第32話 内罰

どんなことがあっても、朝はやってくる。


 どんな人にも――罪を、犯した私にも。

 等しく時間は過ぎるのだ。

「……はぁ」


 思わず、ため息を漏らした。

 昨夜は、全然……これっぽっちも、眠れなかった。


 リッカルド様は、私を許さないことにする、と言った。

 そして、リッカルド様のそばで幸せになるんだと。

 いつか、私がリッカルド様に許されるために。


 ……悪魔は言った。

 痛みを忘れなければ、幸せになっていいのだと。


 でも――でも。


 こんなの私にとって都合が良過ぎる。

 私は、リッカルド様を――ううん。

 本当はずっと見ないようにしてたけど。


 リッカルド様とメリア様を殺したのだ。

 私が……私がいなければ、元の世界で、二人は。

 思い出すのは、溺死した二人のこと。

 穏やかな、顔だった。


 溺れて苦しいはずなのに。

 やっと、愛しい人と一緒にいられた顔だった。


「……私が、」

 私がもし、いなければ。

 二人は今頃、夫婦になって。

 新たな未来を作って、笑顔で生きていたはず。


「私が、壊した……」


 知っていた。

 知っていたのに。

 リッカルド様とメリア様が恋し合うのを、私が、一番知っていたのに。

 見て見ないふりをしなければ。


 女神の加護を言い訳にして。


 何一つ、向き合おうとしなかった。

 時を戻すまでもない。

 向き合う機会は何度もあった。

 結婚式の日、義務的な初夜の後、メリア様の香水が香った夜。


 何度も何度もあったのに。

「……どう、しよう」


 悪魔の力で時を戻したって。

 あの世界は、取り戻せない。


 現に、リッカルド様は、私のことが好きだと言ってくれた。

 メリア様を好きだったはずのリッカルド様が。

 もう、全く違う世界になってしまった。


 それなのに。

 もう、あの世界には戻れないのに。

 嬉しいと思う、私は。

 どこまでも、醜い。


「全部、私のせいなのに。……どうしたら、」


 リッカルド様もメリア様も。

 どちらも死ぬべきひとではなかった。

 もっと、もっと幸せになるべきひとたちだった。


 どうしたら、この罪は償えるのか。


 リッカルド様が笑ってくれる世界をつくれば、それが償いになるのだと思っていた。

 でも、それはあの世界のリッカルド様ではない。

 もう、殺したひとは、戻ってこない。


 全部、全部、自己満足だ。


 そんなこと、わかっていた。


 わかっていて、悪魔の贄になることで、破滅をすることで、帳消しにしようとした。


 でも、悪魔は去ってしまった。

「……どうしよう」

 ぼたぼたと、地面に涙が落ちる。

 リッカルド様やメリア様は、何度泣いたんだろう。

 きっと、数えきれないほど、泣いた日があったんだろう。


 女神の使いである私に引き裂かれて、どんなに辛かっただろう。


 でも、その痛みも所詮は想像に過ぎなくて、薄っぺらい。

 なんで、どうして。

 どうして、私が女神の使いだったのかな。

 私が、二人の愛の前に、破れることが、本当は試練だったのかな。


 私が身を引けば。

 それこそ、自殺でもして、女神に抗議すれば。


 二人は死なずにすんだのかな。


「……あ」

 そういえば、私の魔力量は、馬鹿みたいにある。


 ……悪魔は魔獣の心臓を三百集めれば、神になれると言った。


 この魔力、そして、悪魔以上に魔獣の心臓を集めれば。

 私も、もしかしたら、悪魔みたいになれる?

 時間を巻き戻すなんて、世界の理をひっくり返す真似ができるかも。




 だって、悪魔には心臓があった。


 それこそが、悪魔が元々人間だった、証拠じゃないか。


「……いかなきゃ」

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