神明彩香は立ち上がる

第2話 クラスのギャルたち

 朝。登校する人々の足取りは重く見える。

 まぁ月曜日だからな。土日の連休明けで憂鬱になるのが普通だ。


 だが今の俺は少し気分が良い。自転車のペダルをこぐ足が軽い。なぜならあのラノベを読んで気分が高揚しているから。面白かったぞ第三巻。


 日曜日に四、五巻目を購入して、現在かばんの中にはその内の四巻目を入れている。

 授業の合間にある休み時間や昼休みで今日読み終える予定だ。


 並木道を自転車で走り抜け、校門を颯爽と通過し、テニスコート前の駐輪場に自転車を置く。そしていつもより早足で下駄箱まで向かった。


 朝のホームルームまでのちょっとした時間に少しでも読み進めておきたい。


 と思っていたのだが、俺の靴箱付近で話し込んでいる女子たちがいた。邪魔で履き替えられないな。


 一つのスマホを三人で見て、夢中になっているため俺の存在に気が付かない。


「でさ、このミニスカちょー良くない?」

「どう? 彩香あやか?」

「え? えぇーと」


 彩香と呼ばれた女子は即答せず、少し間を空けてから頷く。


「う、うんうん。マジわかるー、良い感じー」


 そしてなんだかぎこちない笑顔で返答していた。

 

 肩まで真っ直ぐ伸びた黒髪。

 制服の着こなしは校則通りで、他二人と比べてスカートは短くないし、ボタンはブラウスどころかカーディガンまでしっかり全部止めている。


 そんな清楚な見た目の彼女、昨日教室に残っていた神明しんめいか。通りで少し見覚えがある。


 彼女を含め三人で楽しそうに話をしているところに俺は近づき、間に口を挟んだ。


「俺、そこなんだけど」

「あっ」


 神明が俺を見るなり声を上げた。

 あとの女子二人が神明に目を向ける。


「ん? どうしたの彩香? 知り合い?」

「え? まぁ……そんな感じ?」

「どっちだよ」


 はっきりしない返事に片方の女子からツッコミが入る。

 そして二人の目線は俺へと移った。

 何やらからまれる予感。教室行ってラノベを読みたいので、早くそこをどいてほしいのだが。


水落みずおちです」


 俺の名前は知らないだろうから先に言っておく。

 予想通り知らなかったみたいで「あー水落か」と、片方が胸の前で手を合わせて納得していた。


「水落は彩香の知り合い?」

「いや、ただ同じクラスってだけ」

「えぇーうっそ、あたしたちと同じクラスなんだぁ」


 ええそうですよ。

 一ヶ月以上も同じ部屋で勉強していたというのに、全く覚えられていなかった。俺も三人の顔と名前覚えてなかったから、他人のこと言えないけどさ。


「ところでそこ、俺の靴箱だから――」

「水落って席どこだっけ?」

「……廊下側の真ん中です。で、そこ俺の靴ば――」

「全然行かないとこだ」

「うちらの知り合い窓側で固まってるもんね」


 話を聞いてくれない……。この人たち一方的に喋るだけだ。内心少し腹が立ってきたぞ。


 で、神明が静かになっている。胸の前で手をいじって、いたたまれなさそうに目を泳がせている。


 普段教室で見かけるときは、今もなお喋り続けているこの二人と、他二人の男子とのグループで仲良く話しているのに。


 っていうか、いい加減そこをどいてほしいな。けれども、もう一度言ったところでかき消されてしまいそうだ。

 もういいや、らちが明かなさそうだし、強引に上履きを取ろう。

 俺は名前も知らないポニーテールの女子の後ろを目掛けて手を伸ばす。


「えっ」


 すれば、驚いた彼女が体を引いて目を丸くした。


「あ、あぁー水落のここだったんだ、ごめんごめん。でも言ってくれればよかったのに」


 ようやく気づいてくれたようで、彼女は笑いながら俺の肩を軽く押す。


 言ってたわボケ。頭の中でそう言い返し、俺は靴を履き替えたあと彼女らを通り抜けて教室へと向かう。


「でさー、水落って一年のときクラスどこだったん?」


 なんでこいつらついてきたの?

 俺の両隣に女子二人がやってきて、一緒に教室まで行く羽目になってしまった。


「A組」

「あっ、A組ならハルちゃん知ってる?」

「知らない」

「じゃあヒロちゃんは?」

「そっちも知らん」


 誰だよハルちゃんとヒロちゃん。


「ちょ、あだ名じゃわかるわけないじゃん」

「それもそっか」


 もう一人の方から指摘を受けて言い直そうとしていたが、今度は俺が彼女の声をかき消して強引に話す。


「いや、どっちにしろ知らないから。俺友達いないし、知り合いもいない」

「えー? そんなのあるかっての。水落って結構面白いこと言うんだね」


 なんか冗談だと思われてるなこれ。この人たちにとって、一人ぼっちって都市伝説かなんかだと思ってるのかな。

 普段からずっと人と一緒にいるから、俺のようなボッチを想像できないのだろう。

 また俺も、彼女らのような友達たくさんで日常生活を送るなんて想像ができない。

 住む世界ってのが違うんだろうな。同じ学校、同じ学年で同じ教室にいるというのに。


 ところで神明のやつ、本当に何も喋らなくなったな。それに横に四人並ぶのではなく、一人だけ後ろからついてくるような形で歩いている。やや顔が俯き加減のその姿が少し挙動不審で気味が悪い。


 神明がストーカーか何かだと間違われてしまう前に教室に入る。


「じゃあ水落ー、またねー」

「ばいばーい」


 二人に手を振られて、俺も思わず振り返す。

 そうしてあの名前も知らぬ二人と神明は窓側の席へと向かった。


 要らん時間を過ごしてしまったな。


 俺は自分の席に着くと、早速本を開いて、短い時間だったが読書にふけった。

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