十二月九日(モラ逃げ一〇八日目)、礼式

 今日でモラ逃げ一〇八日目だ。昨夜は地震があって母に起こされた。幸い福島市は震度三でうちも特に損壊は無かったが、青森の方では震度六強とのことで恐ろしくなった。


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 弁護士さんから連絡があった。

 調停に提出するのは現在の残高を示す銀行の利用明細ではなく飽くまで別居した八月二十四日時点での残高が判るものでなければならないとのことだった。

 検索したところ、問題となった銀行ではインターネットバンキングに登録すれば紙の通帳を記帳しなくても取引記録が分かるようなので急遽登録して該当の期間の取引記録を印刷、スキャンしてPDFファイルを送る。

 前述の銀行に関しては割と簡単に登録できたので助かったが、係争の当事者になると、それまでは特にやらなかった手続きもやらざるを得なくなる。


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 昼に母がガソリンスタンドで買ってきた灯油を玄関に運ぶのを手伝った。

 一缶が二十キロ近くもあるので重い。

 だが、ここで暮らしていくにはそれが日常である。


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 今日の“Enjoy Simple English”は落語の「本膳」であった。

 ある村の農民たちが庄屋の主催する宴会に招かれることになり、自分たちは作法を知らないということで村の寺子屋の教師に習うことにする。

 教師は言う。

「もう一人一人に教えている時間は無いから、宴の席では自分と同じように振る舞えば良い」

 だが、当日のその場になると教師も緊張して料理の芋を落とす、鼻先に米粒をくっつけるなど失敗続き。

 その様子を目にした農民たちはそれが作法だと思い込んで次々真似するというオチである。

 これは江戸や京都の人から観た地方の農民たちの純朴さと表裏一体の無知さを冷笑したものだろう。

 だが、その場で偉い、権威があるとされている人の行動が本来は誤りですら正しいものと誤解される場面は今でもちょくちょく起こり得る。

 海外の「裸の王様」のように権威ある相手だと誤りを誤りと指摘しづらくなる心理を描いた寓話もある。

 テキストでは主催者である庄屋の反応は描かれていないが、こちらも実は誤りを誤りと気付かない農民の側でこの後の宴会もつつがなく終わったのが本当の結末だったのではないかという気がするし、礼式とは本来そのためのものではないだろうか。

 

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