第三章:大地を穿つ者たち

第七話:夏空のシンフォニー

* * 前話のあらすじ * *


 匠の「自律掘削システム」の提案は、黒田の「現場の現実」という壁に阻まれ、二人の亀裂は決定的となる。静流の必死の仲裁で、匠は小規模な「テストライン」の許可を得るのみに留まる。理想と現実が交わらぬまま、匿都掘削は過酷な季節へと進んでいく。


* * *


 西暦2033年、夏。

 日本の未来を賭けた【匿都ナクト計画】は、春先の小さな軋轢あつれきなどなかったかのように、その巨大な車輪を順調に回していた。


 じりじりとアスファルトを焼く太陽が、真上から容赦なく照りつける。兵庫県伊丹市、猪名野神社周辺の掘削現場は、熱気と土埃、そして機械油の匂いに満ちていた。


 その全ての中心にあるのは、大地に穿うがたれた直径100メートルの巨大な垂直坑(バーティカル・シャフト)。日本の新たな「礎」となる、地下1,700メートルを目指す巨大な縦穴だ。


 その遥か底で、三機のサムライ・フレームが、まるで意志を持ったかのように連携していた。国土交通省・匿都建設技術試験隊に配備された、建設工兵用【かすみいしずえ】(PA-01 YATA-CE)。視認性の高い橙色の機体が、地下の照明を鈍く反射する。


 壱号機が、その腕部に装着された超振動ドリルで硬い岩盤を粉砕する。甲高い金属音と共に、大地が悲鳴を上げた。

 間髪入れず、弐号機が特殊なアタッチメントを展開。破砕された土砂を瞬時に高温高圧で溶解・圧縮し、直径3メートルほどの黒曜石のようなコイン状の塊――「ズリ・ディスク」へと加工していく。

 完成したディスクは、即座に参号機によってリニア・レールへと移送される。次の瞬間、電磁カタパルトが唸りを上げ、弾丸のような速度でディスクを地上へと射出した。


 地上では、MIYABIによって完全自律制御された大型重機が、射出されたディスクを寸分の狂いなく受け止め、指定された集積所へと整然と積み上げていく。


 それは、人の手とAIの知性が完璧に融合した、未来の国土創生を奏でる「機械たちの交響曲」だった。



「―――順調だな、MIYABI」


 シャフトの縁に設けられた現場司令室。そのモニターに映し出される完璧な連携作業を、現場総監督の黒田 剛くろだ ごうは、腕を組み、満足げに眺めていた。


『はい、黒田監督。現在の掘削速度は想定を2.4%上回って推移。このペースを維持できれば、秋口には目標深度1,700メートルに到達可能です』


 MIYABIからの冷静な報告に、黒田は「がはは」と豪快な笑い声を響かせた。


「おうよ。この黒田 剛に任されたからには、工期なんぞ絶対に遅らせん」


 彼の表情は、春先にあの若造(匠)と衝突したことなど微塵も感じさせない、全てが計算通りに進んでいることへの絶対的な自信に満ちていた。この現場は、俺の「壁」の内側にある。その揺るぎない確信が、彼を「現場の王」たらしめていた。



 正午。けたたましいサイレンが、昼休みの訪れを告げた。

 あれほど凄まじかった「交響曲」が嘘のように止み、現場には蝉時雨(せみしぐれ)と、夏空の静けさが戻ってくる。


 汗と土にまみれた作業員たちが、ぞろぞろと仮設テントへと集まってきた。そこは、この殺風景な現場で唯一、人間的な温もりに満ちた場所だった。


「はい、お疲れさん! 今日は冷や汁よ!」

「そっちの兄ちゃん、天ぷらもぎょうさん食べてって!」


 地元の婦人会がこしらえた「炊き出し」の湯気が、もうもうと立ち上っている。夏の火照った身体に染み渡る冷や汁。揚げたての瑞々しい夏野菜の天ぷら。


「うめえ!」

「生き返るわ……」


 ここでもまた、その輪の中心には黒田がいた。

「がはは! ばあちゃん、このキュウリは最高だな! 力が湧いてくる!」

 土に汚れた顔もそのままに、巨大な体で冷や汁を豪快に流し込む。

「あら、黒田さん! あんたは一番働くんだから、大盛りにしといたよ!」

「おう、すまねえな!」


 MIYABIが作業員たちの健康データを分析し、栄養バランスと地元の旬の食材を考慮して提案したメニューを、婦人たちが愛情を込めて調理する。黒田がそれを誰よりもうまそうに食う。


 その姿に、作業員たちの間にあった緊張が解け、和やかな笑いの輪が広がっていく。黒田が支配する「現場」は、厳しいだけでなく、確かに温かい「共同体」の空気によって、強固に支えられていた。


* * 次話の予告 * *


 地下1700mを目指す掘削は順調に進み、黒田の指揮とMIYABIの管制は完璧な連携を見せる。地上の炊き出しが「共同体」の絆を強める一方、匠は自らのテストラインでデータを蓄積し続ける。だが、この「順調さ」の裏で、東京では静流が「思想のコスト」を巡る冷徹な戦いに直面していた。


 第八話:二つの戦場

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