第29話 素直に始めから認めなさいよ

「ふーん、あんたのじゃないなら誰のなの?」


「父さんのだろ」


「本当かしら?」


「ああ、昔から父さんは本屋で成人向けコーナーによく入ってたから間違いない」


 この質問がとんでくることは想定内だったため、俺は特に動揺することなくそう答えた。父さんを売ることにはなってしまうが可愛い息子を守るためならきっと喜んで犠牲になってくれるはずだ。


「おじさんがギャル物とか委員長物、妹物、幼馴染物なんて読むかしら? 全然そんなイメージはないんだけど」


「どんなイメージを持ってるかは知らないけど、父さんもしっかり男だから」


 俺は何のためらいもなくそう答えた。この窮地を何としても脱したい俺はこのまま全ての罪を父さんになすりつける方向で強行突破するつもりだ。ちなみに買ったエロ漫画のジャンルに関しては特に深い意味はない。だって表紙だけを見て適当に買っただけだし。


「じゃあおじさんに確認させてもらうわね」


「……えっ?」


 紗奈は机の上に置いていたスマホを手に取るとエロ漫画の写真を撮る。そしてそのままLIMEアプリを立ち上げ誰かとのチャットルームを開く。相手のアイコンには見覚えしかない、間違いなく俺の父さんだ。


「ちょっと待て、何で父さんのLIMEアカウントなんか知ってるんだよ!?」


「普通に交換したからだけど? 時々メッセージのやり取りもしてるわ」


「いやいや、いい年したおっさんがJKとLIME交換したあげくやり取りまでしてるとか普通に犯罪だろ」


 俺が隠し持っていたエロ漫画なんか比べものにならないくらいのスキャンダルに違いない。身内から性犯罪者が出るのは嫌なんだけど。


「あっ、おじさんの名誉のために言っておくけど交換を頼んだのは私だから。おばさんって朝からいないこともあるじゃない、その時に家の鍵を開けてもらうために交換したのよ」


「あっ、そういう理由か」


 母さんはパートの関係で父さんよりも早く家を出ることも多々ある。そして俺は朝に弱いため紗奈が迎えにきても寝ていることが少なくない。だから消去法で父さんに鍵を開けてもらうことにしたのだろう。


「ってわけで早速おじさんに確認させてもらうから」


「ま、待て」


「そんなに慌ててどうしたのよ、もしかしたら何かまずいことでもあるの?」


「いや、多分父さんは絶対否定するから聞いても無意味で時間の無駄にしかならないと思ってさ」


 まあ、実際に自分のものだったとしても否定するだろうが。女子からこんな質問をされるなんて一部のマニア以外は悪夢でしかないはずだ。


「あっ、そうそう。そう言えばエロ漫画の中にこんなのが挟まれてたんだけど」


 そう言って紗奈が見せてきたものを見て俺は完全に固まる。それはネット通販サイトの領収書だったのだが、お届け先に俺の名前がしっかり書かれていたのだ。

 ゴミ出しのタイミングなどで母さんにエロ漫画を買っていたことがバレたらまずいと思って挟んで隠していたのをすっかり忘れていた。


「まあ、でも春人がおじさんのって言うんだから聞くしかないわよね」


「俺が買ったって認めるから勘弁してくれ……」


 ニヤニヤする紗奈を見て全てを悟った俺は潔く認めることしか出来なかった。どうやら俺は今まで完全に紗奈の手のひらの上で踊らされていたらしい。


「素直に始めから認めなさいよ」


「流石に女子にエロ漫画バレするのは恥ずかし過ぎるから」


「春人の一番の失敗は英和辞典のケースの中に隠してたことだと思うわよ、問題の和訳で使おうと思って本棚から取ったらこれが入ってたから私もびっくりしたわ」


 なるほど、エロ漫画を隠すために行った偽装工作が裏目に出てしまったようだ。母さんなら絶対英和辞典なんて本棚から取らないと思って油断をしていたが、確かにここ最近勉強を頑張っている紗奈なら普通にあり得る。今回の一件は完全に想定が甘かったと言わざるを得ない。


「それとこれは没収するから」


「あっ、おい!?」


 机の上に置かれていた四冊のうち三冊は没収されてしまう。没収されずに済んだのは幼馴染物のエロ漫画だけだった。


「流石に全部没収するのはあまりにも可哀想だと思ったからそれだけは特別に許してあげるわ」


 そう言って紗奈は没収した三冊をカバンの中にしまう。今生の別れをすることになってしまったため悲しいが、全部没収されずに済んだことだけは良かったと思うしか無さそうだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る