第12話

 七種がしばらくえも言えぬ寒気に耐えていると、突然エリスがその場に立ち止まった。

 辺りの風景は依然として薄暗いまま。

 人通りは減り続けている。


 意思とは無関係に、小刻みに震える足を引きずり、七種はエリスの背を追って狭い通路の階段に足をかけた。


 まるで非常階段。

 心もとない足取りに導かれ、そこは飾り気のない扉の向こう側。

 そこまで来て、ようやくエリスが口を開いた。

「待たせてごめんね」

「いいや、ピッタリだ。そちらのお嬢さんは?」

「魔女見習い、みたいな? まあ気にしないでよ」

「あなたが言うなら信じよう。それでは早速依頼内容の詳細について話し合いたいんだが、いいかな?」

「問題ないよ」

「あ、あの……なんて言ってるの?」

「あーごめん、分かんないよね。これから依頼について話し合おうってさ」

「て言うか、エリちゃん中国語話せたんだ……」

 無機質な壁に囲まれ窓もない。

 平凡な女子高生でも、外部からの狙撃を警戒してのことだろうと、おおよその察しはつく。


 依頼者、仮の名を猩々しょうじょうとして、エリスはドラッグ密売グループの情報について、緻密に話を重ねていた。

 しかしそのどれもが中国語のため、七種には一切聞き取れない。

 嫌な喉の乾きとともに、ひたすら太ももを揃えて時を待つのみだ。


 やがて話がまとまったらしい二人は、次に成功報酬の話に移る。


 魔女の世界で使える通貨は主に二つ。

 金と魔晶石だ。

 魔女同士のやり取りであれば、魔晶での取引がほとんど。

 時折金や、場合によってはそれ以外の物的報酬もありうる。

 しかしエリスが仕事を請け負う相手はそのほとんどが人間、ここではあえて一般人と表現しない方が適切だろう。


 なにやら互いに微笑み、金銭面の交渉も成立。

 ようやく依頼を受注したエリスは、七種に視線をよこさないまま日本語で、

「前金一千万だって、なに食べて帰る?」

「へ、いっせ……? 前金って」

「こーゆー取引では基本、前金として依頼料を半分振り込むようになってんだよね。成功報酬として残りの半分は後日ね。だから今うちの口座に一千万振り込まれたの。厳密には五十万元だけど」

「ご、ごめんねエリちゃん、ちょっと……なにを言ってるのか」

「ひはははっ、そりゃ分かんないよね。気にしなくていいよ、ただ遊べるお金ができたから終わったら観光しようねってだけ」

「う、うん……それで、これからどうするの?」

「あと五分で現場に転移するよ。そこで魔女二人潰して、グループ全員を拘束する。ちょっと多めに振り込んでもらったし、おまけでね」

「で、できるの? エリちゃん一人でやるんだよね」

「問題ないね、人間の人数なんて。むしろうちの能力は対多数の方が向いてるし」

「何回もごめん、ほんとに私がついていっても大丈夫?」

「逆だね。ななちゃんが考えなきゃいけないことは二つだよ。なにがあってもうちから離れないこと、あとは仕事終わりに食べるディナーの希望ね」

「……分かった、絶対に離れないから!」

「うん、いいお返事だね。そろそろ出発しよっか。これから飛ぶのはターゲットの潜伏するアジトのすぐ近くだよ。協力者が近くにいるから、その人のとこに飛ぶね」

「そこに二人の魔女と仲間がいるんだね」

「いぇーす、まあただの人間はおまけだけど……飛ぶよ。閲覧アクセス転移トランスファー──二輪の蓮アーリー・イェン

 エリスに手を引かれ、咄嗟のまばたきと同時に景色が入れ替わる。

 無機質なコンクリートに囲まれていた壁はもはやなく、そこは蓮の花模様に彩られた艶やかな外壁。

 見た目は完全に少しお高めの飲食店だ。


 転移した先、蓮に彩られた外壁の傍に、一人の男が立っていた。

「おつかれさまー」

「お待ちしておりました」

 エリスの転移先をマーキングしていた男が頭を垂れ、指し示した先こそがドラッグを密売しているグループのアジト。

 入口より覗いてみても、そこは丸いテーブルの連なるただの大きな飲食店だ。


 客もいれば笑顔を浮かべ配膳している店員も行き交う。

 とても危ない薬を密売しているとは思えない、だからこそ逆に不気味。

 依然として不穏な空気は漂い続けている。

「入るよ、ななちゃん」

「うん。……えっ、真正面から!?」

「こんばんわー、やってるー?」

「ちょ、そんな飲み屋みたいに……」

「いらっしゃいませー、お二人様ですね。こちらの席に──どうぞ」

 出迎えてくれた店員の女性の、それはそれは晴れやかな笑顔とともに差し向けられたのは、何一つとして晴れやかさの欠片もないハンドガンの銃口。


 すでにバレている!

 身動き一つとれずに走馬灯でも見ようかと硬直する七種へ、無慈悲にも撃鉄の起こされる音がした。


「いやいや、仮にも王様だよ? そうそう討てるわけないじゃん。閲覧アクセス​──液状化リキッド

「わっ──んんっ!?」

「なに……!?」

 銃口より火花を伴い吐き出された弾丸は、見事七種の眉間へと的確に命中する。

 しかしエリスがすでに七種の肉体を、魔術によって液体へと変質させており、弾丸は虚しくも七種の体を通過して背後の壁に着弾した。


 弾丸が肉体を通過したにも関わらず、七種の体は勿論、身にまとっていた衣服でさえがまったくの無傷である。


 ようやく呼吸を思い出して上下しだす肩。

 一人だけ時間の進み方が遅れていたかのように、七種はエリスの背後へ隠れる。

 ゼリーよろしく形状を保つだけでやっとだった七種の肉体は、すでに元の肉体に戻っていた。

「え、り……ちゃ」

「だーから言ったっしょ? 間違ってもうちから離れないでって。離れなければ絶対守ってあげるからさ」

「う、うん……!」ぎゅー

「いやめっちゃしがみついてくるじゃん。この前デートした時でも手ぇ繋ぐくらいだったのに」

「い、いっ、命に直結するからっ」

「ひははっ! これエトに自慢できるじゃーん。……いやコレ、エトに言ったら逆にぶち殺されるか。ぼくでさえハグしたことないのにー、つって」

「な、なんでもいいけどエリちゃん、次っ!」

「おっと、一人一人相手すんのめんどいし、ちょっと手荒くいくね」

「て、手荒くってなにするの?」

「ここにいるヤツらを制圧するの。うちの手離さないでね、離すと意識飛ぶよ」

「ふぇ──」

飢猿の嘆きゲルギオグリーフ……!」

 命綱よろしく七種にしがみつかれた左腕をそのままに、エリスは右腕を水をかくよう振り乱す。

 すると周囲を取り囲んでいた密売グループの連中が、腹を抱えて蹲り始めた。


 つい先ほどまで威勢よく銃を突きつけていた連中は見る影はなく。

 店内にはすでに身動きすらとれず、意識を保っているのかすら怪しい人間のみ。

 銃器の転がる店内で佇む女子高生二人と言う、違和感しかない光景の中で、エリスは高らかに笑い転げた。

「ひはははっ! ねぇななちゃん、一個クイズ出してあげるよ」

「く、クイズ? こんな時に……」

「どれだけ食べても減らないものってなぁ〜んだ?」

「食べても、減らない……?」

「来たか、やはり……飢餓の魔女!」

 静まり返った店内に、蓮の花びらとともに舞い降りた二人の少女。

 正面入口からの堂々たる襲撃と、ある意味ではこれ以上ない奇襲に、余裕の色はすでに消え失せている。

「うぅ〜ん? しーらね、コイツら。はした金で雇われた二流ってとこか。閲覧​アクセス──飢猿の臟ゲルギオローネ!」

 エリスの魔導書グリモワールより溢れ出した、粘性の高い液体が店内に瞬く間に拡がっていく。

 気泡を吹き出し、床に横たわる連中をも飲み込み、料理の並べられたテーブルも押し流しなおも止まる気配ない。


 それは貪欲な怪物。

 どれだけ喰らおうとも決して止まらない、飢えに嘆き苦しみついには周りにまで飢えを感染させる。

「これははらわた《だよ、どれだけ食らっても満たされない……何もかもを喰らい尽くす」

「え、エリちゃんっ……! わ、私もこれっ、巻き込ま──れて、ない……?」

「うちに触れてるからねぇ。ただ、触れてないとああなるから気をつけなよ?」

「な、なんだこれはぁっ!」

「急に、腹が……いや、違うこれはっ──体力が、栄養が、吸い取られてるの!?」

「ひははっ! 遅いよ気づくのがぁ〜。今床に寝っ転がってるコイツらも一緒だよ。すっごぉ〜く! 腹減ってんの」

「ど、どういうこと?」

「ま、早い話が皆飢餓状態なのさ。うちの魔術はそのどれもが生命力を吸い取るものばっかでね。最初に一般人を無力化したのは飢猿の嘆きゲルギオグリーフ。これは一定範囲内にいるヤツから生命維持に必要なエネルギーを吸い取ってんのね。平均体重ならものの数秒で栄養失調に陥ってマトモに立ってられなくなるんだよ」

「そ、そんなことが……じゃあ、今使ってるこのドロドロしてるのは?」

「これは飢猿の臟ゲルギオローネ、触れてるヤツから無差別にエネルギーを吸い取る。ま、これはちょっとばかし危険で……あーぁほらほら、力の差も分からず向かってくるからぁ」

「ち、か……らが……ぁ…………ぬ、け……てぃ……く……っ」

「はら……が……から、だ……も…………ぉ」

 飢餓の臟ゲルギオローネ

 これはエリスの記録している魔術の中でも、かなりの殺傷力を誇っている。

 粘性の高い液体を生成し、それは物体であれば分解して吸収する。

 文字通り死ぬまで体力、魔力、それどころか生命力そのものを根こそぎ奪い続ける代物だ。


 魔力を奪われた魔女は瞬く間に抵抗する力を失い、体力の吸い尽くされた体が、次に差し出せるものはそう多くない。

 骨を構成するカルシウムに、筋肉を支えるタンパク質を分解。

 体内に貯蔵されていた最後のエネルギー源であるグリコーゲンすらを奪い去った。


 やがてすべてを奪われた肉体は骨と皮になり、僅かな飢餓状態とともに飢え死ぬ。

 エリスが解除しない限り液体は拡大を続けるのだ。

 そしてこの液体のキャパシティに際限は、ない。

「はい、いっちょあーがり。あ、さっきの答えだけど」

「答え? ……あ、クイズの」

「どれだけ食べても減らないものってなぁ〜んだ? 答えは──飢え。どんだけ食っても満たされない、それどころか食えば食うほど渇く……飽くなき欲望に掻き立てられて、気づけばそこはこの世の地獄」

「飢え……それが、答え……ねえエリちゃ──」

「そりゃそーよ。飢えなんてもんは死ななきゃ満たされないやな」

「──こーれはこれは、とんだ大物が」

「……だれ?」

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