第4話



土曜日の朝、莉子の家で目を覚ました楓は、莉子に「今週末もまた遊ぼう?」と尋ねた。


莉子は小さく頷き、楓は嬉しそうに莉子の腕に抱きついた。それから一週間、私の頭の中は、そのことばかりでいっぱいだった。


そして、待ちに待った土曜日がやってきた。


私は、約束の時間より少し早めに駅に着いた。今日の私服は、黒のワイドパンツに、白いシンプルなTシャツ。その上に、グレーのパーカーを羽織っている。どこまでも無難で、私らしい服装だ。


駅の改札で楓を待っていると、人波の中から、ひときわ明るい笑顔がこちらに向かってくるのが見えた。


「莉子〜!ごめん、待った?」


楓は、私の前に立つと、にっこりと笑った。今日の楓は、白いフリルブラウスに、ふわっとした膝丈の紺色のスカートを履いている。足元は、白いスニーカーだ。いつもの元気いっぱいの楓らしい、可愛らしい服装だった。


「大丈夫」


私はそう答えたが、内心では、その可愛らしさに、心臓が跳ね上がっていた。


「ねぇ、莉子。今日はどこ行くの?」


楓が、私の腕を掴んで、尋ねる。


「県立図書館」

「え〜、図書館?つまんなくない?」


楓が、少しだけ不満そうな顔をする。


「来週、期末試験があるでしょ。勉強しなきゃ」


私がそう言うと、楓は、少しだけ拗ねたような顔をした。


「え〜、でも、せっかくのデートなのに……」

「デートじゃない」

「もう、素直じゃないなぁ」


楓はそう言いながら、私の手をぎゅっと握りしめた。その温かさに、私の胸は、満たされていく。


県立図書館は、駅からバスで10分ほどの場所にあった。バスを降りると、目の前には、荘厳な石造りの建物がそびえ立っていた。


「わぁ……すごい!なんか、お城みたいだね!」


楓が、目をキラキラさせている。その姿が、あまりにも可愛くて、私は、フッと笑ってしまった。


図書館の中は、静かで、厳かな空気が流れていた。私たちは、二階の自習室の席に座り、それぞれ参考書を広げた。


「ねぇ、莉子。この問題、わかんない〜」


楓が、私に数学の問題集を差し出してくる。


私は、楓が指差す問題を見て、丁寧に解説した。楓は、私の解説を真剣な眼差しで聞いている。その真剣な表情も、私には愛おしかった。



しかし、勉強が始まって数十分も経つと、楓の集中力は切れてしまったようだ。


「ねぇ、莉子。疲れた〜」


楓が、そう言って、私の肩に頭を乗せてきた。


「ちょっと、やめてよ。ここは図書館だよ」

「いーじゃん。誰も見てないし」


楓は、そう言って、さらに私に体重をかける。私は、楓の髪から香る、甘い匂いに、心臓がドキドキするのを感じた。


「ねぇ、莉子。もしかして、ドキドキしてる?」


楓が、ニヤニヤしながら、私をからかう。


「してない」

「え〜、嘘つき。だって、莉子の顔、ちょっと赤いよ?」


楓は、そう言って、私の顔を覗き込む。私は、楓の顔が、あまりにも近くて、息を止めた。


「ねぇ、莉子。もっとドキドキさせてあげようか?」


楓は、そう言って、私に体を密着させてきた。楓の大きな胸が、私の腕に、グッと押し付けられる。私は、その柔らかさに、全身が硬直した。


「ねぇ、莉子。この感触、どう?」


楓が、悪戯っぽく、私に囁く。私は、もう、どうしようもなかった。このままでは、私は、理性を失ってしまう。


私は、意を決して、楓の首元に、背後からキスをした。


楓の体が、一瞬、ビクリと震えた。そして、そのまま、固まってしまった。


私は、その楓の姿を見て、内心、やってしまった、と後悔した。こんな静かな場所で、何を考えているんだ。私は、楓を怒らせてしまったかもしれない。


しかし、楓は、怒っていなかった。楓は、ゆっくりと、私の方を向いた。その顔は、真っ赤に染まっていた。


「り、莉子……」


楓の声は、震えていた。その瞳は、涙で潤んでいる。


私は、何も言えなかった。ただ、楓の顔を、じっと見つめることしかできなかった。


「……ずるい」


楓が、そう呟いた。


「ずるいよ、莉子……そんなこと、するなんて」


楓は、そう言って、自分の首に、手を伸ばした。その顔は、照れと困惑が混ざっていた。


(ああ、このまま、時間が止まればいいのに……)


なんてことを考えてしまう。でも、本当にそう思ってしまうくらい、私にとってこの瞬間は、何よりも大切な時間だった。


私たちは、その後、一言も話さずに、勉強を続けた。しかし、私たちの間には、先ほどまでとは違う、甘い空気が流れていた。


勉強を終え、私たちは、図書館を出た。外は、夕焼けに染まり、とても綺麗だった。


「ねぇ、莉子。今日は、ありがとう」


楓が、そう言って、私に微笑んだ。


「……こちらこそ」


私は、精一杯の勇気を出して、そう言った。楓は、その言葉に、また、満面の笑みを浮かべた。


「莉子、大好きだよ」


楓が、そう言って、私の手をぎゅっと握りしめた。その温かさに、私の心臓は、激しく高鳴った。


私は、このまま、どこまでも、楓と一緒に歩いていける気がした。楓の隣にいるだけで、私の世界は、色鮮やかに輝き続ける。


けれど、私はまだ彼女に好きだと伝えていない。


その日が来るのを待つか、それとも、私がその日をつくるのか。

私には悩ましいことだった。








図書館で急に莉子に首筋にキスをされた日。あの甘い衝撃は、今でも鮮明に胸に残っている。


莉子の無口な愛情表現は、いつも私の予想をはるかに超えてくるのだ。


その図書館での出来事から、私の「誕生日」はもうすぐそこまで迫っていた。


莉子が、私の誕生日プレゼントを何にしようか悩んでいることは、私にはお見通しだった。


いや、もうバレバレなのだ。


放課後、私が教室でクラスメイトと話していると、莉子はいつものように無表情で私のことをじっと見つめている。


ところが、私が「莉子、どうしたの?」と声をかけると、彼女はギクリと肩を震わせ、慌てて視線を逸らすのだ。その不器用な挙動が、私の胸をくすぐる。


(ふふ、莉子ったら、分かりやすすぎだよ〜)


ある日の放課後、私は莉子がクラスメイトにコソコソと話しているのを目撃した。


「……桜井さんに、何かプレゼントをあげたいんだけど……」

「へぇ、莉子ちゃんが。なんか意外〜」

「何がいいかな……」


私は、その会話を聞いて、思わずニヤニヤしてしまった。莉子が、私のために、一生懸命プレゼントを選んでくれている。その事実が、私を幸せな気持ちにさせてくれた。


しかし、莉子は、どうにもプレゼント選びが苦手なようだ。


「莉子、なんかさ、最近、スマホばっかりいじってるね?」


私がそう言うと、莉子は、慌ててスマホを隠した。その慌てぶりは、まるで犯罪を犯したかのように、分かりやすかった。


「……誕生日プレゼントを、探してた」


莉子は、観念したようにそう言った。その素直さに、私は、胸がいっぱいになった。


「そっか。私のために、ありがとう」


私がそう言うと、莉子は、少しだけ顔を赤らめた。その顔も、私には愛おしかった。


「ねぇ、莉子。プレゼント、まだ決まってないんでしょ?」


私がそう尋ねると、莉子は、小さく頷いた。


「じゃあさ、私、莉子にプレゼントとして欲しいものがあるんだ」


私がそう言うと、莉子は、目を丸くして、私を見つめた。


「な、なに……?」

「莉子、そのもの」


私がそう言うと、莉子は、一瞬、固まった。そして、そのまま、顔を真っ赤にして、下を向いた。


「へ、変なこと言わないで」

「変じゃないよ。私、莉子のことが大好きだから。一日中、莉子を独り占めしたいんだ」


私の言葉に、莉子は、何も言えなかった。その様子を見て、私は、勝利を確信した。



そして、待ちに待った私の誕生日当日がやってきた。

私は、朝から莉子に連絡を取り、私の家に遊びに来るように言った。莉子は、少しだけ戸惑っていたようだが、結局、承諾してくれた。


莉子が、私の家のチャイムを鳴らした。

私がドアを開けると、そこには、少しだけ緊張した面持ちの莉子が立っていた。


「お、お誕生日おめでとう……」


莉子が、小さな声でそう言った。その声の響きに、私は、胸が締め付けられる思いがした。


「ありがとう、莉子!中に入って!」


私がそう言って、莉子を部屋に招き入れた。莉子は、おずおずと部屋に入ってきた。


緊張している莉子が可愛い。


そんな顔してても、今日は独り占めすると決めたから、遠慮なんてしないよ。


「ねぇ、莉子。私、もう一つ、プレゼントが欲しいんだ」


私がそう言うと、莉子は、首を傾げた。私は、にんまりと笑い、奥の部屋から、大きな箱を持ってきた。


「じゃーん!これが、もう一つのプレゼントに化けるのさ!」


私がそう言って、箱を開けると、中には、真っ黒な生地と、白いエプロン、そして、レースで縁取られたカチューシャが入っていた。それは、クラシカルなメイド服だった。


「え……?」


莉子が、目を丸くしている。その姿が、あまりにも可愛くて、私は、もう、どうしようもなかった。


「莉子、これ、着てくれないかな?」


私がそう言うと、莉子は、顔を真っ赤にして、首を横に振った。


「や、やだ」

「なんで?私のお願い、聞いてくれないの?」

「そ、そういうわけじゃ......」

「じゃあ、私が着せてあげるね!」


私がそう言って、莉子に近づいた。莉子は、少しだけ抵抗したが、結局、観念したように、目を閉じた。


私は、莉子の服を脱がせ、メイド服を着せていった。黒いワンピースは、莉子の白い肌に、とてもよく似合っていた。白いフリルが、莉子の首元を飾る。そして、白いエプロンを、莉子のウエストに巻いた。最後に、レースのカチューシャを、莉子の頭に乗せた。


鏡の前に立たせると、そこに映っていたのは、完璧な、メイド姿の莉子だった。


「わぁ……」


私は、思わず、感嘆の声を上げた。莉子のダウナーな雰囲気に、クラシカルなメイド服が、とてもよく似合っていた。そのギャップが、私を興奮させた。


「似合うよ、莉子。超可愛い!」


私がそう言うと、莉子は、顔を真っ赤にして、下を向いた。


「ねぇ、莉子。今日一日、私のメイドになってくれないかな?」


私がそう言うと、莉子は、戸惑ったような表情をした。


「そ、そんなこと……」

「いいじゃん!私のお願い、聞いてくれるでしょ?」


私の断固とした態度に諦めた莉子は、小さく頷いた。


「うん」

「じゃあ、ご主人様、って呼んで?」


私がそう言うと、莉子は、また顔を真っ赤にして、首を横に振った。


「そっ、そんな。や、やだ」

「え〜、『お願い』、聞いてくれないの?」


私がそう言うと、莉子は、何も言えなかった。その様子を見て、私は、ニヤリと笑った。


「じゃあ、ご主人様、って呼んでくれるまで、離さないよ?」


私がそう言って、莉子に抱きついた。莉子は、私の腕の中で、体を硬直させた。


「ご、ごしゅ……」


莉子の声は、震えていた。その震えが、私を興奮させた。


「ごしゅ……じん、さま……」


莉子の声は、とても小さくて、でも、私には、その言葉が、とても愛おしかった。


「はい!よくできました!」


私がそう言って、莉子の頭を撫でた。莉子は、恥ずかしそうに、私の胸に顔を埋めた。




その後、莉子に、様々なことをさせた。


「ねぇ、莉子。お菓子、あーんして?」


私がそう言うと、莉子は、無言で、クッキーを私の口元に運んでくれた。私は、そのクッキーを一口食べて、満面の笑みを浮かべた。


「美味しい!莉子がくれるクッキー、最高!」


私がそう言うと、莉子は、少しだけ顔を赤らめて、下を向いた。



「ねぇ、莉子。膝枕して?」


私がそう言うと、莉子は、無言で、私の頭を自分の膝に乗せてくれた。私は、莉子の膝の温かさに、心地よさを感じた。


「莉子、大好きだよ」


私がそう呟くと、莉子は、何も答えなかった。でも、その手で、私の髪を優しく撫でてくれた。その優しさに、私の心は満たされていく。


夜になり、メイド服を着たままの莉子と、私は、二人で、ベッドに入った。莉子は、恥ずかしそうに、私の背中に顔を埋めている。


「莉子、今日は、ありがとう。最高の誕生日だったよ」


私がそう言うと、莉子は、何も言わなかった。でも、その手が、そっと、私の手を握りしめた。


私は、その温かさに、胸が締め付けられる思いがした。莉子の不器用な愛情が、私を、この上なく幸せな気持ちにさせてくれた。





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