23:Impact Conduit

縛り上げた主犯を引きずりながら、ライラは地下の奥にあるサーバールームの前へと辿り着いた。重厚な金属扉が、うっすら青白い光を帯びて立ちはだかっている。ここが詐欺グループの中枢――目的地だった。


生体キーはすでに取得済み。主犯の腕を無理やり端末に押し付けると、認証は通るものの、扉は反応しない。


「……残念だったな。もう開かねぇよ。カードキーは壊れたんだ。」

主犯がにやりと笑った。


「黙ってなさい。」

ライラはそう言って、軽く頭をはたく。さらに迷惑な声を遮るために布テープで口を塞いだ。

「邪魔しないで…無理やりでも開ければいい。」


深く息を整え、両腕を前に突き出す。

紫の光が、指先から肘にかけて脈打つように走った。

内部から押し寄せる圧力を腕に集束させ、呼吸と同時に一気に解き放つ。


鈍い衝撃音とともに金属扉が大きく歪み、ロックが砕ける音が響いた。

鋼鉄の継ぎ目にひびが走り、わずかに隙間が生まれる。


ライラはその隙間に指を掛けて力任せにこじ開け、主犯を引きずったまま中へと身を滑り込ませた。


冷却装置の低い唸りと、無数の青い光が点滅するサーバー群。目の前には、グループが築き上げてきた不正の証が並んでいた。


(なんだコイツ……!?)

口は開けないが、大きく口を開けてぽかんとしているのが想像できるほどに、主犯は目を丸くしていた。


扉の内側に入った途端、ライラはふらりと足元が揺れる感覚に襲われた。

「っ……」

身体の奥から、一気に引きずり下ろされるような重み。

足元が霞み、視界の端が暗くなる。


(なにこれ……)


頭が回らない。まぶたが焼けるように重く、立っているのがやっとだった。

普段なら感じないほどの疲労と、押し寄せる圧倒的な眠気。


まるで数日間寝ていなかったかのような感覚に陥る。

PSIを使用した日こそ異常な疲労や眠気に襲われるが、今回はそれをはるかに大きく上回る。


『おい、大丈夫か?』

イヤモニからロウの声が入る。


「……平気。ちょっと、体力使いすぎただけ。」

できるだけ平静を装って答える。

本当は、このまま床に横たわって目を閉じたい衝動にかられていた。


だが、今はまだ終わっていない。


少しの間だけ壁に背を預けて、呼吸を整える。動悸がひとつ、ふたつと落ち着くにつれ、ようやく感覚が戻ってきた。


(……さすがに、使いすぎたかな)


生体エネルギーを四肢に集中し放出するこの技は、ダリウスと戦闘した際に模倣した爆震崩撃エクスプロージョン・バーストから得た着想だった。


瞬間的に強い衝撃を生み、先ほどのように重装ロボットを吹き飛ばし、鋼鉄の堅い扉をも歪ませる。


足に集中させれば10mの跳躍もできる。

そういった具合に、戦闘に限らず、移動にまで使用できる汎用性。


だがその代償は決して小さくない。

戦闘時には意識できなかった消耗が、今になってまとめて押し寄せてくる。


(今ので、確か4回目……。さすがに、やりすぎたかも)


今夜だけでも、公園の練習で1回、屋上に上がるために2回、警備ボットを破壊するのに3回、そして扉を開けるのに4回と、かなり使用している。


練度や精度、体力面を向上させればその回数・威力共に向上が見込まれるが、現時点ではどう頑張っても5回が限度だろう。


ライラは深呼吸し、ふらつく足取りで中央のサーバー群へと歩みを進めた。

連結されたラックが並ぶ中枢。その一つに向かう。


ライラはサーバー群の中心にたどり着くと、ラックに繋がれた複数のケーブルを順に引き抜き始めた。

指先から伝わるわずかな振動、光ファイバーを通して流れていく微かな光の粒、コネクタの奥で跳ねる電子の反応。


(……エネルギーの流れ)


無数の信号と電流が網の目のように走り、ひとつの中枢へ集約されている。


そのイメージが、彼女の頭の中に鮮明に広がっていった。

通信が集まり、光が走り、電気信号が伝わっていく――。


(……伝導。電線管……"コンジット"……)


それに重なるように、自分が放つエネルギーが衝撃として相手に伝わっていく映像が脳裏に重なる。

単なる破壊ではなく、衝撃を解き放つように。


(衝撃……"インパクト"……)


頭の奥でその言葉が形になる瞬間、ライラは掌をゆっくりと構え直した。

内部構造のイメージは、先ほど引き抜いたケーブルの感触と共に鮮明だった。


エネルギーの流れ、伝導経路、そしてその先にある中枢――。


(伝えるんだ、衝撃を――)


腕に集めた生体エネルギーが、紫電のように迸る。振動する指先に合わせて、エネルギーの濃度が跳ね上がっていく。


力は、ただ溜めるだけでは意味がない。

想像し、形にし、伝えたい場所へと“解き放つ”。


「インパクト・コンジット!!」


小さく囁くように言葉を乗せた瞬間、解放された力が奔流となって放たれた。


重厚な音とともに、サーバー本体が爆発するように崩壊する。機械のうめきのような異音が立ち、機構のひとつひとつが順に崩れていく。


ラックが傾き、赤い警告灯が一斉に点滅を始めた。


「……やった……これが私の…」


ライラは息を整えながら、一歩引いた。その一歩が、限界の合図だった。

崩れるように尻もちをつき、そのまま床に横たわる。


『おい!何やってる!?』

(……やば……眠……もう限界)


「ごめん……少し、休ませ……て……」

『おい!おい!……!』


遠くにロウの声が響くように感じる。


「……。」


目を閉じたのは、ほんの一瞬のつもりだった。だが体は正直だった。

気づけば数分が経過し、室内はすでに静けさを取り戻していた。


「……あれ……?」


目を覚ましたライラは、ぼんやりと天井を見上げる。

体中が重く、眠気の余韻がまだまとわりついていた。


『やっと起きたか。 大丈夫か?』

「……寝てた……?」


『5分程な。 まったく、仕事中に寝るとは。 これは減給だな』

「仕方ないでしょ。 熟睡はしてないんだから。」


軽く頬を叩き、立ち上がる。崩れたラックの隙間を抜けて出口の方向を確かめる。

まだふらつき、眠気も襲い掛かってくるが、動くことはできる。


「……帰ろ。」


階段を上がり、建物の外へ出たライラは、主犯の男を連れて歩いた。


指定された裏通路の入り口――照明もなく、壁にはスプレー跡とヒビが走るその場所に、彼を転がすように放り出す。


うめき声をあげる主犯に、ライラは目もくれない。


あとは依頼者に回収される。


その後どうなるか――取り調べや裁判、そんな言葉がここでは大して意味を持たないことくらい、わかっている。

だからこそ、想像するのはやめておいた。


背を向けて路地を抜け、大通りへ出た途端、足がもつれた。


「……あっぶな......」


通行人とぶつかり、鋭く睨まれる。


「ちょっと、前見て歩きなさいよ!」


謝ったりする余裕などなく、そのまま早足で通りを抜ける。

眠気がひどい。目はしっかり開いているはずなのに、視界が霞む。


脳が重たい。

やっとの思いで乗り物に乗り、ロウの元へ向かう途中、手の中の端末が震えた。


『お疲れさん、帰るまでが仕事だぞ』

ロウからの通信だった。

ライラは座席にもたれかかりながら、疲れた声で返す。


「ねぇ、どうだった?」

『ん?』

「"インパクト・コンジット"って名前。...... 技の名前。」


一瞬の静寂。


『……ああ、中々いいんじゃないか? 少なくともイメージはついたぜ。』

「……でしょ?」


(エクスプロージョン・バーストと大して変わらないじゃねぇか……。まぁ気に入ってそうだしいいか……)


ロウがくすっと笑う声が聞こえた。


今度は寝息が聞こえる。

眠気が限界にきたようだった。


ライラはその後のことはよく覚えていない。

乗物から降りて、休もうとベンチに座ったところまではなんとなく覚えているが……。


「ほら、こんなところで寝てちゃ何されるか分かんねぇぞ。 ただでさえ低層だってのに。」

「……ごめん。」


目覚めた時はロウの家だった。

あの後迎えに来ており、起きる気配のないライラを運んだらしい。


「じゃあね。」

「お、挨拶くれるなんて珍しいな。」


気が緩んでしまっていたのか、思わず言ってしまった。

返事はせず、プイと顔を背けて扉を勢いよく閉めて今回の依頼は終えた。

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