第36話 オーガを倒す




 残っていた魔力を全部注ぎ込んだらしい魔法騎士が倒れるように跪いた。

 みんなは目を瞑ってやり過ごしているが、シロイは開けたままだ。獣人族の特性でもある身体強化の魔法は、鍛えれば自在に体の一部分を守れもする。師匠に一般的な魔法が上手に使えないのなら、獣人族の能力を高めてみたらどうかと言われて練習した。

 シロイなりに頑張って鍛えたものの、自慢にはならない。何故なら、母親を含めた当時の獣人族たちはもっともっと強かったからだ。獣型だけあって、今の獣人族よりもずっと獣の能力に特化していた。爪を自在に伸ばして攻撃もできたし、それこそオーガなんて一撃で倒していたようだ。

 今の獣人族は只人族寄りだから古代の獣人族よりは弱い。

 それでも、できることはある。


 シロイは、強烈な光で足を止めたオーガたちの中心に魔法攻撃用防御壁を発動させた。同時に風アイテムの暴風を投げ込む。これは使い途を考えるとカードでは無理だろうと思い、魔鉱石に直接付与してある。魔力の籠もった石はそのまま魔法の動力にもなった。


 一瞬遅れで、今度は別の魔法攻撃用防御壁を人間側の全員が入るように発動させる。万が一を想定してだ。けれど余分だった。オーガ側に展開した透明の壁が暴風をちゃんと防いでくれたからだ。


 透明だから中がどうなっているのかは分かる。


「なんだあれ。滅茶苦茶だろ」

「ヤバいねぇ、あたし、初めて見たよ」

「ていうか、あんなの誰も見たことねぇって。盾、要らなかったな」


 シロイは透明の壁を抜けていたが、冒険者三人は元の位置にいた。

 彼等は呆然としながらも二重になった壁を抜けてきてシロイの横に立った。この魔法陣は人間であれば内側から外に出られる仕組みになっている。魔物だけが行き来できない。


 魔法騎士たちは固まったままだ。

 フランクたちは驚きつつも会話はできた。


「なぁ、シロイちゃんよ。時間稼ぎする程度じゃなかったのか」

「うん、そのつもりだった」


 思ったよりも威力があったな、というのがシロイの感想だ。

 ファビーは満足そうに幻獣のツァカリとサンダーバードを見ている。


「どうしたの?」

(いえ、うちのシロイの方がよく働いていると思いまして)


 どういう感情なのかと思うが、ファビーはシロイの頑張りを褒めているつもりらしい。

 もしかしたら魔法生物であるファビーは、幻獣たちに思うところがあるのかもしれない。



 とりあえず、シロイはオーガを完全に倒しておいた方がいいだろうとフランクに声を掛けた。


「とどめを刺した方がいいよね?」

「あ、ああ、そうだな」

「えっと、一緒に行く?」

「ああ、そうだな」


 同じ台詞を口にし、フランクはふらふらと足を進めた。

 カチヤとフリッツも後を追う。

 シロイは急いで透明の壁を解除した。これも専用のアイテムだ。


「防壁は解除したよ。だから気を付けてね。倒れたふりをしているオーガがいるかも」

「いや、ふりは無理だろ。だって、あれだぞ」


 フランクの呆れ声が静かになった周辺に響いた。

 カチヤが警戒しながら先を歩き、皆を守ろうと盾を前にしていたフリッツも立ち止まる。

 シロイも間近に見えるオーガの残骸に目を丸くした。


「あ、これはもう大丈夫だね」


 倒れているだけかと思っていたシロイは今度こそ安堵した。

 八匹全部が死んでいる。中には形を留めていないオーガもいたが、討伐部位は取れそうだ。


「良かった。角と魔石を取れるね」

「あー、そうだな」

「シロイちゃん、心臓も素材として売れるんだよ。やり方は分かるかい? 取れそうなら一緒にやってあげるよ」

「うん」

「カチヤ、お前落ち着くの早くねぇか」

「あたしはもう驚かないことに決めたのさ。それよか、さっさと片付けないとね。他の魔物が集まってくるよ」

「おっと、そうだな」


 フリッツは警戒を担当し、フランクとカチヤ、シロイの三人でオーガの素材を集める。

 そこに魔法騎士たちも集まってきた。


「え、なに、今の」

「君ら、冒険者の上級?」

「ていうか、さっき対応してたの女の子じゃなかったっけ」

「あれさ、小さいからただのアイテムだよね? 魔道具じゃないのに、なんであんな威力あんだよ」


 口々に聞いてくる。

 そんな部下を止めたのはリーダーの幻獣使いだった。


「お前ら、手を動かせ。こんな小さな女の子が片付けているんだぞ。彼も言っていただろう。早く片付けないと、魔物が集まる。急いで報告に戻る必要もあるんだ」

「は、はいっ」


 リーダーに言われて魔法騎士たちもオーガの死骸を片付け始めた。

 燃やすか埋めるかしないと、ゴブリンたちがやってくるからだ。ゴブリンは魔物の死骸も平気で食べる。魔力が薄ら残っているからだと言われているが、普通は食べられたものではない。悪食なのはゴブリンだけではない。魔物と呼ばれる多くが腐肉だろうと口にする。その辺りにも、ただの獣との差があった。

 しかもゴブリンは増える。

 魔物の多い森はもちろん危険だし、なにもかもを滅茶苦茶にされる。

 自然の恵みを失うわけにはいかない。

 皆で力を合わせて黙々と片付けた。


 終わったら、周辺の調査をしながら戻ることになった。

 逃げていた馬も無事に回収できたようだ。馬はツァカリが逃がしたらしい。その際にオーガの攻撃を受けて怪我をしたという。少しだけ魔力の回復した魔法騎士の一人が治癒魔法で治していた。


 幻獣は元の世界――ということになっている別大陸――に返せば、怪我が直ると言われている。

 これは師匠が隔離するのに使った大型の結界に魔法が掛かっているからだ。治癒魔法ではない。もっと高度な魔法「元に戻す」が魔法陣に組み込まれている。

 最近ようやく師匠の残したメモの一部を解読して判明した。シロイが「たぶんそうだよね」とファビーに答え合わせをして分かった。ファビーは師匠が創っただけあって、魔法知識もかなり詰め込まれている。彼はシロイよりずっと賢い。


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