が震え出し、弱々しい声が彼の口から漏れる。「もう嫌だ、やめて」とか細い声で訴え、力の入らなくなった足でそれでもと今来た道を戻りだした。
よろよろと覚束ない足を急かしながら走る。無様なその背中を追うのは、焦げた医療用の拘束衣に身を包む勝彦だ。亮也には見向きもせず横を素通りし、右足を引きずりながらも異様な速度で聡を追い詰めていく。
助ける気力も無いと亮也が呆然と立ち尽くしていると、後方から聡の悲鳴があがった。
甲高い奇声にも聞こえる苦痛の声。合間に許しを乞う声が挟まれるが、意味がないことは既に思い知らされている。それでも苦痛のあまりに慈悲を乞うてしまうのだ。
その声もしばらく続くと途絶えた。聡が気を失ったのだ。きっと茜も同じだろう。
だが彼等がこの苦痛から逃れられたわけではない。どうせ三階の空き教室で目を覚まし、また逃げ惑い、捕まるのだ。
「どれだけ逃げればいいんだよ……。もう許してくれ……、ごめん、ごめんなさい」
譫言のように亮也が呟く。
だが謝罪の言葉に返事は無く、まるでその代わりのように、亮也の足元をゆっくりと水が浸していった。
…白羽学園こわいもの倶楽部 了…
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