第1話 再会のチャイム
梅雨の切れ間の夕暮れ。
雨上がりの湿った風が窓の隙間から吹き込み、カーテンの裾を静かに揺らしていた。
家の中には私ひとり。
夫は単身赴任で不在、娘の彩花も大学の寮で暮らしている。
広すぎるリビングは、冷蔵庫のモーター音だけが響き、ますます孤独を際立たせていた。
そんなとき、玄関のチャイムが鳴った。
誰かしらとドアを開けると、そこに立っていたのは──翔太だった。
「お久しぶりです、白石さん」
少し照れたように笑う顔は、かつて彩花と同じ制服で遊びに来ていた少年の面影を残しながら、ずっと大人びていた。
「翔太くん……? 本当に、久しぶりね」
驚きに声が少し震える。
最後に会ったのは、高校の卒業式のあとだっただろうか。
もう一年以上は経っているはずだ。
「実は、近くの予備校に通ってて……。
ここの前を通りかかって、急に思い出したんです」
彼はそう言って頭をかき、少し気まずそうに笑った。
浪人生活に疲れているのか、頬は以前よりも少し痩せて見えた。
「立ち話もなんだし、入っていく?」
自然とそう口にしていた。
寂しさを紛らわせたい気持ちと、懐かしさが重なって、断る理由を探す前に招き入れてしまったのだった。
リビングに入った翔太は、遠慮がちに周囲を見回しながら、彩花の部屋のドアに目を留めた。
「彩花は……元気ですか?」
「ええ。今は大学の寮に住んでるの」
会話の中で、娘の存在が思い出の影のように浮かび上がる。
彼はソファに腰を下ろし、私と向き合った。
以前は無邪気な少年だったはずなのに、今は落ち着いた眼差しでまっすぐにこちらを見る。
その視線に、不意に胸の奥がざわめいた。
──あのとき、玄関を開けなければよかったのかもしれない。
後になって思えば、この再会こそがすべての始まりだったのだった。
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