第11話
二つの日の出を跨ぎ、迎えた午後の四時過ぎ。
学業を終えた七種は、エリスに指示された通りのものを用意し、待ち合わせ場所である駅前へと向かっていた。
本日、エリスは学校には来ていない。
エリスがなんの前触れもなく学校を休むことは、実のところ珍しくはなかった。
高校に進学する前から、エリスがなんらかの理由をつけて学校を休む光景を、七種は何度も目撃しているからだ。
エリスは依頼を遂行する日に休んでいたのだと、七種は独りでに飲み下す。
アウターに属する魔女の仕事内容に関しては、イリアやレレンから朧気に聞かされていた。
どれも法に触れることばかり、まずおいそれと口外できる内容ではないこと。
無論命に関わる危険性などインナーの比ではないと、ごく普通の日常生活を送っていた七種であっても理解に難くはない。
やがて指定されていた時刻の五分前に駅前に到着した七種は、わずか数分後の時計の秒針を眺めて、鳥肌の立つ感覚を覚えた。
指定された時刻、秒針がその時刻に達した瞬間に現れたのだ。
日頃ルーズで待ち合わせにも平気で五分十分遅れてくるはずのエリスが、分のみならず秒までも違わずに。
「おまたせ、それじゃ行こっか」
「あ、うん……」
「……一個教えといてあげるね。こうと決めたら絶対遂行する、それがプロだよ」
「っ……うん、分かった」
足りないかもしれないから余分に。
間に合わないかもしれないから少し早く。
否、プロフェッショナルと呼ばれる人種は、一切の過不足を許さない。
それは七種が初めて目撃する、エリスのプロフェッショナルとしての顔だった。
「ねえエリちゃん、これからどこに行くの?」
「今は言えない、盗聴される可能性があるから。これから話せる場所に行くからそれまではなにも聞かないで」
「わ、分かった」
固唾を飲むことしかできなかった。
本日二度目の鳥肌、現実味はまるでない。
しかし頭ではなく体がその緊張感を理解し、意思とは無関係に関節を硬直させる。
無言のエリスに連れられたのは、電車を乗り継いで一駅のとあるスーパーだった。
七種も時折利用するような、なんの変哲もない店内を歩くとそこは、関係者以外立ち入り禁止の裏側。
精肉コーナーの隣にある大きな二枚扉だ。
女子高生が二人入るにしてはあまりに場違いなその扉の向こう側で、エリスは唐突に七種の身体をまさぐり始めた。
反射的に声を上げそうになった七種は辛うじて唇を噛んで声を抑える。
それがボディチェックなのだと状況的に理解したからだ。
やがて一通りを探り終えたエリスは、ようやく固く閉ざされていた口を開いた。
「……いいよ、もう喋っても」
「っぷはぁ……っ! ね、ねえここって、スーパーだよね?」
「うん、表向きはね。うちらアウター、特にグレー寄りのビジネスをしてる連中はこんな感じで後をつけられても大丈夫なセーフゾーンをいくつか抱えてる。ここで依頼を受けたり、現場に向かったりするんだよ」
「な、なんか場所が場所だけに全然リアリティないね……まだなんか、バイトしてるみたいな光景だし」
「ひはっ、たしかにね。今回の依頼内容はドラッグ密売グループの制圧だよ。魔女の力使って悪どい商売してるヤツがいるんだよね〜」
「ど、ドラッグって……それを、エリちゃんがやるの? それって警察とかがやる仕事なんじゃ……」
「その肝心の警察が動けないからうちらみたいなアウターの魔女に多額の金を支払ってお願いしてくるんだよ。うちがやるグループの人数は八人、そのうち魔女は二人。依頼者はグループ潰したいんだけど、魔女二人が邪魔でムズいからソイツらなんとかしてくれーって感じだね。ま、依頼者も密売やってんのは一緒だけど」
「け、消すって、その……」
「そう、そう言うこと。ごめんねななちゃん、この前どんな仕事してるって聞かれてすぐに答えられなかったけど、こんな仕事だよ」
「わ、私そんなとこについていっても、大丈夫なのかな……」
「ひはっ、女子高生連れてるくらいでミスるほどうちは弱くないからだいじょーぶ。それより準備はいい? ここから転移で目的地近辺に飛ぶよ」
「うん、大丈夫……!」
「ひははっ、いい顔。そいじゃ行こーか。
スタッフルームに入り七種への概要説明を終え、転移のための魔術を発動させるまできっかり十分。
まるで、ではなく全てを計算した上で、エリスの体内時計は寸分たりとも狂うことなく、その目的地までの足取りを刻んでいた。
眩い光とともに二人が降り立ったのは、朱色を中心とした輝きの灯る、活気溢れる街並みのど真ん中だった。
七種が最初に抱いた印象は、活気。
鼓膜を揺さぶるほどの人の息遣いや声の波、迫り来る熱気に気圧される。
しかし耳を塞いでいてもお構いなし、否応なしに人の声が飛び込んでくるのにその言葉は聞き取れない。
もどかしい感覚に七種は国の違いを理解した。
転移魔術を介して、私たちは国境を跨いだのだと。
「ね、ねえエリちゃん、ここって……どこっ?」
「中国だよ、仕事が終わったらちょこっと観光しようね」
「いやいやそう言うことじゃなくてっ」
「あ、これから行くとこはふつーに治安悪い裏の部分だから気をつけなよ。人混みに紛れて財布スられたりするから」
「だからメッセージの内容が遠足に行くような持ち物ばっかりだったんだね……」
エリスの仕事に同行するにあたって、改めて送られてきた必要なものリストに記載されていたのは、ポケットティッシュやハンカチ。
おまけにおやつは三〇〇円までなど、くだらない定型文。
極めつけにはお財布やスマホは置いてきてね、とご丁寧にハートマークまで添えられていたのだ。
つまりは貴重品は一切持ってくるな、と言う真意の裏返しであり。
「心配しなくてもうちについてきてくれればいいよ。……これから依頼人に会うよ。間違ってもうちから離れないでね」
「分かった……!」
空気感、とでも言うべきか。
目には見えず、精々見た目の違いなど人通りの少なさ程度。
さしたる変化でもない。
しかし皮膚を逆撫でるかのような寒気は、ごく普通の日常生活しか送っていないはずの七種に、あまりに野性的な危機感を抱かせてくれた。
一歩間違えば──
七種は己の全神経を注いでエリスの背を追った。
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