第13話 「出発」

 翌朝、黒白は前日までとは違い、日が昇り切ってから目を覚まし。

「そうか今日は物資調達に行かなくても良いのか」

 今日は危険な思いをしなく良い事に安堵あんどしていた。

 少しの間外を眺めた後に、空腹になっているのを感じ、軽く身支度をしてから炊き出しに向かうのだった、校門前に着くと良い匂いがし始め。

「この匂いはカレー?」

 その匂いの正体は沢山の香辛料を使用し、肉や野菜を限界まで煮た、食欲をそそる匂いがしていた、周辺に居る人は全員避難所に居るが、どこかで身を潜めている可能性も考えられるが、この匂いには太刀打ち出来ない…それほどまでに良い香りだ、匂いに釣られ外に出ると、今日も結月達が炊き出しを手伝っていた。

「おはよう、黒さん」

 黒白の姿に一早く気が付いた結月が挨拶をすると、黒白もすぐに。

「結月さん、おはよう」

 挨拶を返し。

「大野さん、大島さんもおはよう」

 凛香と瑠奈の二人に気が付いた、黒白は二人にも声を掛けると。

「そろそろ、私も結月みたいに名前で呼んで欲しいかもなぁ、瑠奈は?」

 不服そうに凛香が呟き。

「私はどちらでも、でも私はこれから不破さんの事を黒さんて呼ばせてもらおうかな」

 少しだけ照れくさそうしており。

「私もこれから黒さんて呼ばせてもらうけど良い?」

 瑠奈に先を越されたと感じたのだろうか、凛香も同じように呼ぶと言っていて、二人のやり取りを見ていた黒白は静かに微笑んでいた、結月達三人の仕草や声はどこか黒白が推していた三人の言動に似ており、懐かしさやあの時の楽しかった記憶を彷彿ほうふつとさせるのだった。

「ちょっと二人とも今はお仕事しないと」

 結月が二人を指摘すると。

「「ごめん」」

 二人は反省している様子で。

「いつか、全てが元に戻ったら、また会いたいな」

 三人の明るさや行動を見ていて、元気づけられていた黒白はそっと願いを呟くのだった。

「黒さんどうしたの?何か言った?」

 黒白の声が聞こえた気がした結月は不思議そうに聞いてきたが、黒白はそっと微笑みながら。

「いや、なんでもない」

 返し、しばらく考えた後に。

「さすがに呼び捨てはどうにも慣れないから、今後二人の事は凛香さん、瑠奈さんと呼ばせて、二人が良ければだけど」

 照れくさそうに言うと。

「わかった、お願いね黒さん」

「わかりました」

 表情には出さない様にしていたが、それでも二人は嬉しそうにしており、その時間の炊き出しの食事は心なしか食事が多く入っていたらしい。

「はい、黒さんの分」

 黒白も自身の分を受け取り、人気ひとけの無い場所で食事を取り終え、容器を戻しに行く途中、家族の姿が人混みの中に見え、咄嗟とっさに身を隠した、黒白自身今までの行動に後ろめたさは無いのだが、家族に対しては心のどこかで罪悪感があり、避難所では一切合わないようにしていた、それでも互いに人伝ひとづてではあるが、安否の確認は出来ていた、それでも黒白が徹底的に避けている事もあり家族は黒白と会えずにいた、会えたのは漆夜しつやが一度だけで、あれ以来一度も会えていない、それでも何度か黒白の姿を確認し会おうと接近するのだが、一瞬の内に姿を消してしまうのだ、そして今も両親・弟である漆夜の姿を見つけ姿を隠し三人が居なくなるまでの間、見つからない様にしているのだった。

 三人が校内に入ったのを確認すると、黒白は直ぐに動き出し、結月達の元へ行き容器を返却し

「ご馳走様」

「黒さんこの後は?」

 返却した際に結月と瑠奈の二人は別の事で手が離せなかった為、凛香が質問すると二人は作業をしつつ、聞き耳を立てていた。

「今日はこの後、周囲を警備するつもり、昨日のバリケードも気になるし、他にもヤツらの侵入経路が無いかを調べるつもり……特に無ければ、後は休んでいるかな」

 黒白が落ち着いた様子で返答すると、凛香の後ろから声がした。

「その方が良いだろうね、この娘たちもそうだけどあんたは働き過ぎだ、休める時に休んで置かないといざと言う時に動けなくなってしまうよ、もしも他の連中が休んでいるあんたに文句を言って来たら、私たちに言いな、そいつらはしばらくの間、夕飯抜きにしてやる」

 黒白が顔を上げるとそこに居たのは静だった。

「ええ、今日はゆっくり休ませてもらいます。明日からまた忙しくなると思うので」

 黒白の返答の意味を理解している結月は少し悔しそうに唇を噛んでいたが、周りの人々は物資調達の事だと思い何も言わなかった、しかし静は謎の違和感を感じていたけれど周囲が何も言わなかった事、それに結月達三人も何も言わなかった事から勘違いだと思い、気にすることは無かった。

「そっか、そうだね、黒さんもここに来てから、物資調達とかで頑張っていたから、きょうはゆっくり休んで」

「そうだね、凛香と静さんの言う通り、ゆっくり休んでくださいね」

 凛香と瑠奈の二人も黒白にねぎらいの言葉を掛けた。

「黒さん、ゆっくり休んでね」

 結月もまた二人同様に言うのだが、『忙しくなる』の意味を知っている彼女が言う言葉にはどこか心配している様な雰囲気も感じられるのだった、ねぎらいの言葉を掛けてくれる彼女達に。

「ありがとう、そうするよ」

 黒白は感謝を伝え、そのまま警備に向かった、黒白は周囲に異常が無いか確認をしながら昨日、バリケードとして駐車した車の状態も確認し、他にもヤツらが侵入してくる隙間が無いかの確認も念入りにしていると一体のヤツらが車にぶつかっている音が聞こえて来た。

「念の為、始末しておくか」

 警備のかたわら、黒白は慣れた手つきで車の上から、鉈を使い、倒す事に成功した、それを後ろから見ていた警備の人々が驚いた様子で黒白の事を見ていた。

「すごいな、お前」

 これと言った面識が無かった事もあり、黒白は。

「大した事ないだろ、何度もヤツらと対峙たいじしていれば、このくらい造作もない」

 素っ気なく返すと、皆は自身が無さそうにしていた、その様子を見て、大きく息を吐いた後に。

「世界がこんなことになっているんだ、少しでも戦う力を身に着けていた方が良い、じゃないと守りたい人が居ても守れない」

 落ち着いた様子で告げると、黒白はそのまま警備に戻った、そして異常が何も無いのと抜け道になりそうな場所が無いのを確認した後に、遺体を埋めている場所へと向かい、恩師の眠っている場所に立ちそっと手を合わせるのだった。

『先生、俺は一度ここをつよ……一度は戻って来るけど、それ以降は戻ってこないと思う…だから、今日はお別れを言いに来た、本当にありがとう、先生の教えは忘れない』

 黒白はそっと心の中で伝えていた……伝え終え、辺りを見渡して見ると、いつの間にか空は、夕焼けで赤く染まっており。

「あと何回、こうやって空を見上げる事が出来るだろうか」

 一人静かに空を見上げながら今日までの事を思い出し、感傷かんしょうひたっていた、それでも思いだすのは嫌な記憶ばかりだった、それでも今の自分を助けてくれる人がいる、自分のこの手が、血塗ちぬられてしまっていても、それに対しありがたい思いもあるのだが、少しだけ申し訳ない気持ちになってしまう部分も少なからずあった、それでも黒白は前に進むと決めた、たとえそれが茨の道であっても、会いたい人がいるからだ……それに黒白をしたい、信じる事に決めた人だっている、理由は明確だ今まで実際に会った事は無かったが、今回初めて黒白の人となりを知り、文字とアイコンだけの繋がりだった黒白の事を信ずるに値すると感じた人が少なくても三人存在する、そして黒白の行動を見て、実際に一緒に行動した事で、共に行こうと決めた人も存在する、今後彼らがどのような目に合うかはまだ分からない、困難も付きまとうだろう、新たな出会いもあるだろう、もちろん別れもあるだろう……黒白は様々な思いを抱えながらも早朝に備え、校舎に戻って行った。

 昇降口まで行くと、丁度良く渡井達が帰って来ており、それに気が付いた黒白は渡井達の方に近づいて行き。

「渡井さん、皆もおかえり」

 黒白が近づいて来た事に気が付いた辰巳と渡井は。

「今帰りました」

「ああ、ただいま」

 二人以外は皆、疲れた様子で。

「どうでした?」

 皆の状態を見た黒白は何となく分かっていたが、質問して見ると。

「やはり大変だったよ、今までは本当に黒白君に頼りっきりだったからね、おかげで黒白の負担がどれほどだったか痛感したよ」

 渡井は気落ちしながらも今回の課題点を思い浮かべながら話していた、チームで行動する際の個々の役割、周囲を常に警戒する慎重さ、正確にヤツらを倒す事、今回は何とか一人も欠ける事無く帰って来る事は出来たが、何度か危うい状態におちいっていた、それでもどうにか辰巳や渡井がカバーしていた事もあり事なきを得ていたのだ、今まで黒白が何とかして危険を回避していたのを、今回物資調達に行ったメンバーは痛感していた。

「それでも、無事で帰って来られたのであれば良い事だと思いますよ」

 黒白なりに励まそうと思い声を掛けると。

「そうだな、しばらくは今日と同じメンバーか少しだけ変えて行動していくさ」

 その必要も無いほどに渡井は前を向いていた。

「分かりました。俺はちょっと眠いのでこの辺で失礼しますね。他の誰かに聞かれたら、どこかで寝ているって伝えてください」

 落ち着いた様子で伝えると、黒白は軽く会釈をしてから、その場を後にするのだった、その様子を見ていた、渡井と辰巳の二人は不思議そうにしていたが、とくに気にする様子も無く、そのまま持ってきた物資を分け始めるのだった。

 そして夜になると黒白が起きて来る事は無く、いつもの場所でゆっくりと睡眠をとっているのだった、黒白の姿が無い事を気にした人々が辰巳や渡井に聞いて見ると。

「今日はどこかでゆっくり休んでいるんだと思いますよ、色々頑張っていたので疲れたのでしょう」

「疲れた様子だったからどこかで休んでいるんだと思うぞ」

 と黒白にそう言って欲しいと頼まれた通りに伝えていた、黒白の事を聞いて来た人々は、黒白に謝罪したい気持ちがあり、彼を探していたのだがその気持ちは黒白が帰って来るまで伝える事は困難だろう。

 

 早朝、黒白は屋上から以前工務店から持って来た、双眼鏡を使い警備の巡回じゅんかいルートを見極め、行動を開始したのだった、校内を警備している人は、三階は0人、一・二階は二組と別れていた、三階が何故警備が0人かと言うと、そこに人が居ないからだ、黒白も屋上のロータリーで休息を取っている為、誰かが昇って来る可能性はまず無い、来るとしても結月達3人くらいだ……そして黒白は階段を下りながらも、誰かが近くに居ない事を慎重に確認しながら、何とか昇降口まで辿たどり着く事が出来た、しかし玄関ドアを開こうとすると、そこは鍵が掛かっており黒白は空けることが出来なかった。1分にも満たない時間悩んでいると。

「私が開けようか?」

 と声が聞こえて来た、黒白が驚き後ろを振り返ると、そこに居たのは結月だった。

「どうしてここに?」

 出発する日取りは伝えていたが、時間までは伝えていなかったので驚いていると。

「昨日、渡井さんに黒さんの事を聞いたら、今日は休んでいるって言ってたから、もしかしてと思って」

 その説明を聞き、昨日の行動でここまで察知することが出来た事にも驚いていた。

「それに、このまま行くとお腹も減っちゃうと思って……」

 結月はそう言い、一つの袋を手渡して来た、黒白が中を見て見るとそこにあったのは、お握りが4個と1本のお茶が入ったペットボトルだった、それを見た黒白は笑みを浮かべて

「ありがとう、本当に嬉しいよ」

 黒白は結月の心使いに心の底から感謝し。

「うん……その代わり、絶対に無事で帰って来てね」

 結月は涙を浮かべながらも、黒白の感謝を受け取り、音が鳴らない様に注意しながら、鍵を開けた、扉が開いた瞬間に黒白は急いで外に出たが完全に出る前に。

「必ず戻る、結月さんも気を付けて……それと、俺が寝ていた場所に物資と手紙を隠してある、武器も入っているから、何か起きた時に、自分を守れるように使って」

 見つからないようにしていた事もあり、少し早口になっていたが、伝えたい事を全て伝え、扉を閉める直前に。

「行って来ます」

 少し照れくさそうにしながらも最後に伝え、結月もまた。

「行ってらっしゃい」

 照れくさそうに……と言うよりは、黒白の安全を願った様子で、聞こえないと分かっていたが、静かに優しく言うのだった、黒白の姿が見えなくなってから結月は体育館に戻って行く道中、一度立ち止まり黒白と会ってからの事を少し考え心のどこかで彼の事を心の支えにしていた事に気が付いた、そんな彼女の頬には涙が流れていたが。

「こんなことで泣いていたら、黒さんに笑われちゃう」

 結月は涙を拭い戻って行った。

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