第19話 ヴィルフリートの自称親友




 シロイが怯えなかったのはテーブルが間にあったからだ。物理的な盾があるだけで心構えが全然違う。

 それにヴィルフリートがいる。なんだかんだでシロイは彼に慣れていたようだ。


「あ、こんにちは。俺、アルベルト=マイシュベルガー。ヴィリの親友だよ」

「は? いつから俺の親友になったんだ」

「いつからって、お前ねぇ」


 薄茶色のつやつやと輝く髪の若者が、ヴィルフリートの黒髪をかきまぜる。せっかく整えていただろうに、髪がばさばさになった。

 ちょっともったいないなとシロイが思うのは、黒髪に憧れがあるからだ。実はシロイの後頭部の生え際にも一筋の黒髪がある。目立たない場所だから鏡を見るようになった最近まで気付かなかった。でもたった一筋だ。

 全体が黒髪だと触り心地も違うのだろうか。気になって、じっと見つめていたらアルベルトが気付いた。


「おっと、ごめん。じゃれてる場合じゃなかった。挨拶に来たのにな」

「だ、大丈夫、だよ」

「なんか言いたげだったけど、どうかした? こいつに文句でもある? 俺がびしっと言ってやろうか。お嬢さんの店に足繁く通ってるんだよな。邪魔になってるんじゃない」

「う、ううん。いっぱい買ってもらってるから」

「はは。そりゃいい。で、なんか見てたけど?」


 シロイは迷ったものの、ヴィルフリートがせっせと髪を撫で付けているのを見てぼそりと呟いた。


「髪って、色が違うと触り心地が違うのかなって思ったの」

「ほーう」

「お兄さんの髪は綺麗でさらさらして見えるし、ヴィルフリートはくるくるしてる」

「そうだよな。髪質にもよるんじゃないか。でも確かに色で違いがあるかもしれん。黒髪はこしがあるし、金髪は柔らかい」

「お兄さん、いっぱい触ったんだ」

「そうさ。おっと、俺が触ったのは女の子の髪だからね」

「ヴィルフリートの髪も触ったよ?」

「親友だからな」

「おい、変な話をするんじゃない。シロイはまだ子供なんだぞ。お前の軽薄な交際関係を説明するのはまだ早い」


 髪を整え終わったヴィルフリートが慌てて間に入る。

 シロイを庇ってくれる様子がなんだか嬉しい。自然と笑顔になっていたらしく、テーブルの上にいたファビーが(いい笑顔ですね)と教えてくれる。

 その視線に気付いたアルベルトがテーブルを見下ろした。ヴィルフリートも釣られたようだ。


「ファビーも店番をしているのか。偉いな」

「チチチ」

「へぇ、ファビーっていうのか。可愛らしい幻獣じゃないか。なるほどなるほど。だから、お嬢さんの店に通い詰めているわけだな。まだ授業が始まってもないのに勉強熱心だ」

「アルベルトが不勉強すぎるんだ」

「おお、親友よ。俺のことはアルと呼んでくれと言っているだろう?」

「うるさい。そのわざとらしい節を付けるのはやめろ」

「歌だよ、歌。先日、付き合いで仕方なく歌劇を聴きにいったんだ。覚えているのが『おお、親友よ』の節だけだ。はは」


 シロイはヴィルフリートのことを話好きだと思っていたけれど、もしかすると違うのかもしれない。

 そういえば青果店でもお客さん同士が話し込んでいた。精肉店でもだ。てっきり常連さんで仲良しだからだと思っていた。

 普通の人はこうやって会話をして楽しむのだろうか。

 少なくともアルベルトは楽しそうだった。


「歌劇の途中で寝るんじゃない。っと、それより、紹介が先か。悪いな、シロイ。こいつはアルベルト、見ての通り魔法学校生だ。同じクラスなんだ。アルベルト、この子がシロイだ。アイテム師として店を開いている」

「あ、シロイです」


 頭を下げると、アルベルトの「よろしくね」という声が聞こえた。優しい声だ。ファビーがなにも言わないので敵意もない。なによりヴィルフリートの親友だ。良い人なのだろうとシロイは思った。

 事実、彼はテーブルの上に並べたアイテムを興味津々に眺め「え、全部欲しい」と言ってくれた。

 残念ながら、ヴィルフリートが止めに入る。


「馬鹿か。買い占めてしまったら出店を閉めることになるんだぞ。大勢に認知してもらえなくなるじゃないか。店の存続を考えたら、ここで名前を売った方がいいんだ」


 そこまで考えていなかったシロイは、アルベルトと一緒に「あ」と声を上げた。

 心の奥底では「早く帰りたい、片付けたい」と思っていたから、ヴィルフリートの指摘に顔が赤くなる。

 ファビーにも宣伝のためだと言われていたのに。


 密かに落ち込んでいると、ヴィルフリートがテーブルを乗り越えてきた。


「俺も売り子をやる。シロイだけだとちゃんと説明できないだろ」

「え、え、いいの?」

「ああ。来た客は逃さない。任せておけ。客寄せはアルベルトに任せる。そのために連れてきたんだ」

「うっそ、マジかよ。珍しく休日に誘われたと思ったら、そういう話?」

「お前が根掘り葉掘り聞いてきたからだろ。こいつ、勝手に俺の机の中を覗いてアイテムカードを見付けたんだ」


 ヴィルフリートはシロイに説明しながら、テーブルの上にあるアイテム類を並べ替えた。あまりに自然な流れでやるものだから見ているしかできない。

 ファビーは場所を明け渡し、シロイの椅子に飛び移った。面白そうな顔をしている。


「ヴィリが珍しいアイテムを持っているから気になっただけだよ。見せてくれって言っても隠して教えてくれないからさ。そうそう、光源や加温のアイテムカード、いいよね。寮の部屋には焜炉がないんだ。火気厳禁でね。いちいち食堂で湯をもらうしかない。これが案外面倒でさ。加温のアイテムがあれば部屋で紅茶が飲めるから助かったよ」

「そう、こいつは俺の机から盗んだカードを勝手に使ったんだ。通常、アイテムは使い切りだぞ。高価なアイテムだったらどうするつもりだったんだ」

「だからちゃんと払うって言っただろ。でもほら、二十回以上も使えると知ってさ。一回ぐらい使わせろって話だ。そうそう、あれは本当にすごい。買い占めはしないが最低限、加温と光源のアイテムは欲しい」


 二人の会話についていけず、シロイはあっちとこっちを見ながら、ただただ頷いた。

 それでも褒めてもらえているのは分かる。嬉しくて頬が熱くなった。


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