第46話 守りの薄さ、話し合い、師匠の思い出、緊急事態




 この演習は学生のための訓練であり、冒険者は傍観者だ。だから気軽に口を利いてはいけない。魔物との戦いにも参加はしない。そういうルールになっている。

 ただし、問題が起こればその限りではない。

 たとえば休憩中に魔物が想定より集まった時などがそうだ。

 今回は行程にずれが生じることで相談が必要になった。予定していた宿泊地を使えないとなると護衛の冒険者にも関係する。大事な学生を守るために依頼を受けているのだから、変更があれば話し合いに参加しなくてはならない。

 冒険者側のリーダーはブルーノになるが、彼は後行組を見ている。

 そして先生たちのほとんどが先行組に集中していた。

 中間組だけが間延びした列の真ん中に取り残された状態だ。はからずもユリウスが説明した通りになっている。


「なんだって俺たちだけ守りが薄いんだ。先生がいないのは問題だろう?」

「そもそも、先生方が先行組を手厚く守るのは危険だからだ。最初を切り開く者が大変なのは分かるだろう? まあ、今回はグスタフの組もいるから余計に手間が掛かっているのだと思う」


 十五組のリーダーがいらいらした様子で話し始めると、ユリウスが皮肉げに返した。

 アルベルトは静かだ。腕を組んで話し合いに参加している。

 シロイは冒険者の中では一番下になるため、他の学生たちと同じように遠巻きで見ていた。もちろん、警戒も忘れない。

 残念ながら、学生たちは「休憩できる!」と喜んで、誰も探索はしていなかった。


「グスタフたちを先行組に入れたのが間違いだったんだ」

「今更言っても仕方ない。先生たちは、目の見える範囲に置いておきたかったんだろう」


 さっきは先生に嫌味を言っていたユリウスが庇うような発言をする。シロイは不思議だなぁと思いながら、カチヤを視線で呼んだ。


「どうしたんだい?」

「エイプが集まってる。ここじゃなくて、もっと先に」

「先に階段を降りた組かね。十組と十一組が休憩地点にいたんだっけ」

「三組もだよ。先生に怒られてた」

「ばらばらだねぇ。番号順に進んでいるんじゃなかったのかい」

「休憩が多かったみたいだね」

「たかが、この程度のダンジョンにねぇ。後行組も最終目標は三階層らしいじゃないか。後続には魔法や体力がいまいちなのばかり集めたらしいよ」

「危ないから分けるのはいいことだと思う」


 ヴィルフリートには無作為の組分けだと聞いていたが、能力に差がありすぎると統率が取れないため、ある程度の手は入っているそうだ。

 先行組のトップには学年でも一、二を争う実力者が配置されたらしい。

 問題児も先行組に入っていたので「勘違い」したのではないかと、休憩中の学生が話している。


「エイプは集団で狩りをする生態だけど、冒険者なら対処できるだろうよ」

「応援は要らない?」

「救援が来てからでいいさ。第一、学生が先にやるさ」

「そっか」

「この辺りにエイプはいないようだね。だから、あのお坊ちゃんも話し合いの場をここにしたのかね」

「狼の獣人族だから気配は感じ取れてると思う」

「シロイちゃんも、あたしらより探索が上手いもんね。獣人族ってのは羨ましい能力を持っているよ」


 シロイの場合は師匠に鍛えられたからでもある。師匠というよりは師匠の契約した幻獣にだろうか。師匠は幼いシロイの面倒を時々彼等に任せた。

 幻獣たちは「森であそぼ」とシロイを背に乗せて、あるいは脚で掴んで運んだ。

 人間が怖かったシロイだけれど幻獣は怖くなかった。それはもちろん、師匠がちゃんと彼等を「支配」していたからだ。

 師匠と幻獣の間には強い絆があったけれど、親愛の情かというとシロイは首を傾げる。見えない線が引かれていたように思うのだ。

 実際、師匠は「親しく付き合っても彼等は結局は獣だ。人間ではない。互いに違う生き物だということを理解しなければならないんだよ」と語っていた。

 指示も大事だ。

 師匠は幻獣たちに「シロイは人間の子供だ。とても、か弱い。どんな高さからであろうと決して落としてはならないし、転がしてもいけないんだ」と説明した。

 分からない幻獣には大きな泡を作ってみせ、指で突いて弾けるところを見せる。人間にとっての泡が、幻獣にとっての人の子だと説明したわけだ。


 思い出すと、師匠はずいぶんとシロイを守ってくれていた。

 今もだ。彼に与えられた知識がシロイを強くしてくれる。


「わたしが戦えるのは師匠のおかげなの」

「遠くへ行っちまったっていう人だね。シロイちゃんを立派に育てたんだ。すごい人だったんだろうねぇ」

「えへへ」

(シロイ、向こうに集まったエイプがおかしいです)

「え、あっ!」


 シロイが顔を上げたのと同時にカチヤや他の冒険者たちも身構えた。

 空気が震えたあとに爆発音がする。

 話し合っていた学生のリーダーたちやフランクが声を上げた。


「全員集まれ!」

「立て、早く動くんだ」

「カップなど放っておけ!」

「菓子を食ってる場合かっ」

「警戒態勢を取るぞ。非常事態だ。冒険者も動くからな!」


 フランクの指示にシロイたちは頷いた。いつでも動けるようにしていたけれど、気持ちを引き締める。

 反対に、休憩していた学生は動きが遅い。ぽかんとしたままの女子もいた。

 ヴィルフリートは話し合いの場では静かだったのに、自分の組に対して素早く指示を出している。


「荷物なんて気にするな。それより武器の携帯だ。ベルタ嬢は短杖を構えておくように。ゲルルフは剣を使っていたが魔法で戦う方が上手だ。短杖に持ち替えろ。マティアスは槍に魔法を込めておけ」

「は、はいっ!」

「そうします」

「えぇ、怖い~。ヴィルフリート様、わたしを守ってくださいね?」


 場違いな発言も聞こえてきたが、誰も気に留めず、さっさと話を進めている。

 他の組も似たような感じで、警戒態勢を取らせていた。


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