第5話 「もう一つの恐怖」

 黒白が体育館の扉を開くと周辺に居た人達は先日、黒白が起こした騒ぎを見に来ていた人達で、周囲に対して何の詳しい事を何一つ伝えずにただ一言『人殺し』とだけ伝え、それを周りに広めていた、その中の一人が

「あんた、ここに何しに来たんだ!ここは、あんたみたいな人殺しが来る所じゃ無い‼今すぐ出ていけ!」

 声を荒げると、その言葉は体育館中に響き渡り、ほとんどの人は黒白の事を、怯えをにじませた視線で見ていた、黒白はここに居る人達も以前のクラスメイトの様に、ろくに調べようともせず、言葉だけを鵜呑うのみにする人ばかり何だと、落胆しつつも、なんとなく予想がついていたのか、そのまま鍵が開かない体育館倉庫へと歩きだした、向かっているさなか周囲からは、

「怖い」

「嫌だ」

「出て行って欲しい」

 口々に、心無い言葉を浴びせている最中、見覚えのある女子高生が二人、黒白の傍にあゆみ寄っていた、その二人を見ていた人々は

「危ない!」

「危険だ!」

「近づくな!」

 声を上げていたが二人はその声を無視し、歩みを止める事は無かった、その二人の後ろに続き、彼女たちの親なのだろう二組の夫婦と思われる人達も一緒に近づいてきた、黒白は歩くのを止め六人が彼の前で立ち止まると、二人の女子高生の正体は黒白、海斗と共に高校から脱出してきた、和田麗奈と加藤芽衣の二人だった、二人は。

不破ふわ君がいなかったら私たちはここまで逃げれずにいたと思う」

「私も麗奈の言う通りだと思うそれに不破君がいてくれたから、私たちも、黒田君もここにはいなかったと思う、だから」

 必死に伝えてくれた後に、後ろにいた二組の夫婦も。

「娘を助けてくれて本当にありがとう」

 感謝を伝えた後に六人は頭を下げ、再び感謝を伝えてから黒白の元を去るのだった。

 その後黒白は、体育館倉庫の鍵を開けるべく、鍵穴をいじるのではなく、扉本体を動かし始め、数回上下に動かしていると小さな金属音がした、すると体育館倉庫の鍵は開き中に入る事が出来た、中には戦闘に使えそうな物は無かったが、避難所生活をする上でこのスペースは乳幼児がいる家庭や、備蓄を貯めて置くには十分使えるスペースだ、黒白は中の状態を確認した後に戻ろうとすると、体育中に女性の声が響き渡った

 その方向を見てみると、そこには調子が悪いのか、力なく横たわる子供の姿があり、すぐ傍にいるのは母親なのだろう、必死に何度も何度も子供の名前を呼び続けていた、付近に居た人々は、下の階にいる医者か看護師と言った医療従事者の人に声を掛けに行っており、近くにいる人達は脈をとっていた、しかし呼吸が無くなったのだろう懸命けんめいに心臓マッサージを繰り返していたが、心肺が蘇生する事は無くその子供は静かに息を引き取ったのだった、その様子を見ていた母親は落胆し付近に居た大人たちは女性を心配していた、黒白も一部始終を見届けた後に体育館から出て行こうとしたその時

「動いたぞ!まだ生きてる!」

 声が響いた、体育館に居たほとんどの人たちは奇跡だと喜んでいたが、黒白や麗奈、芽衣の三人は違った、三人は外で死んだはずの人間が他の人たちを襲っている姿を何度も見ているからだ、麗奈と芽衣の二人は、急ぎ両親にこの場から逃げようと声を掛けていたのだが、二人の両親も事の重大さを理解していないのか逃げようとせず、それだけでは無く子供の傍に行こうとしていた

「ダメだってば、急いで逃げないと」

「お父さん、お母さんてば!」

 二人は必死に両親と逃げようとしていて、黒白もまた急いで子供の傍に走って行った、黒白が子供の姿を視認し、その姿を捉えると、その子供は黒白の予想通り、人では無くヤツらへと変異へんいしていた、母親は子供が生き返った事を喜び抱きしめようとしたが、黒白が咄嗟とっさ

「今すぐそいつから、離れろ!」

 叫んだ!

 母親が子供の方を見てみると、その子供は母親に噛みつく瞬間に黒白が叫んだ事で、何とか噛まれずに済んだが、子供が変貌した姿を見て周囲の人々はパニックにおちいり、母親は懸命に子供の名前を呼び続けるが、正気に戻る事は無く周囲を襲おうとしていた、人々は何とか逃げる事が出来ているが、このままでは感染が拡大するのは時間の問題と考えた黒白は、倒れた女性を襲おうしていたそいつの腹部を蹴り上げ床に倒すと、隠し持っていた包丁でそのまま頭部を刺し倒す事が出来た……

 付近には血だまりが出来、その中心には黒白と変異し倒れた子供の遺体がそこにあった

 騒ぎを聞きつけた海藤、渡井そして、篠原の三人が駆け付けた時には事態が収束しゅうそくしてはいたが、騒ぎの中心に居た黒白の姿を見つけると、三人は周囲よりも先に黒白の元に歩み寄った

「とりあえず、あなたはこっちに来なさい」

 放心状態になっている黒白を篠原は海藤の手を借り、体育館の外に運び出した。

 黒白を篠原が介抱かいほうしている姿を確認すると、渡井は周囲の人たちに何があったのか確認していた、様々な憶測おくそくも飛び交っていたが、共通しているのは死んだはずの子供が、突如起き上がり周囲を攻撃し始めたという事、そして黒白が逃げるようにうながした後に起き上がった子供を殺したという事だった。

 聞き取りが終わると辰巳も騒ぎを聞きつけたようで、体育館に到着した、そして渡井の元に駆け寄り、辰巳が子供を外に連れて行くと告げた後に、黒白の容態を心配していたが、落ち着きを取り戻した黒白を海藤に任せ、二人の元に来た篠原に無事を伝えられると辰巳は子供の遺体をそっと持ち上げ、人目につかない様に外に連れて行った、辰巳が歩きだす際に渡井が。

「あの人に着いて行きたい人がいるのであれば着いて行って下さい、こくだとは思いますが、今後私たちが生きていく中で、今回のような出来事はもっと増えて行くでしょう、だから彼が今から行う事は必要だとおもいますので」

 そう言うと、辰巳に着いて行く人たちの中には子供の母親の姿もあった、そして黒白の前を通り過ぎようとすると、黒白はゆっくりと立ち上がり

「俺も行く……」

 力無く声を上げると、海藤は止めようとしたが。

「その子を手に掛けたのは俺だ、だから責任は俺にある」

 立ち上がり、辰巳から子供を預かり歩き出した、黒白はそのまま先頭を歩いていると、校内では様々な罵詈雑言ばりぞうごんで溢れて降り中には、黒白に対して物を投げる人、いなくなるまでにらみ続ける人もいた、物が飛んでくる分には誰かが防ぐ事は出来たが、それ以外のモノは防ぎようが無かった、それでも黒白は自分が負うべき罪だと感じ、それらを受け入れていた、少しずつ心が壊れて行くことを感じつつもだ、だが中には何が起こったのかを察し彼に着いてくる者や、何も言わずにそっと手を合わせる人も居た、その人達は恐らく外から逃げて来た道中で見た事から目を背けない様にしているのだろう、辰巳達の後ろからは黒白が抱えている子供の友人や家族が着いて来ており、中には涙を流している人もいた。

 そして黒白が以前、男性の遺体を燃やした場所まで行くと五人の男性が穴を掘っていた、その様子を見た黒白は。

「一体何をしているんですか?」

 不思議に思いそう聞くと、近くに居た男性は。

「ああ君か、以前君が男性をとむらってくれただろう、それを見てさ、俺は君の様に戦う事は出来ないかもしれない、でも誰かを弔う場所を用意することは出来るからさ、この場にいるメンツは君のしている事に少しでも協力出来たらと思って集まったんだ、これくらいしか出来ないけれどね……ところで、どうしたんだい?」

 丁寧を説明してくれた、そして黒白は。

「ありがとうございます……この子を弔うのを手伝って頂いてもよろしいですか?」

 声を押し殺しながら、伝えると男性は子供の遺体と傷跡を見て。

「もしかして……子供まで変わっちまうのか」

 驚愕きょうがくしていた、黒白は静かに頷きその様子を見て。

「そうか……そうしたら、この子もちゃんと弔ってやんねぇとな」

 その男性は他の人たちも集め、子供が入るほどの穴を掘り、燃えやすい物を出来るだけ集めて来た、そして黒白はその穴に子供を入れ、集めて来た花で囲んだ後に火を着けた、母親はその様子を見て涙を流していた、黒白はただ悔しい思いで一杯だった、だけど海藤は。

「あの子も、あの時の男性も、君に感謝していると思うぞ」

 黒白に優しく声を掛けた。

「どうして……」

 そう呟くと海藤は。

「あの子も、あの時の彼も、君が手を下してくれたおかげで、大切な人達を殺さずに済んだんだ、間一髪かんいっぱつだったのかもしれない、だけど君はあの二人を人として死なせてやったんだ、だからきっと感謝しているさ、きっと・・・・・」

 優しく声を掛けたが、黒白はどこか納得が出来ていないのか。

「感謝か……そう思ってくれているのであれば、少しは心が晴れますよ」

一言残しその場を後にした、そして黒白は夜の炊き出しにも姿を現さなかった。


 海藤や結月達、そして黒白の両親もどこで休息を取っているのか分からず不安でいたが、黒白はその事を一切気にする事無く夜中、皆が寝静まった頃に軽く見回りをした後に遺体を燃やした場所に足を運んだ、彼は食料を取ってきた際に缶ビールと缶ジュースそして小さなお菓子もこっそり持って来ていた為、それらをそなえ物として持って来たのだった、二人の遺体があった場所にそれぞれ物を置き、手を合わせていると突如ライトで照らされ。

「誰なの?」

 女性の声がした、黒白はゆっくりその女性の方を見ると、そこに立っていたのは、あの子供の母親だった、彼女はそっとライトを地面に移すと、二人分の供え物がある事に気が付いた。

「これは、あなたが?」

 母親がそう尋ねると黒白はそっとうなずき。

「ただの自己満足だって事はよく分かっています、あなたが俺を殺したいと思うのであればそれでも構わない」

 告げると母親は穏やかな口調で。

「あなたを憎む気持ちが無いかと聞かれたら少しはある……あの子は大切な息子だから、でもね、あなたがあの子を止めてくれた事にも感謝しているの、あの子が誰かを傷付ける前に止めてくれたから、それに見ず知らずのあの子の事を思って手を合わせてくれているのだもの、あなたはきっと優しい人なんだと思う、だけどもしも罪悪感があるのだとしたら、あの子の分まで生きて頂戴、少しでも長く、そうしてくれれば私もあの子も満足だから」

 伝えてくれた、黒白は母親のその言葉に少し救われた気持ちでいた。

「分かりました」

 黒白はそう言った後に頭を下げ、その場を後にし、母親と別れたのだった、そしてその母親は誰にも何も告げず校内から姿を消した、そしてその事に気が付いた人は居なく、黒白もまたその事に気が付く事は無かった。

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