第5話 眼久との遊び その③

 眼久さんは色目を使いながら、ゲームのお願いごとを口にする。

「私の、お腹撫でて……」

 眼久さんはワンピースのスカートをつまみ上げて、おへそよりも上に上げる。

 お腹の辺りがヒクヒクと震えている。

「パンツ、丸見えだぞ!」

 俺は慌ててあさっての方向を向く。

「いい、よ……。お腹を撫でて……」

 恥ずかしいのか、顔を背けつつも、チラチラとこっちの様子をうかがう眼久さん。

「いや、俺は……変態じゃない」

「ふふ。そんなこと言っていられるのも今のうち」

 眼久さんは俺に近寄る。

 距離、近い。

 俺は甘い匂いを感じつつも、正面に向き直る。

「んん!!」

 目の前には太ももに文字が書いてある。

【メスガキ】

【公衆トイレ】

【不細工】

「……なんで悪口が書かれているんだ? お前、いじめられているのか?」

 心配になった俺は彼女の顔を見つめて尋ねる。

「ん。これ自分で書いた」

「あー。だから字が下手なんだな」

 ……。

 ん? 自分で書いた?

 頭の中で疑問符が交通渋滞を始める。

「私、こういういじめられるのに憧れていて……」

「いや、いじめって。ええ……?」

 困惑する俺を尻目に何やら語り出す眼久さん。

「私はずっとみんなからオモチャとして扱われたくて。でも、みんな聖女様とか、妖精とか……」

 悲しげに目を伏せる眼久さん。

 いやそれ褒め言葉じゃね?

 なんで否定的になるんだよ。

 よく分からん奴だ。

「ふふ。あいつら滅してやるの」

 なんだか恐ろしいことを言っているが、俺には関係ない、よな……?

 ジト目を向けていると、眼久さんはこてりと小首を傾げる。

「どうしたの?」

「褒められているのに、なんで否定するんだ?」

 聖女とか妖精とか、普通に可愛らしいと思うのだが。

「いや、私は世界一不幸な女でありたいの」

「……どういうこっちゃ?」

 いったん呑み込もうと思ったが、無理難題だった。

 こいつホント何を言っているのだろう。

 俺は困惑の色を強める。

「不幸って悪いことなの?」

「いや、一般的にはそうだろ」

 なんで常識を知らないみたいな声をしているんだよ。

 頭が痛くなる思いを抱きつつ俺ははーっと小さくため息を吐く。

「一般的には、そうみたい。でも私の中では違うの」

「違う?」

 俺は耳を疑い疑問符を浮かべる。

「うん。最高の褒め言葉」

「いやいや、え? いやないって」

 俺は戸惑いつつも否定する。

 不幸がいいことだって誰も思わない。

 みんな幸せになりたくて頑張っているんだ。

 だから明日も学校行くし、今日だって勉強を頑張った。

 それは未来にある幸せをつかむためだ。

 そのためなら今の時間を削ってでも目標に近づく。

 喩え今が不幸でも、来年には幸せでいるために。

「……ん? 今が不幸でも?」

「そう。私は今が不幸でいいと思っているの」

 なんとなく分かった。

 分かってしまった。

「将来的には私、DV男と付き合って、水商売で稼いで、望んでもいない子ども産んで……」

 前言撤回。

「いや、お前の未来予想図悲惨だな!」

「あう。そんなことないもん」

 なんだかすごく可愛らしい顔で言われた。

 なんだよ。まったく。

 一瞬でも理解できてしまったと思った俺がバカだった。

「もしかしてお前、ドMか?」

「苦しいのが好き、という意味では?」

 なんで疑問系なんだよ。

 こいつ色々と可笑しいだろ。

「さ。撫でて」

「待て。その話はいい感じで収まっただろ?」

「ノー」

 そう言って俺の頭からスカートで覆う眼久さん。

 俺は彼女と一緒にスカートの中に入る。

 ちょっとした冒険気分だ――じゃねーよ!!

「何してくれているの!? お前!?」

 すごくいい匂いがするし、肌がすべすべで柔らかい。

 というか顔が肌に触れあうってマズくない。

 これって証拠写真でも撮られて犬飼と同じように脅してくるパターン!?

「ん。もっと口を動かして」

「バカ野郎!」

 俺は引き離し、眼久さんと距離をとる。

 こいつ恥じらいはないのか。

 若干赤くなっている眼久さんを睨みながら、距離をとる。

「……もう一回、味わいたい……」

 なにやらおかしな性癖に目覚めてしまったらしい彼女。

「俺にその気はない。他を当たってくれ」

「ん。なんでそんなに嫌いなの」

 じわっと涙目を浮かべている。

「いや、お前が嫌いとかじゃねーって。お前の行動がおかしいんだ」

「それも含めて私でしょう」

 う。それを言われると確かに答えづらい。

「なのに止めて欲しいのだもの」

 ボタボタと涙がこぼれ落ちていく。

「ああ。分かった。少しだけな」

「本当!?」

 嬉しそうに小さな声が弾む眼久さん。

「撫でてやるよ」

 勇気を込めて一歩前に踏み出す。

 そして彼女のお腹を撫でる。

「いい♡」

 眼久さんは色気のある声を出して恍惚の笑みを浮かべていた。

 これでいいのか、現代っ子よ。

 頭を抱えたくなる思いで俺はすぐに離れる。

「まだ」

「いや、三十秒は撫でたぞ?」

「もっと。あと三十分はしてほしい」

「無理」

「なら一時間」

 俺ははーっとため息を吐く。

「伸びているじゃねーか」

 少し撫でて見ると、艶やかな甘い吐息をもらす眼久さん。

 その色っぽさにくらっとくる。

 いや、俺なんかが触っていいのかよ。

 それにしてもクセになりそうだ。

 お腹の辺りがピクピクするのが気になるが。

「子宮、萌える……」

 何か小さな声で呟いているが、なんだろう。

「ぅう……」

 急に後ろに下がる眼久さん。

 恥ずかしそうに顔を手で覆う。

 と、後ろにあった机に足をぶつけ、もたつく。

「危ない!」

 俺は前に踏み出し、彼女の身体を受け止める。

「……っ!?」

 眼久さんの大きな瞳が目の前にある。

 まつげ長い。

 翡翠色の瞳はくりくりとして可愛らしい。

 目鼻立ちも整っている。

 よくみたら、こいつかなりの美少女じゃないか?

「あの、ありがとう」

「へ……?」

 間の抜けた声が出てしまう。

「あー。すまん」

 眼久さんを抱きかかえていたという事実を再認識する。

 体勢を立て直した眼久さんを見て、離す。

 俺はなんてことをしているんだ。

 乾いた笑いが出てくる。

「いい。私のこと好きにして、ね?」

「たくっ。そういうのはちゃんと好きなやつに言え」

 ぶっきら棒に返すと、俺は距離をとる。

 ふるふると首を横にふる。

「あなたなら別にいい、よ……?」

「いや良くないだろ。お前、俺のどこを見てそう思った?」

「ん。あなたなら私をめちゃくちゃにしてくれると思ったから」

 俺の評価酷くね?

「俺がそんなことをするように見えるか?」

「見える」

 ずるっとずっこけそうになるが、俺のプライドがズタズタに引き裂かれていく。

 こんな、こんなことってあるか。

 またも大きなため息がもれる。

「俺はそんなことしないぞ」

「がーん」

 よほどショックだったのか、顔が青ざめている。

 いや、なんでショックなんだよ。

「お前の中の俺、ひどすぎだろ」

 呆れて物も言えない。

「で、でも。ドSな可能性も……!」

 なおも食い下がろうとしてくる眼久さん。

「いやないな」

「してくれないと、イタズラしちゃうぞ?」

「ハロウィンでもないだろ」

 残念そうに顔を伏せる眼久さん。

「ええっと……」

「このあと、押し倒されると覚悟していたのに……」

 眼久さんが不満そうにぶーっと鼻を鳴らす。

「いやないだろ」

「今、は……?」

「……いや、将来的にもないだろ!」

「え?」

「え?」

 なにこの雰囲気。

「あ。そろそろ帰るわ」

 俺は慌ててカバンを手にして去っていく。

「足、しびれた……」

 その場でうずくまる俺。

 俺ってかっこわりー。

「大丈夫?」

 しばらくして俺は眼久さんの家を出ていく。

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