第37話 何があっても

「……あ」

 ――授業。

 学園の授業をすっかりさぼって、ここ……魔獣の森に来てしまったのだった。

「ほら、行くよ。ソフィア」

 リッカルド様が、私の手を握って、走り出す。


「はい!」

 私も、その手を強く握って、駆け出した。


 ――その後。

「ねぇ、ソフィア」

「……うーん」

 やっぱり、ここの刺繍糸の色は、黒……いや、青かしら。

「ソフィアったら」

「ううーん、やっぱり紫」


 紫にしよう。


 紫の方が、映えそうだし。

「なにが紫なの?」

「うわぁ!?」

 突然耳元で囁かれ、思わず手に持っていた刺繍用のハンカチを取り落とした。

「りりりり、リッカルド様!?!?」

 ど、どうしてここに!?

「……うん、君のリッカルドだよ」


 リッカルド様は機嫌が良さそうに、ニコニコと微笑んでいる。

「君の、って……」

「そうでしょ?」

 リッカルド様は、私の左の薬指に視線を落とした。

 そこには、私たちが正式に婚約を結んだ証である婚約指輪がはまっている。

 リッカルド様の指にも、似たデザインの指輪がはまっていた。




「……そ、そう……ですね?」

 なんというか。

 リッカルド様は、あの日以来、私に対する好意を隠さなくなった。

 特に婚約してからは、それが、顕著だ。


 私は、そんなに甘い言葉に耐性がないので、すぐに赤くなったり、照れたりしてしまう。

「うん。……髪、伸びたね」

リッカルド様が、私の髪に、触れる。

 今の私の髪は、背中を覆うまで伸びていた。

 学園の卒業まで後少し。


 私は、魔獣騎士科から、淑女科に転科していた。

 くるくると私の伸びた髪を弄ぶリッカルド様は、楽しそうだ。


「リッカルド様は本当に、私の髪がお好きですね」

「? 僕が好きなのは、ソフィアだよ」


「!!!!」

 また、すぐ、そういうことを言う。


 頬が熱い。

「……ふふ。ほんとかわいい」

 リッカルド様は、目を細めて微笑むと、続けた。

「……ほら、もうすぐ卒業式でしょう。パーティーの件で話し合いたくて」

 そういえば、卒業式後にパーティーがあるんだっけ。前は、ひたすら、メリア様と踊るリッカルド様を見つめてたら終わってたな。


「……というわけで、ソフィアを連れ出してもいいかな、マリー嬢」

「はい、もちろんですわ!」


 マリーは、どうぞ、どうぞ、とジェスチャーをした。

 放課後にマリーと一緒に刺繍をしようと、教室に残って、刺していたのだ。


「ありがとう。では、行こうか、ソフィア」

「は、はい!」

 慌てて、ハンカチや刺繍の道具を鞄に片付けて、立ち上がる。


 リッカルド様のエスコートで、廊下を歩く。


「……?」

 そういえば、卒業式のパーティーの話し合いって、なんだろう。

 もう、リッカルド様から、パーティーのドレスなどは贈ってもらったし。

 他に話し合うことなどあったかしら。

「あの、リッカルド様?」

 リッカルド様が、立ち止まった。


「ねぇ、ソフィア」

 夕方の日差しを受けて、リッカルド様の髪が輝く。

「僕のこと、どんなことがあっても、信じてくれる――?」


 リッカルド様のことを信じるか。

 そんなの、答えは決まっていた。

「はい、もちろん」

 すぐに頷く。

「……ありがとう」


 リッカルド様は微笑んだ。


「ところで、話し合うことって?」

「もう終わったから、デートしようか」

 えっ!?!?

 もう終わったの?

 驚いて目を白黒させる私の手を、リッカルド様は握った。


「愛してるよ、ソフィア」


 リッカルド様、もしかして、卒業パーティーで何かをするつもりなのだろうか。


 でも――、リッカルド様が、何をするつもりでも。何があっても。

「私も。……私も、リッカルド様を愛しています」




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