第37話 何があっても
「……あ」
――授業。
学園の授業をすっかりさぼって、ここ……魔獣の森に来てしまったのだった。
「ほら、行くよ。ソフィア」
リッカルド様が、私の手を握って、走り出す。
「はい!」
私も、その手を強く握って、駆け出した。
◇
――その後。
「ねぇ、ソフィア」
「……うーん」
やっぱり、ここの刺繍糸の色は、黒……いや、青かしら。
「ソフィアったら」
「ううーん、やっぱり紫」
紫にしよう。
紫の方が、映えそうだし。
「なにが紫なの?」
「うわぁ!?」
突然耳元で囁かれ、思わず手に持っていた刺繍用のハンカチを取り落とした。
「りりりり、リッカルド様!?!?」
ど、どうしてここに!?
「……うん、君のリッカルドだよ」
リッカルド様は機嫌が良さそうに、ニコニコと微笑んでいる。
「君の、って……」
「そうでしょ?」
リッカルド様は、私の左の薬指に視線を落とした。
そこには、私たちが正式に婚約を結んだ証である婚約指輪がはまっている。
リッカルド様の指にも、似たデザインの指輪がはまっていた。
「……そ、そう……ですね?」
なんというか。
リッカルド様は、あの日以来、私に対する好意を隠さなくなった。
特に婚約してからは、それが、顕著だ。
私は、そんなに甘い言葉に耐性がないので、すぐに赤くなったり、照れたりしてしまう。
「うん。……髪、伸びたね」
リッカルド様が、私の髪に、触れる。
今の私の髪は、背中を覆うまで伸びていた。
学園の卒業まで後少し。
私は、魔獣騎士科から、淑女科に転科していた。
くるくると私の伸びた髪を弄ぶリッカルド様は、楽しそうだ。
「リッカルド様は本当に、私の髪がお好きですね」
「? 僕が好きなのは、ソフィアだよ」
「!!!!」
また、すぐ、そういうことを言う。
頬が熱い。
「……ふふ。ほんとかわいい」
リッカルド様は、目を細めて微笑むと、続けた。
「……ほら、もうすぐ卒業式でしょう。パーティーの件で話し合いたくて」
そういえば、卒業式後にパーティーがあるんだっけ。前は、ひたすら、メリア様と踊るリッカルド様を見つめてたら終わってたな。
「……というわけで、ソフィアを連れ出してもいいかな、マリー嬢」
「はい、もちろんですわ!」
マリーは、どうぞ、どうぞ、とジェスチャーをした。
放課後にマリーと一緒に刺繍をしようと、教室に残って、刺していたのだ。
「ありがとう。では、行こうか、ソフィア」
「は、はい!」
慌てて、ハンカチや刺繍の道具を鞄に片付けて、立ち上がる。
リッカルド様のエスコートで、廊下を歩く。
「……?」
そういえば、卒業式のパーティーの話し合いって、なんだろう。
もう、リッカルド様から、パーティーのドレスなどは贈ってもらったし。
他に話し合うことなどあったかしら。
「あの、リッカルド様?」
リッカルド様が、立ち止まった。
「ねぇ、ソフィア」
夕方の日差しを受けて、リッカルド様の髪が輝く。
「僕のこと、どんなことがあっても、信じてくれる――?」
リッカルド様のことを信じるか。
そんなの、答えは決まっていた。
「はい、もちろん」
すぐに頷く。
「……ありがとう」
リッカルド様は微笑んだ。
「ところで、話し合うことって?」
「もう終わったから、デートしようか」
えっ!?!?
もう終わったの?
驚いて目を白黒させる私の手を、リッカルド様は握った。
「愛してるよ、ソフィア」
リッカルド様、もしかして、卒業パーティーで何かをするつもりなのだろうか。
でも――、リッカルド様が、何をするつもりでも。何があっても。
「私も。……私も、リッカルド様を愛しています」
◇
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