第29話 待機場所、噂話、ルルの様子




 シロイがファビーやルルの言葉を理解できるのは「ちょっと変わった血を引く獣人族だから」とだけ説明した。嘘ではない。なんの種族かを話さなかっただけだ。

 家族に恵まれなかったという話はヴィルフリートにもしていた。お互いに触れられたくない部分があると分かっているからだろう、ヴィルフリートはそれ以上なにも聞かなかった。

 それに彼はルルの方が気になっている。

 シロイとの話が終わると、早々にルルとの会話に戻った。


 ルルは森で暮らすよりも、探さなくても木の実がいっぱいある場所、つまりヴィルフリートの傍を選んだ。

 ただ、召喚魔法を習わないうちは寮の部屋に住まわせられない。

 その間はシロイが預かることになった。


「うちには小さな庭があって木も生えてるんだよ。木の実もあるし、美味しいクッキーだってあるからね」

「チュチュッ」

(ずっとシロイのいえにすむ)


 ヴィルフリートはルルの返事を聞いて肩を落とした。


「そうだよな。寮より、シロイの家の方がルルにはいいかもしれない。召喚魔法を習っても、戻せるのが誰もいない部屋だ。ひとり寂しく待つより先輩幻獣もいて美味しいお菓子のある家がいいよな」


 どこか拗ねた口調なのが面白く、シロイはファビーと顔を見合わせてこっそり笑った。


「なら、わたしの家に巣を作る? そこから出勤、じゃなかった、召喚されてヴィルフリートに会いにいくの」

「チュチュチュ」

「そう。ヴィルフリートもそれでいい?」

「俺としては願ったり叶ったりだ。逆に、申し訳ない。あ、もちろん、ルルの生活費は俺が払う。面倒を見てもらうのだから、その分もだ」

「いいよ。そんなに掛からないもん。この子、すごく小さいし」

「だめだ。こういうことはきっちりしないといけない。たとえ友人同士でも馴れ合いは良くないぞ」

(真面目ですねぇ)

「えっと、じゃあ、もらおうかな」


 そんな話をしながら、帰路は足取りも軽く進んだ。




 * * *




 シロイのアイテム店は相変わらず、ぽつぽつとしかお客さんが来ない。

 常連さんはできたものの来店の間隔が長い。

 理由は簡単だ。


「この間の『冷却』ね、二十回を超えても使えているわよ。でもさすがにそろそろ無理でしょ。追加で買いにきたの」

「ありがとうございます」


 シロイは敬語が使えるようになってきた。

 ファビーが敬語で話すのだから真似ればいいのに、妙に背伸びしているようで気恥ずかしかったが、講習会では幼いうちから学ぶ子もいるのだと聞いて言い訳できなくなった。

 使い始めれば慣れるのは早かった。お手本が身近にいるからだ。


(いい調子ですよ。おっと、語尾ははっきりと。ですます、で止めましょう)


 ファビーの敬語はやや崩れているらしい。シロイは隣にいるファビーを見ないようにして、お客さんに笑顔を向けた。


「今回は『冷却』のアイテムカードですね」

「あ、待って。追加で『加温』と『冷凍』をもらおうかしら」

「冷凍ですか?」


 冷凍を欲しがる人は少ない。冷凍しなければならないようなものと言えば、遠い場所で採れた食材だ。運ぶのは商人と、護衛として雇われた冒険者になるだろうか。商人ならば専用の魔道具を持っている。

 シロイの店では冒険者が珍しい素材を見付けた際の予備的な使い方を想定していた。もしくは夏に向けた氷用だ。

 一般の人は冷凍品を必要としない。市場があちこちにあって、食材がいつでも手に入れられる。

 この女性のお客さんも裕福な家の奥さんではあるが、冷凍のアイテムが必要だとは思えなかった。


「珍しいわよね。実は、うちには冷蔵だけじゃなくて冷凍の魔道具があるの。夫や子供たちが暑がりでね。氷菓子用に買ったのよ。去年は問題なく使えていたのに、ほら、最近暑い日が続いたでしょう? だから発動させたのよ。ところが動かなくてねぇ。魔鉱石も入れ替えたのに全然だめ」

「故障ですか?」

「お店の人は故障じゃないと言うのだけれど、一応、修理してみますって。預けて七日は経つのに返ってこないのよ」

「それは、えっと、遅いですね?」

「でしょう? 最近あのお店、悪い噂があるのよねぇ」


 奥さんは頬に手をやり、困った様子だ。


「使用人たちもショックを受けているわ。夏場は氷を入れた桶に足を浸けて涼んでいたの。家族だけの問題じゃないのよ」

「大変ですね」

「ええ。だから、直るまでの間にアイテムを使えばどうかしらと思ったわけ」

「あ、はい。それならちょうどいいかもしれません。使い方は――」


 シロイは使用方法を説明し、納得してもらった上でアイテムカードを渡した。



 その後も立て続けに別々の場所で故障や不良品の話を耳にし、シロイは気になった。

 ファビーもだ。


(精肉店の冷凍庫も壊れたと言ってましたねぇ)

「買い換えたばかりなのにって落ち込んでたよね」

(咄嗟に『応急で使ってください』とアイテムカードを渡したのは偉かったですよ)

「え、そう? えへへ」

(親切も良いことですが、それ以上に宣伝になるでしょう)

「ファビーったら、もう」

「チュチュ」


 何故かルルまで(もう~)と真似する。


 ルルは裏庭に住むかと思ったら、ファビーを真似して家の中で暮らすようになった。一応、グリルルスが好みそうな枯れ草で作った巣を用意した。場所はお店と家の境にある扉の近くだ。出窓があって、そこに棚を追加で作った。外からは見えない。店内からも、覗き込まないと見えないように工夫した。カーテンも付けている。ルルは大層気に入って、寝る時はちゃんと巣に戻る。

 ただ、寂しがりのようで、昼間はファビーかシロイと一緒だ。

 もちろん、ヴィルフリートに喚ばれて学校にも行った。

 シロイとファビーは「出勤だね」と言って毎回笑顔で見送っている。


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