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「ほんっと、信じらんない。ジスラン様、マルより年下なのにさぁ」
「おいくつだったっけ?」
「十三歳」
「あっは、マルより二個も下じゃん。なのに負けたんだ」
「鍛錬さぼってるからだよ。
「ありえないねぇ。ダサいともいうねぇ」
「あーもう、うるせえなあ!」
「黙って食べな!」
「なんで俺だけ……! べらべら喋ってるのは姉ちゃんだろ」
「いいんだよ、ふたりは。あんたと違って、しっかりと勤めを果たしてるからね」
ふんと苛立たしげに鼻を鳴らし、母が煮豆と根菜を盛り合わせた皿をどかりと置く。美味しそうな香りが鼻腔をくすぐるというのに、皿が置かれたのは、姉たちの前だけであった。
年下に敗北を喫し、あの後しばらく自室で不貞寝していたのだが、傷心などおかないなしに腹は減る。とはいえ人前で負かされたという羞恥はあり、忍び足で食堂に夕食をくすねに行ったのだが、仕事を終えて帰宅した姉たちに見つかってしまったのだ。
十八歳の双子の姉、ソレアとルナラは、グラース家の次男、セルジュ配下の〈犬〉である。双子ならではの息の合った連携は、男との戦闘でも引けを取らず、ガルディア家の誇る優秀な〈犬〉であった。家に帰ればぺちゃくちゃと姦しい姉であるが、任務中は別人のように主の影に徹するらしい。主からの評価も高いのだと、母は誇らしく思っているようだが、マルセルにとっては唾棄したくなるような話であった。
「なにが〈犬〉だ。悔しくないのかよ、姉ちゃんたちは」
具を減らされたスープを匙でかき回しながら、マルセルはむすりと不満を漏らした。
「俺は、いまでも親父の死に様が忘れられねえ。領主はさ、一瞥すらしなかったんだぞ? 自分の身代わりになって死んだ〈犬〉を。それが、さも当然かのようだった」
「それは、まあ……私らもちょっとは、どうかと思ったけどさ……」
弟をからかっていた姉たちが、気まずげに語尾を濁し始める。
「俺たちは、グラース家のなんだ? どうして一方的に尽くさなきゃならない。あんな冷酷な主とやらに」
「でも、セルジュ様はお優しい方よ」
「そうだよ。私たちのこと、いつもねぎらってくださるわ」
「セルジュは聖職者になることが決まってる。人柄はよくても家督は継がない。じゃあ誰が継ぐのかっていったら、あの冷酷領主によく似た長男、レオナールだろ? 俺はガルディア家の将来は暗いと思ったね」
「……領主様たちの悪口を言うのはおやめ。お父さんの生き様を汚すんじゃない」
チーズを乗せた皿をことりと食卓に置き、母がそう静かに言う。その声は、胸裡に渦巻く感情を押し込めるかのように強張っている。
「お父さんは誇り高いひとだった。ご先祖様の時代より続くグラース家との盟約を、その身を賭して守ったんだよ」
「それだよ、盟約。母ちゃんは、それをグラース側が守り続けてると、本気で思ってんのか?」
呆れて食卓に頬杖をつくと、マルセルは乱暴に豆のスープにパンを突っ込んだ。
「ペルマナント教国創建時代、草原の民だったガルディアは版図の拡大を図るグラースに降った。だけど戦に負けたわけじゃない。双方の当主が意気投合したがゆえの和睦だった。ガルディアの信じる土着信仰を吸収する緩い改宗を許容し、爵位の与えられない元異教徒の地位を守った。その対価として、ガルディアはその高い身体能力を差し出したんだ。『グラースは表から、ガルディアは裏から領地を守る』って盟約を交わしてな」
ふやけたパンを口に運び、スープとともにかぶりと飲み込む。苛立つあまり、その味はよくわからない。
「それがどうだよ。いまや大昔の信仰は廃れて、俺たちゃ普通に至天教徒。ご先祖たちは盟友だったかもしれないが、現状は使い潰しも厭わない従属関係。親父と領主が良い例だ。母ちゃんの言う盟約なんざ、とっくの昔に形骸化してんだよ」
「それでも、お父さんは――」
「潔癖な当代は異教徒が大っ嫌いで、俺たち元異教徒も例外じゃないんだ。だから親父が死のうがどうでもよかったのさ。いいかげん気づけよ母ちゃん。利用されてんだよ、俺たちは」
早口にそうまくしたてられ、タリアは息子を窘める言葉を見失ってしまったようである。唇を戦慄かせる母の横で、ソレアが「口達者で嫌な感じぃ」と、ぼそりと呟く。なにも間違ったことは言っていない――そう文句を言おうとした時であった。
「こら、マル。母さんを困らせるんじゃない」
と、穏やかな声がかけられた。同時にポンと頭に手を置かれ、くしゃりと髪を撫でられる。振り返れば、ガルディア家の長男、リュシアンがいた。
「リュー兄。でもさ、俺の言ったこと、てんで的外れってわけじゃないだろ?」
「まあね。マルの言うことは、正直痛いところをついてるよ。当代様のガルディア家の扱いは、俺だって思うところはある」
「リュシアン、でも、それは――」
「わかってるよ、母さん。だからと言って、父さんが無駄死にだったとは思わない。盟約に基づき職務をまっとうした、立派な最期だった」
そう言って、リュシアンはマルセルの隣の椅子に腰かける。「ああ、疲れた。お腹すいたぁ」と暢気に伸びをする様に、マルセルはすっかり毒気を抜かれてしまった。張り詰めていた食堂の空気でさえ、兄のまとう柔和な雰囲気に、ほぐされていくようである。
「マルは、俺よりもずっと賢いな。剣術や体術だって筋がいいし、ちゃんと鍛錬すれば、〈犬〉の筆頭になれる素質がある」
食事前の祈りを唱え終えたところで、リュシアンがそう言って笑みを零す。グラース家長男レオナール配下の〈犬〉として、主から厚い信望を得る兄に褒められると、誇らしさがこみ上げた。緩みそうになる頬を隠そうとスープを口にかきこむと、姉ふたりが不満げに口を尖らせる。
「リュー兄はマルに甘いよぉ」
「そうだよ。ねえ知ってる? マルってばジスラン様との決闘に負けたんだよ」
「噂で聞いたよ。『自分より弱い〈犬〉は必要ない』って、突っぱねられたんだって?」
「う――、でも、そもそもこっちから願い下げだったんだ! あんないけ好かないやつの犬っころになるなんて、俺は死んでも嫌だっての!」
「……なあ、マル。どうしてジスラン様がそんなことを言ったのか、一度でも考えたか?」
憤然としていたマルセルだが、兄の思わぬ問いかけに、「え?」と間の抜けた声を洩らした。
「まだ十三歳であられるジスラン様が、どうしてふたつも年上のお前に勝てるほど鍛錬されていると思う?」
問いの意図も、答えもわからず、ただ眉を顰めるばかりの弟の頭を、リュシアンがもう一度くしゃりと撫でる。
「よく考えてごらん。それすらできないのなら――おまえはこの先もずっと、素質があるだけの、子供のままだ」
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