第49話 混乱する現場、とりあえず先生に連絡しよう




 怪我を治したのはクラーラやゲルルフだ。二人は治癒魔法が得意だった。どうやら各組になるべく治療のできる魔法使いを配置しているようだ。十七組にはいないが、ゲアリンデがポーションを持っていた。彼女が作ったものらしい。魔法薬を作るのが好きだと自分で話している。効き目も良さそうだった。

 冒険者の怪我は見てもらえず、カチヤが持っていたポーションを提供する。


「悪い。俺のポーションは早々に学生の怪我で使ってしまってな」

「あんた、そういうやり取りはだめだって聞いていただろ?」

「いやぁ、だってよぉ。目の前で泣かれたら可哀想に思うじゃないか」

「はん。あんたが助けた学生を見てみなよ。自分たちだけ結界に守られている。エイプに襲われてるあんたらを助けてくれたかい? 救難信号だって冒険者の持ち物だったじゃないか」


 非常事態なのに助け合わないどころか、まるで冒険者を囮にして時間を稼いだように見えてしまったようだ。

 しかも、怪我をした冒険者が多いのに、応援に駆け付けた学生の誰一人「治療しましょうか」と声を掛けてこない。

 演習のルールを守っているのだろう。だからこそカチヤは冒険者の行動を咎めている。


「依頼を受けたからには最後まで全うするのが当然さ。だけどねぇ、命を賭ける必要はあったかい? 守るべき学生は結界の魔道具で安全だった。次にあんたらがやるべきことは、怖がる学生の傍でエイプを倒し続けることじゃないはずだ」

「まあ、そうだよな。俺たちは下手を打った」

「待ってくれ、カチヤさん。俺が学生を守って怪我をしちまったもんで、こいつらは残るしかなかったんだ」

「けど、一人ぐらい先行組に向かった先生を追っても良かったんじゃないのかい?」

「う、それは、そうだが」

「せめて学生さんの誰かが通信の魔道具を使ってくれりゃ良かったんだがね」


 カチヤがちらりと学生たちを見た。声が聞こえていたらしい。びくりと体を震わせる。


「冒険者さん、そこまでにしてもらおう。思うところがあるのは重々承知しているが、我々はまだ学生だ。咄嗟に判断できなかったのだろう」


 代表して答えたのはユリウスだった。カチヤは肩を竦める。


「そうかい。あんたなら、通信の魔法で知らせられただろうね?」

「残念ながら、僕には高度な通信魔法が使えない。代わりにヴィルフリートが連絡してくれたはずだ。君、そういう細かい操作だけは得意だったろう?」

「俺はまだ一方通行でしか送れない。やってはみたが返事がないところをみると混線している気がする。期待はするな」

「ふん。他に連絡が取れる幻獣持ちはいないか?」


 十四から十七組の中にはおらず、この場にいた十と十一組にも鳥型の幻獣を持つ者はいなかった。むろん、冒険者にもいない。

 それを見たヴィルフリートがシロイを呼んだ。


「シロイ、通信系のアイテムを持ってきていないか?」

「一応、あるよ」

「貸してもらってもいいか。あとでちゃんと払う」

「別にいいよ。待ってね」


 シロイはアイテムを腕輪から取り出したように見せた。


「えっと、送るだけでいいんだよね? だったら『連絡鳥』のアイテムがいいかな。種類は速さで決められるよ。隼、鷲、燕、鳩、雀で分類してるの。隼が一番速いよ」

「あー、待ってくれ。先生側の魔道具が壊れている可能性も考慮しよう。学生の誰からも連絡が入らないのも心配だ。広範囲で混線しているのかもしれない」

「じゃあ、返事をもらえる『往復鳥』のアイテムにしようか」


 気になったらしいユリウスが近くに来てシロイの手にあるアイテムカードを凝視する。

 ヴィルフリートは気にせず、話を続けた。


「それ、確か、透明な板が目の前に現れるタイプだったか? 先生に使い方が分かるか心配だな」

「大丈夫だよ。下の方に注意書きを入れてみたの。今の時代、じゃなかった、この辺りでは通信方法にルールがあるもんね。届く時もちゃんと『ピチチチッ、連絡です』って耳元で鳴るようにもしたんだ」

「改良したのか。すごいな」

「うん。じゃあ、誰が書く? 声でもいいよ」

「ま、待て。それがアイテム? しかも通信ができるのか?」

「ユリウス、質問はあとだ。先に連絡を入れよう」

「あ、ああ、そうだな」


 前のめりになるユリウスを止め、ヴィルフリートが先生への連絡をまとめた。

 往復鳥のアイテムに声を吹き込むのもヴィルフリートだ。アイテムを発動させると金色の鳥が現れるので「声での連絡」と言えば、その後に話す内容を覚えてくれる。声の場合は長く持たない。手早く喋って、最後に「声の録音終了」と言って止める。手紙の場合は、差し出せば脚で受け取って飛んでいく。

 今回は急ぎだから隼型を選んだ。

 金色の隼はあっという間に森を飛んでいった。


「なんだ、あれ」

「幻獣、ではないよな? もっと抽象的な、絵が浮かんでいるような……」

「綺麗でしたわね。わたくし、あのようなアイテムは存じませんわ」

「魔道具でも見たことがない」

「通信魔法は声だけよね? 一方通行だと習ったわ。返事がもらえるなんてすごくないかしら」

「しかもアイテムだ。たとえ使い捨てでも便利だろう。あんなに小さなカードタイプで使えるなんて、本当にあるのか?」

「一体どんな魔法陣なんだ」


 ざわめく声の中に、ユリウスの戸惑う声もあった。


「おい、ヴィルフリート、どういうことだ」

「なにがだ」

「通信の魔法にアイテムがあるとは聞いてない」

「なぜ、お前に話す必要があるんだ?」

「そうではなく! もういい。おい、お前!」


 ユリウスは埒が明かないと感じたのか、今度はシロイに詰め寄った。

 怒ったような耳や尻尾を見て戸惑うが、不思議と怖さは感じない。獣人族とはいえ、只人族の顔だからだ。シロイの知る獣人族ではない。ユリウスには逆立つ毛もなければ、唸り声さえ出ないのだ。

 そうと分かれば戸惑いなんて吹っ飛んだ。シロイは堂々とユリウスの前に立った。


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